輸入動物に由来する新興感染症侵入防止対策に関する研究

文献情報

文献番号
200300527A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入動物に由来する新興感染症侵入防止対策に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 本藤 良(日本獣医畜産大学獣医学部)
  • 太田周司(厚生労働省川崎検疫所支所)
  • 内田幸憲(厚生労働省神戸検疫所)
  • 宇根有美(麻布大学獣医学部)
  • 森川 茂(国立感染症研究所外来ウイルス部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
25,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成15年に実施された感染症法の見直しに伴い、ワーキンググループで翼手目、齧歯類、鳥類、食肉類、霊長類、ウサギ目などのリスク評価を行った。法改正により、翼手目とプレーリードッグ、マストミスなどの齧歯類、SARSに関連してハクビシン等が、サル類や狂犬病対象の食肉類と並んで全面輸入禁止になった。それ以外の輸入動物に関しては、届出制の導入やサーベイランスの実施により安全性を確保する方針となった。研究用・展示用動物を含め安全な動物の輸入を許可し、危険な野生動物等の輸入を規制するためには、これらの動物種由来感染症の病原体検査が必要であり、科学的エビデンスの収集と各国の行政対応情報がリスクコミュニケーションのために必要となった。本研究班ではこれまでの実績を生かし、輸入動物・侵入動物に由来する主要な感染症の疫学調査を進めると共に、危機管理対応のための国内流通システムの把握、トレーサビリティの手法について検討を進めた。また齧歯類由来感染症については国内の港湾労働者などのハイリスク集団について 広域な調査を進めた。さらにこれまで全く研究されていないが、侵入の可能性のあるウイルス出血熱(アルゼンチン、ボリビア出血熱など)については、海外委託事業として、危機管理対応のための診断方法確立などの技術開発を行った。また動物取り扱い者の責務が明記されたことに伴い、動物輸入業者、獣医師にアンケート調査を行い、現場での感染症の実態と対処の方法について検討を進めた。霊長類、翼手目、爬虫類、齧歯類に関しても、今後研究用、展示用の輸入が再開されるため、これらの動物種由来の感染症について研究を進めた。
研究方法
研究方法と結果:
a)輸入動物などに由来する感染症の疫学
動物由来感染症病原体の媒介動物として最も重要視されている野生輸入齧歯類7種144頭を入手し、これらについて解剖検査の上、関係研究機関の協力を得て、10種類の感染症病原体の有無について検査を進めている。現在まで、レプトスピラがアフリカヤマネ10匹中5匹より分離された(太田、宇根)。他の病原体についても解析を進めている。HFRSに関しては東京都と兵庫県の動物保護センターで捕獲されたネコ、および腎透析患者、関西港湾労働者などのハイリスク者の汚染調査(HFRS,LCM)を進めた。16年度はハイリスク者の調査地域を関東に広げ、動物とヒトの両面から解析を進める(内田)。翼手目に関しては、平成15 見年11月感染症法の直しにより全面輸入禁止となったが研究用・展示用輸入の安全基準を設定する必要があり、またわが国の在来種及びアジアのコウモリについて病原体保有の有無を調査する必要がある。タイでのコウモリ生息調査を進め、国内では当面動物園繁殖オオコウモリを30~40頭入手し、培養細胞の保存、遺伝子解析を進めた(吉川)。爬虫類に関しては研究会の発足に伴い開業獣医師、動物園を含めたネットワークが出来つつある。症例を増やしヒトへの感染の可能性について検討を進める(宇根)。
b)国内流通、トレーサビリティ手法に関する研究および動物取り扱い者の感染症実態把握
危機管理対応の一環として、輸入動物の国内流通の実態を明らかにするため、外部委託により輸入業者を対象とするコンピュータソフトウェアの開発を進めてきた(太田、吉川、東レリサーチ)。本システムは、インターネットを利用し、パソコンの機種やOSに拘わらず、業者毎の入力と記録を行うことができる。動物由来感染症の防疫上重要と思われる動物について流通先に関する追跡情報の入力を業者に促すような仕組みをつくっている。届出制のための各国政府機関の証明書発行状況を調査した。また、小動物獣医師会の会誌を通じ開業獣医師や輸入動物業者に対するアンケート調査を介して動物由来感染症の経験を問うアンケート調査を進めた(太田、吉川、内田、東レリサーチ)。
