食品由来のウイルス性感染症の検出法の高度化、実用化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300528A
報告書区分
総括
研究課題名
食品由来のウイルス性感染症の検出法の高度化、実用化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
武田 直和(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田中智之(堺市衛生研究所)
  • 谷口孝喜(藤田保健衛生大学授)
  • 栄 賢司(愛知県衛生研究所)
  • 大瀬戸光明(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 篠崎邦子(千葉県衛生研究所)
  • 斎藤博之(秋田県衛生科学研究所)
  • 松岡由美子(熊本市環境総合研究所)
  • 入谷展弘(大阪市立環境科学研究所)
  • 西尾 治(国立感染症研究所)
  • 名取 克郎(国立感染症研究所)
  • 片山和彦(国立感染症研究所)
  • 岡 智一郎(国立感染症研究所)
  • 白土東子(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
食品由来ウイルス感染症は国民の食生活にとり益々脅威となってきた。本研究では、患者の便や血清の抗原検出に免疫学的手法を導入し迅速性と簡便性の向上を計ること、原因食品からの抗原検出では遺伝子増幅による定量法を確立するとともに免疫学的手法を用いた濃縮法を導入し、検出効率の向上を目指すこと、環境からの抗原検出には生化学、電気化学的手法で濃縮を行うと共に、各種膜分離技術を応用して効率の向上を計ること、個々のウイルスについてその検査材料別に検査法を把握しその検出限界を明らかにすることを目的とする。ウイルスのリスク評価には感染価を測定することが必須であり、そのための培養細胞を用いた培養系の確立が急務である。これに向けた基礎実験を並行して行う。これらの成果を基に、本感染症に関与するウイルスが食品を汚染するまでの経路を明らかにすることにより、検査法とその検出限界が明確になる。また、検出法をマニュアルとして広く普及することによって、国内における検査法の標準化が可能になる。
研究方法
ノロウイルス(NoV)抗原検出ELISA:GIを特異的に認識する単クローン抗体NLV3912とGIIを特異的且つ広範囲に認識する単クローン抗体NS14を抗原捕獲抗体として混合し、マイクロプレート上の1穴に固相した。非特異反応を抑えるため、糞便検体に正常マウス血清、および正常ウサギ血清を添加した。NoVのSSCP解析:ビオチン化プライマーを用いRT-PCRを行なった。増幅産物をSSCP バッファで希釈して熱変性後泳動した。電気泳動終了後、ゲル中のPCR産物をナイロン膜へ転写し、ビオチン化学発光検出キットを用いてSSCPパターンを検出した。NoVおよびその他の下痢症ウイルスの疫学および遺伝子解析:NoVとサポウイルス(SaV)は糞便の電子顕微鏡法及びRT-PCRで行った。これらのウイルスの遺伝子解析は、PCR産物のダイレクトシークエンス法で塩基配列を決定しNJ法で系統樹解析を行った。単一プライマーを用いたRV塩基配列非依存性PCR:RV RNAの5'末端をリン酸化し3'末端をアミノ化した任意の配列をもつプライマーAとウイルスゲノムをT4 RNAリガーゼにて反応し、プライマーAと相補的なプライマー Bを用いて逆転写酵素反応を行った。このcDNAを鋳型としてプライマーBによるPCRを行った。アイチウイルス(AiV)の検出:流入下水の遠心上清、および処理下水の限外濾過濃縮の遠心上精を材料とした。AiV抗血清を吸着させた磁気ビーズを下水と反応後回収し、ウイルスRNAを抽出した。RT-PCRを用いてAiV遺伝子を増幅し、クローン化してその塩基配列を調べた。A型肝炎ウイルス(HAV)の検出: ABI PRISM 7000でコピー数を定量した。また、RT-PCRで遺伝子を増幅後、VP1/2A領域の164塩基について塩基配列を決定し、UPGMA法により系統樹を作成した。組換えバキュロウイルスを用いたNoVおよびSaV中空粒子(VLPs)の作製: ORF2の約1650bp、あるいはORF2から3'末端のポリAまでの約2300bpを増幅してクローニング後、組換えバキュロウイルスを作出した。SaVがコードするポリペプチドの発現と抗体の作製:SaVのORF1およびORF2ポリペプチドに対応する遺伝子領域をPCR法によって増幅し、それぞれヒスチジンタグ融合タンパク質およびGST融合タンパ
ク質として発現した。ウサギに免疫し、抗血清を得た。唾液中の型物質とNoV VLPsとの結合:唾液とVLPsとの結合はSaliva-VLP binding assayで検出した。NoV高感度RT-PCR :食品の表面を精製水で洗い流した後、遠心して上清を回収した。抗体結合磁気ビーズを加えて反応させた後、磁気ビーズからRNAを抽出した。糞便検査と同様の方法でRT-PCRを実施した。
結果と考察
