百日咳菌、ジフテリア菌、マイコプラズマ等の臨床分離菌の収集と分子疫学的解析に関する研究

文献情報

文献番号
200300537A
報告書区分
総括
研究課題名
百日咳菌、ジフテリア菌、マイコプラズマ等の臨床分離菌の収集と分子疫学的解析に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
佐々木 次雄(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所)
  • 堀内善信(国立感染症研究所)
  • 高橋元秀(国立感染症研究所)
  • 見理 剛(国立感染症研究所)
  • 諸角 聖(東京都健康安全研究センター)
  • 菊池 賢(東京女子医科大学)
  • 成田光生(札幌鉄道病院)
  • 山崎 勉(埼玉医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
呼吸器系細菌感染症のうち、特に乳幼児、学童に罹患率の高い百日咳菌(Bordetella pertussis)、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)、肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)の臨床株を過去及び現在にわたって広く収集し、最新の分子生物的手法を駆使してこれらの収集菌を解析し、その結果を我が国におけるこれら病原体の流行把握並びに感染症予防に貢献させる。
研究方法
臨床分離株及び臨床材料(咽頭スワブ、血清等)の収集には、地方衛生研究所並びに医療機関の協力を仰ぎながら、国立感染症研究所倫理委員会規定並び関連機関の諸規定に沿って行った。本年度、研究に用いた臨床分離菌と解析内容を以下に示す。百日咳菌:1988~2001年に我が国で分離された107株を用いてワクチン株と異なる抗原遺伝子出現状況をパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)およびシークエンスにより解析した。また、二段階PCRによる感度の高い検出系を確立し、百日咳が疑われる鼻咽頭スワブ100検体に適用し、培養法と比較した。ジフテリア菌:1961~1992年に日本各地で分離された85株を用いて生化学試験、ジフテリア毒素原性試験を行った。また、医療従事者の咽頭拭い液230検体、上気道炎患者/下気道炎患者の咽頭拭い液または鼻腔拭い液87検体からのC. diphtheria、C. ulcerans、及び百日咳菌の分離及びDNA検出を行った。マイコプラズマ:1983~1998年に神奈川県で分離された296株、2000~2003年に北海道、高知県、神奈川県で分離された73株を用いて、細胞付着蛋白をコードしているP1遺伝子による型別、薬剤感受性試験並びに薬剤耐性機構の解明を行った。インフルエンザ菌: 2001~2002年に埼玉医科大学附属病院で分離された418株についてβ-ラクタマーゼ産生性、薬剤感受性を調査した。埼玉医科大学附属病院以外で収集した634株について生物型、血清型、薬剤感受性、薬剤耐性機構を調べた。
結果と考察
百日咳菌:我が国における抗原変異株の出現動向を把握するために、収集百日咳菌107株についてPFGE解析および抗原遺伝子のシークエンス解析を行った結果、1994-1995年からワクチン株と異なる抗原遺伝子を持つ抗原変異株(Type-B)が出現していることが明らかになった。ワクチン株と異なる抗原変異株の出現は欧米諸国ではすでに報告されており、近年分離される菌株の多くは抗原変異株であることが知られている。事実、1995-1996年には、高いワクチン接種率を維持するオランダにおいて百日咳の大規模なアウトブレークが発生し、その際分離された菌株の多くは抗原変異株であった。また、米国・ポーランドでは百日咳患者数は増加傾向にあり、分離される菌株の多くは抗原変異株であることが報告されている。このことから、欧米諸国ではこの抗原変異株はワクチンによる免疫を回避するために出現した可能性があると考察されている。本研究により、我が国でも抗原変異株が出現していることが明らかとなったが、日本では百日咳報告患者数は減少していることから、Type-B株は現行ワクチンによる免疫を回避するために出現した可能性は低く、国外から持ち込まれた可能性が高いことが示唆された。しかし今後、我が国で分離されるType-B株の出現動向に注目する必要はある。また、二段階PCRにより検体から直接、B. pertussis及びB. parapertussisを検出する系を確立した。培養法に比べ、迅速