c)霊長類由来感染症
Bウイルスの潜伏感染に関してはゲノムの検出法を開発した。陽性個体を研究に使用する際のリスクに関しては、国内外に科学的データが無い。安全性研究所等とタイアップして、再活性化の条件等に関して調査を進めている(本藤)。新世界ザル、類人猿由来感染症については「サル類感染症の病理研究会」「チンパンジーリサーチリソース」ネットワーク、動物園などを通じて得られた症例を対象に動物由来感染症のリスクについて検索を進めた。リスザル、オラウータンのエルシニア感染、リスザルのパスツレラ感染例が見られた(宇根)。
d)ウイルス性出血熱など新興感染症の診断技術開発
エボラ出血熱、クリミアコンゴ出血熱については診断系を確立したので危機管理対応の一環としてアルゼンチン出血熱、ボリビア出血熱等の新規診断系の開発を進めている。15,16年度は、アルゼンチン出血熱の原因であるフニンウイルスの核蛋白(NP)を組換え蛋白として発現精製し、モノクローナル抗体の作成など血清診断法を開発することを目的として研究を進めた(森川)。
結果と考察
考察:
先進諸国のみならず各国とも感染症防疫体制の確立に努力している。しかし、感染症対策が最も進んでいる米国で西ナイル熱のヒト及び鳥類でのアウトブレイクが起こり、野生動物由来感染症の制御の困難さが浮き彫りにされた。また野生動物由来が疑われるSARSの世界的流行、あるいは高病原性トリインフルエンザのヒトおよびニワトリでのアウトブレイクがアジア、ヨーロッパで報告されており(わが国も79年ぶりの侵入をうけた)、動物に由来する感染症に対する危機管理対応の難しさが明らかなってきている。 平成15年の感染症法の見直しにより、動物由来感染症の対応は法的に改善されつつある。しかし法令を適確に実施するには国民のコンセンサス作りを含め、有効なリスクコミュニケーションが必要である。このためには科学的エビデンスに基づくリスク評価とリスク管理が必要である。
本研究班ではこれまでの実績に基づき、輸入動物に由来する感染症のリスク評価、及び国内のトレーサビリティ、危機管理対策について、専門研究者間で共同研究を進め、総括的な提言をすることを目的としている。これまでシステマチックにこのような研究が行われて来なかったため、研究班の成果は医師、獣医師、公衆衛生従事者、行政などに強いインパクトを与えている。また各種のメディアの他、獣医学会、小動物獣医師会、獣医師会、厚生省、農水省の研修会や各種学会の公開講座等で紹介され、リスクコミュニケーションの役を果たしている。
結論
輸入動物由来感染症侵入防止のための研究として以下の項目に関する研究を推進し、リスク管理に貢献した。輸入動物のトレーサビリティ:輸入動物のトレーサビリティを確保するためのシステムの開発
届出制の導入により、輸入動物の実態が明らかになるが国内流通経路に関しては有効な手段がない。マイクロチップを含めコンピュータネットによるトレーサビリティ法の確立が必要である。現在試行している方法は有効である可能性が高い。
リスク評価:これまで行ってきた繁殖された輸入げっ歯類(ハムスターなど)と輸入野生げっ歯類の病原体保有状況比較により、リスクの違いが明瞭になれば、野生げっし類の輸入禁止のためのリスクコミュニケーションに有効である。また輸入動物業者、臨床獣医師など現場の関係者について、動物由来感染症のアンケート調査を行い、輸入動物由来感染症のリスク管理に役立てるための情報収集を進めた。
危機管理対応:ウイルス性出血熱(フニンウイルス)の 診断法の開発。LCM、ラッサウイルスなど、アレナウイルス感染症について、組換えウイルス抗原を用いて診断法を確立してきた。今回南米のウイルス出血熱の原因であるフニンウイルスの組換え抗原の発現に成功した。輸入感染症の危機管理に有用である。
指定動物由来感染症:翼手目由来感染症の調査のための基盤研究:翼手目の輸入は全面禁止になったが、今後霊長類と同様、研究用・展示用の輸入に関して、安全性の確保のためのハード、ソフトの基準および媒介の可能性のある病原体に対する検査基準を決める必要がある。抗コウモリ抗体を用いたスクリーニング、初代培養細胞を用いたウイルス感受性試験等の結果により、輸入基準の設定が可能になる。

公開日・更新日

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