輸入蠕虫性疾患の監視と医療対応整備に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300523A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入蠕虫性疾患の監視と医療対応整備に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
太田 伸生(名古屋市立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 有薗直樹(京都府立医科大学)
  • 川中正憲(国立感染症研究所)
  • 平山謙二(長崎大学)
  • 赤尾信明(東京医科歯科大学)
  • 田邊将信(慶応大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
かつて猛威を振るった蠕虫性疾患は第二次大戦後の広範な公衆衛生活動が奏功して、今日ほぼ制圧された状態となった。しかし熱帯地方では蠕虫感染症が蔓延し、それらの地域とわが国とのヒト及びモノの交流が盛んになる社会背景を考えると、輸入感染症としての蠕虫疾患の監視は今後とも継続する必要がある。難治性の蠕虫感染症、特に幼虫移行症の多くでは診断・治療法が確立しておらず、効果的な治療薬が得られないなど、基礎的/応用的研究の必要性が依然として残されている。本研究では輸入蠕虫感染症の監視と医療対応の観点から解決が急がれる以下の諸点について研究活動を開始した。・国内の蠕虫疾患のデーターベース化、・蠕虫疾患の診断に関する国内のレファレンス体制整備、・地方衛研で実施可能な蠕虫症の簡易診断および早期診断法の開発、・予防・治療法の開発、・蠕虫症の新しい実験動物モデルの開発と病態解析研究、・蠕虫による輸入食品汚染のモニタリング、などである。当面監視が必要な蠕虫感染症としては糞線虫症、住血吸虫症、旋毛虫症や広東住血線虫症をはじめとする幼虫移行症を考えた。蠕虫感染症は一般に慢性に経過するため流行の実態把握が困難である一方で、幼虫移行症の中には致死的なものも存在する。本研究を通じて、わが国の輸入蠕虫疾患の実態を明らかにするとともに、蠕虫感染症輸入ルートを監視し、さらに患者発生に対して適切な医療対応の体制を確立し、わが国の健康福祉に寄与することを目的としている。
研究方法
今年度は国内の輸入蠕虫感染症の実態把握、診断法開発、動物モデル開発、病態解析等に的を絞って進めた。(1) 国内蠕虫感染症発生の実態調査と情報整理:わが国で発生報告のある蠕虫感染症の情報を網羅的に集めた。医学中央雑誌、日本寄生虫学会出版物などからデータベース用資料を収集した。これら出版媒体による情報と特定施設の情報との比較のため、京都府立医大所蔵資料との比較検討をした。現在の国内問題として広東住血線虫に着目し、国内4地区での実態調査を実施した。この数年来集団感染が見られた沖縄県では住民血清の抗体検査を実施した。東京、神奈川、千葉ではドブネズミとクマネズミ160頭を調査した。(2) 蠕虫感染症の診断法開発:現時点で診断法が確立していない蠕虫感染症の問題と、感染時期の特定や早期診断、簡便診断等の改善を目指した研究を進めた。診断法の新規開発としてイヌ、ネコ、アライグマ、クマ、ブタなどの回虫抗原を用いたdot-ELISA法を検討した。それぞれの回虫幼虫分泌抗原(LES)を用いて、感度、特異性の比較検討をおこなった。診断法の改善としてはPCRによる蠕虫感染症診断法を検討した。マウスの日本住血吸虫またはマンソン住血吸虫感染において、血中または糞便中の寄生虫由来DNAの検出システムを検討した。(3) 新しい蠕虫感染モデル動物の開発:ヒトの輸入蠕虫症病原体のすべてに動物モデルが存在しているわけではなく、またすでに存在するマウスの感染モデルがヒトの病態と相関するとは限らない。ヒトと解剖学的に類似しているブタは感染実験モデルとして期待されるが、どの蠕虫が適応するか十分なデータがない。今年度はCLAWN系ミニブタに日本住血吸虫セルカリア200隻を感染させ、虫体の発育と病理および宿主応答について調べた。(4) 蠕虫感染の病態解析:蠕虫感染による病態発現機序を解析して治療法開発の基礎的情報を得る目的で、腸管寄生線虫感染による吸収障害の機構をペプチドやアミノ酸のトランスポーター発現制御の観点から検討した。また、住血吸虫
感染では血液凝固系の失調が症状発現と関連する可能性があることから、血液凝固関連タンパク質で住血吸虫感染宿主でも著明に上昇する痙攣誘発性リポタンパク質CILIPについて感染宿主体内での動態や病理発現との関連などを調べた。
結果と考察