かつ感度よく百日咳菌を検出できるので、臨床現場での百日咳の迅速診断に有用であり、我が国における百日咳の発生動向調査に適用しうるものと考えられる。マイコプラズマ:M. pneumoniaeは細胞付着蛋白遺伝子の違いにより、二つの型(Ⅰ型、Ⅱ型)に分類することができる。我が国では8~10年周期の非常にきれいなパターンでこれらの型が入れ替わっていることを突き止めた。型の入れ替えは、宿主側の免疫学的要因によると考えられるが、まだ決定的な証拠は得られていない。今後、各型M. pneumoniaeで感染した患者血清を用いて各型M. pneumoniaeに対する中和抗体価や血球付着阻止活性能の違いを調べ、M. pneumoniaeの型が入れ替わる要因究明にあたりたい。我が国では、以前、マクロライド耐性M. pneumoniaeが患者から検出されることはなかった。しかし、2000-2003年に分離された73株並びに患者材料(咽頭スワブや喀痰)を直接用いた検査ではマクロライド耐性M. pneumoniaeが15%程度検出された。これまではM. pneumoniaeを分離しなければ薬剤耐性検査を行えなかったが、本研究班では患者咽頭スワブ又は喀痰検体に直接PCRを適用し、得られたPCR産物を制限酵素で切断する方法で簡単に薬剤耐性M. pneumoniaeかどうかを調べる方法を確立した。本成果は、マクロライド耐性M. pneumoniae感染患者の早期スクリーニング並びに適切な薬剤投与にもつながるものである。インフルエンザ菌:インフルエンザ菌の薬剤耐性について、従来はβ-lactamase産生菌におけるABPCをはじめとするβ-lactam薬に対する耐性が問題とされてきた。最近は、β-lactamaseを産生せずABPC耐性を示すインフルエンザ菌の存在が、特にわが国において注目されている。インフルエンザ菌は、呼吸器感染症以外にも髄膜炎や敗血症の原因ともなり、これらの耐性株の出現は、臨床上の脅威である。米国National Committee for Clinical Laboratory Standards (NCCLS)の基準では、ABPCのMICが4μg/ml以上のものをABPC耐性と定義している。この判定基準を適用すると、今回の検討からはABPC感受性菌であっても耐性遺伝子を持つ場合があった。ABPCに対するMICが0.5?2.0μg/mlのものでは、いずれもpbp遺伝子変異を有し、全身感染症の際の抗菌薬選択に、今後留意する必要がある。一方、ABPCに対するMICが8μg/ml以上の耐性株では、pbp遺伝子変異のない株もあり、この群におけるABPC耐性は、従来より報告されているβ-lactamaseが主体的役割を有するものと推察された。しかし、β-lactamaseを産生し、かつpbp遺伝子変異を2個認める株も存在した。インフルエンザ菌における、これらの耐性株の検出状況を、今後も注意深く調査する必要がある。β-ラクタマーゼ産生株は約10%であり、我が国の最近の報告と大差はなく、約30%という米国、カナダでの報告より低い。この差はペニシリン系薬の使い方の違いを反映していると思われる。逆に我が国では米国に比べBLNARの頻度が高いとされるが、我が国では経口セフェム系薬の使用頻度が高く、これらの薬剤はβ-ラクタマーゼ産生菌には有効だがBLNARには効果の低いものがあり、これは臨床現場でBLNARが選択され易い結果であろう。BLNARの判定基準を「β-ラクタマーゼ非産生でアンピシリンのMICが≧4μg/ml」とすると、本研究では4.9%がBLNARであった。この値は我が国の1997?1999年の小児科領域における報告(3.0%)よりも増加している。
結論
研究対象病原体が4種類であることより、第一年度は各病原体における研究課題の明確化と研究組織の充実化に努めた。各病原体に2名の分担研究者(1名は国立感染症研究所職員)をあてた。病原菌を対象とする疫学調査は、長期間にわたって継続しなければ意味がない。本研究事業期間中は、研究課題に沿って実績を上げることは当然であるが、研究事業終了後も国立感染症研究所を中心に更なる研究を持続できるシステム作りも大切であると考えた。そのため、患者数の少ない百日咳菌、ジフテリア菌、マイコプラズマの収集に関しては、国立感染症研究所―地方衛生研究所―医療機関からなる研究ネットワークを構築した。第一年度の特記すべき研究成果は、
1)1988~2001年に我が国で分離された百日咳菌107株を用いてワクチン株と異なる抗原遺伝子を持つ抗原変異株が存在するかどうかを調べたことである。その結果、我が国における抗原変異株の出現は欧米で言われているように、現行ワクチンによる免疫を回避するために出現した可能性が低いことを明らかにした。2)M. pneumoniaeには2つの型(Ⅰ型、Ⅱ型)があり、8~10年周期で型が入れ替わっており、現在(2003年)はⅡ型からⅠ型への入れ替わり時期にあることを明らかにした。また、マクロライド耐性M. pneumoniaeが急速に蔓延しつつあることを明らかにし、その耐性機構並びに耐性M. pneumoniaeの簡易検出法を確立した。

公開日・更新日

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