NoVおよびSaV中空粒子の発現と高力価免疫血清の作製:本年度に発現できた3株を加えると、GI で 6株、GIIで 19株の抗原および抗血清が作製できた。血清学的にはGIで6種、GII で11種、計17種である。一方、SaVのVLPs発現量は非常に少なく、NoVの100分の1以下であった。NoV抗原検出ELISAの確立:糞便検体に正常マウス血清、正常ウサギ血清を添加することにより、非特異反応を抑え、測定感度、特異度が著しく向上した。この測定系をもちいて、食中毒事例の糞便材料を測定した。ELISA法とRT-PCR法の一致率は82%, 感度は62%, 特異性は99%であった。この結果から、ELISA法をNoV診断キットとして申請できる段階に至った。磁気ビーズを用いたAiVの検出:流入下水の83.7%からAiV遺伝子が検出された。12月から5月には全てからウイルス遺伝子が検出された。処理下水は全例陰性であった。PCR産物の塩基配列を調べたところ、98.8%からはA型、1.2%からはB型の遺伝子が検出された。さらに、標準株との相同性が83%で、いずれの型にも属さない新型の遺伝子が検出された。NoV同様、AiVでも高力価血清を用いた磁気ビーズ法が環境中からのウイルス濃縮に有効であった。HAV検出における前処理方法の検討:HAV陽性のウチムラサキガイを用い、リアルタイムPCR法で定量的検討を行った。超遠心法、ポリエチレングリコールによる濃縮法、貝類の中腸腺の内溶液を用いる方法の3種類の前処理を行なった結果、超遠心法が最も高い値のコピー数が得られ、他の2つの方法に比べ優れていた。2枚貝からのNoVおよびSaVの検出:地カキ、うば貝からNoVが検出された。SaVは検出されなかった。下痢症患者から分離されたNoVの遺伝子解析をおこない比較したところ、地カキ、ウバ貝から検出されたNoV遺伝子型と下痢症患者から検出された遺伝子型は一部では一致したが、2枚貝からは遺伝子型の異なるNoVが検出された。RV塩基配列非依存性PCRの確立:塩基配列非依存の単一プライマーを用いたPCRとその後のクローニングを行い、配列が未知であっても、末端配列を含め全塩基配列を決定できる方法を確立した。SSCP解析を活用したNoVの同定:NoVの流行、あるいは集団感染などの危機管理において行政対応に直接役立つ情報を素早く把握する手法として種々の事例についてSSCP解析を検討した。最大50検体のPCR産物の遺伝子配列の異同を1日半で比較することができた。行政判断で重要なのは複数のNV遺伝子が「同じかどうか」であり、その情報を迅速に把握する手法としてSSCP解析を用いることは意義があるものと考えられた。完全長ゲノムを用いたSaVの遺伝子解析:複数株のSaVゲノム全長塩基配列を決定し、SaVのゲノム全体像を把握することを試みた。SaVゲノムで最も塩基配列が保存されている領域を明らかにし、高感度核酸検出システムを構築する際のターゲット領域を特定した。SaVもNoVと同様、ウイルス粒子の抗原性が多様である可能性が示唆された。さらに、ゲノムの組換えが起きていることが示唆された。SaV蛋白の発現ならびに部位特異抗体の作製: SaVのORF1およびORF2に対応する領域についてポリペプチドを発現し、ほぼ全域にわたり部位特異抗体を作製した。今後SaV抗原検出に最適な手法を確立する上で有用な材料が作製できた。NoVと血液型物質との結合:血液型物質が全てのウイルス株に共通のレセプターであるかどうかを検討した。GIの4株、またGIIの7株のVLPsは用量依存的に唾液と結合したが、GIIにおいて唾液に全く結合しないウイルスが4株、また、その結合量が唾液中の型物質量と相関しない株が1株認められ、結合に型物質以外の因子を必要とするウイルス株の存在が示唆された。下痢症ウイルスの疫学および遺伝子解析に関する研究: 遺伝的多様性を示すNV流行を詳
細に解析していくためには、Capsid N/S領域の遺伝子型別による解析が必要であること、老人保健施設や保育所など介護を伴う施設では、なんらかの原因でNoV感染患者が発生すると人-人感染により感染が拡大する可能性が高く、ウイルス感染を制御する事が難しく長期化しやすいことが示された。人-人感染は糞口感染と空気感染(吐物が空気中に飛散しエアロゾルになる)によって起こると考えられ、保育所では屋内の遊戯室で園児が嘔吐した後患者発生し、糞口感染だけでなく乾燥した吐物が飛散し次ぎの感染を生じる可能性も推測された。施設内でNoVを拡大させないための対策は、汚物によって汚染された環境の消毒、患者に接触したときの手洗いを徹底するなどの衛生管理が重要であると考えられた。今後、集団生活の場で患者が発生した場合の処置方法をマニュアル化する必要がある。ウイルス性下痢症検査マニュアルの整備:本年度改定したマニュアルによって、ウイルス性下痢症検査の標準プロトコールが完成した。
結論
NoV抗原ELISAが実用の域に達した。より広範に検出するためにVLPsと単クローン抗体研究を推進する必要がある。患者および貝からのRT-PCRによる遺伝子検出は一般的な手法として確立している。HAVの濃縮と定量的検出が確立できた。磁気ビーズはAiVの濃縮にも効果的であった。SaVの遺伝子解析と抗体調製が大きく進展した。NoVの結合には型物質が重要であるが、型物質以外の因子を必要とするNoVもある。NoVを多数解析するにはSSCPが有効である。RVで配列非依存的な遺伝子増幅法を確立した。ウイルス性下痢症検査マニュアル第3版を作成した。

公開日・更新日

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