今年度は以下に記す結果が得られた。(1) 国内蠕虫感染症発生の実態調査と情報整理:感染症の実態把握は重要ではあるが実施は極めて困難であり、今日比較的容易に得られる情報ソースが実態とどの程度相関しているかは詳細な検証がなされていない。医学中央雑誌で得られる情報に基づく蠕虫感染症の年次変動、原因蠕虫の分析を整理すると食品媒介性蠕虫は特に増加傾向はないが、住血吸虫やテニアなど輸入感染症のカテゴリーに入る蠕虫症発生件数は増加の傾向が示されている。医学中央雑誌で得られる国内全般の蠕虫感染症の発生情報と京都府の特定施設で把握している蠕虫感染症発生状況とを比較してみると、病原体ごとに比較した発生動向は必ずしも一致しなかった。医学中央雑誌による情報には不確実例、重複症例もありうることが考えられ、実態把握のためには「ウラ」が取れる情報に基づく解析が重要である。広東住血線虫症の国内の動向把握を調査した。港湾や住居地のネズミの捕獲調査では、東京、横浜、千葉などで局所的に高頻度の感染が確認され、広東住血線虫の生活環が維持を裏付ける中間宿主の調査もおこなった。感染ネズミが見つかった西東京市では、ナメクジに感染幼虫は検出できなかったが、付近の土壌にはウスイロオカチグサという貝が多数生息し、実験的には広東住血線虫幼虫に感受性が認められた。沖縄県住民の血清疫学調査では、1139名の被検血清中、沖縄本島北部で6.6%、南部で10.1%、離島で7.1%が陽性を示し、1981年の調査結果と比較すると減少しているが、陽性者が多い地域が移動している傾向が観察された。(2)蠕虫感染症の診断法開発:動物由来線虫による幼虫移行症の簡便な血清診断としてdot-ELISAの有用性を検討したが、dot-ELISAは特別の設備を必要とせず、微量の抗原で済むことなどの特長がある。検討した各種回虫症の場合、同種LESを用いたdot-ELISAで感度よく抗体を検出できた。しかし特異性の面ではイヌ回虫LESとアライグマ回虫LESとの間に共通抗原性が存在したり、アニサキスのLESとも交差反応が認められ、今後の課題として残された。蠕虫感染の診断をPCRで実施する試みとして住血吸虫で調べたところ、血液を用いたマンソン住血吸虫感染のPCR診断では感染4週以内にはすでにDNAが検出され、早期診断法として有用であることが示唆された。糞便試料を用いた日本住血吸虫感染のPCR診断をゲノム情報に基づいて検討しているがEPGで10以下の感度まで達していない。(3) 新しい蠕虫感染モデル動物の開発:ミニブタでも日本住血吸虫感染が十分に成立することが確認され、CLAWN系ミニブタは住血吸虫の感染モデルとして利用可能であった。この結果に基づいてγ線照射セルカリアを用いて防御免疫を検討したところ、対照群に比べて虫卵排出数が56%低下した他、肝臓病変の防止効果が観察された。従来はヒトの慢性住血吸虫症が動物実験で再現できないことが障害であったが、今後の有用性に期待ができる。当面の問題は価格で1頭8万円の購入コストが必要である。(4) 蠕虫感染の病態解析:消化管寄生虫感染では吸収障害が重要な病態である。線虫寄生による小腸吸収上皮細胞障害がその原因である可能性を検討した。Nippostrongylus brasiliensis感染ラットでは一過性に低血糖と低アルブミン血症がおこる。その際に小腸上皮細胞ではSGLT1、GLUT5、PepT1などの各種トランスポーターの発現が対照と比して有意に低下していたことから、それが感染時の吸収不良の機序と推定された。一方、住血吸虫症では慢性期に食道静脈瘤の破裂が死亡原因となるが、感染マウスでは消化管出血も重篤であるなど、出血傾向が病態を大きく作用する。住血吸虫感染宿主マウスではCILIPレベルに宿主の系統差が存在していることがわかり、C3H、BALB/cなど住血吸虫感染に弱いとされた系統はCILIPレベルが高い一方で、比較的抵抗性であるC57BL/6はCI
LIPレベルが低かった。CILIPに対する単クローン抗体を作製して投与すると肝臓病変の軽減効果が観察された。以上から、CILIPが住血吸虫の病理発現に重要に関わる分子であることが確認され、治療標的としても有用である可能性が示された。
結論
わが国の輸入蠕虫感染症の実態を把握し、その診断、治療、病態解析など基礎的または応用的研究を推進した。広東住血線虫症は1960年代にわが国に持ち込まれた後、すでに東京、名古屋など大都市圏においても定着していることが確認され、監視体制の重要性が確認された。さらに実態把握には発生事例を漏れなく補足する必要があるが、医学中央雑誌などの印刷媒体による情報に加えて積極的な情報収集の努力をおこなうべきであることが結論された。輸入蠕虫症の診断法には当面考慮すべき重要疾患のすべてをカバーできる体制になっていないが、スクリーニングの方法についてdot-ELISA法の有効性を確認した。その他、新しい感染実験動物モデルを住血吸虫症について開発し、新たな知見を得るシステムが備わったほか、腸管寄生線虫や住血吸虫感染の病態発現に関わる分子についての検討が進み、治療戦略に新しい情報が加わった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-