文献情報
文献番号
200300522A
報告書区分
総括
研究課題名
動物由来寄生虫症の流行地拡大防止対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
神谷 正男(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
- 高倉彰(実験動物中央研究所)
- 嘉田良平(農林水産省農林水産政策研究所)
- 川中正憲(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
動物由来の寄生虫症でも我が国において重要と考えられるエキノコックス、アライグマ回虫、トリヒナを重点的に、その流行状況を把握し、その対策方法を確立することを目的とした。
エキノコックスは、北海道の動物における流行が深刻化しているだけでなく,青森の豚や北海道からの転出犬から感染した個体が見つかっている。本研究では,エキノコックス症の流行地拡大防止対策のため,感染源対策および監視体制の強化・確立を目的とした。
次に、アライグマ回虫については,野生化したアライグマおよび動物園・観光施設で展示されているものを対象として流行状況を明らかにすることを目的とした。また,野生化アライグマからはタヌキ回虫感染が認められ,両種を形態的に鑑別することは困難であるので、鑑別法の開発を検討した。
トリヒナ症についてはわが国でも3回の人の集団発生があり,北海道ではクマ肉に起因している。エキノコックス調査と関連し小樽で行った調査では,10%以上のキツネからトリヒナが検出されたので、小樽以外の流行地域を把握することも目的とした。
エキノコックスは、北海道の動物における流行が深刻化しているだけでなく,青森の豚や北海道からの転出犬から感染した個体が見つかっている。本研究では,エキノコックス症の流行地拡大防止対策のため,感染源対策および監視体制の強化・確立を目的とした。
次に、アライグマ回虫については,野生化したアライグマおよび動物園・観光施設で展示されているものを対象として流行状況を明らかにすることを目的とした。また,野生化アライグマからはタヌキ回虫感染が認められ,両種を形態的に鑑別することは困難であるので、鑑別法の開発を検討した。
トリヒナ症についてはわが国でも3回の人の集団発生があり,北海道ではクマ肉に起因している。エキノコックス調査と関連し小樽で行った調査では,10%以上のキツネからトリヒナが検出されたので、小樽以外の流行地域を把握することも目的とした。
研究方法
各項目別に報告する。
【エキノコックス】
1. 山間部の感染源対策の試行
小樽のキツネを対象に、約110 km2において5?11月に毎月1回駆虫薬入り餌を、道路沿いに50m間隔で散布した。効果の判定は、有害鳥獣駆除で捕殺された動物の直腸便の抗原・虫卵検査結果から行った。
2. 札幌北東部でのエキノコックス感染リスクの評価
キツネの営巣地の位置を特定し、エキノコックスの流行状況を知るためにキツネの捕獲・剖検を行なった。また、キツネの糞便を採集し、糞便内抗原・虫卵検査を行なった。中間宿主動物の分布と感染状況を調べた。
3. エキノコックス伝播数理モデルの開発
野ネズミ個体群密度及び積雪深に依存するキツネの野ネズミ日捕食数を表す食性関数、および環境中に排出された虫卵の感染能維持期間を考慮した虫卵活性度の概念を導入しその精密化を行った。キツネの駆除およびキツネの駆虫の2つの効果を組み込んだ。
4.ペットのエキノコックス調査
北海道では犬(1,140頭)および猫(107頭)、関東の犬(299頭)および猫(97頭)の検査を実施した。輸送機関の協力を得て。飼い主へのアンケート調査を実施すると共に、飼い主が北海道外へ移動した後に移動犬の糞便を用いて検査を実施した。青森県でも猟犬およびキツネの糞便の調査を行った。
5.終宿主診断法の開発と改善
現行の糞便内抗原検出法に使用されている診断用モノクローナル抗体EmA9を利用して、イムノクロマト法によるインハウス診断キットの開発を行った。さらに、補足診断法として、虫卵DNAの利用によるテニア科条虫種の同定法を検討した。
6.感染源対策によりもたらされるリスク削減便益の経済評価
地域特性やベイト散布の実績等を勘案し、札幌市、小樽市、富良野市、小清水町を選定し、各600通のアンケート票を郵送した。ベイト剤の散布によりもたらされるリスク削減便益の計測には、仮想評価法を用い、二段階二肢方式の質問方式を採用し、感染源対策(ベイト剤散布)によりもたらされるエキノコックス感染リスクの削減に対する地域住民の支払意志額を評価した。
【アライグマ回虫】
動物展示飼育施設336施設を対象にアライグマの飼育状況とアライグマ回虫の有無についてアンケート調査を実施した。また、希望する施設についてはアライグマの糞便または飼育場の土壌等の検査を実施した。さらに、捕獲アライグマの糞便検査を実施した。アライグマ回虫とタヌキ回虫の鑑別法の開発に関しては、種特異的DNAプライマーを設計した。
【トリヒナ(旋毛虫)】
北海道各地(函館、音更、釧路、網走、栗山)からのキツネ18頭を検体とし、筋肉幼虫を検査した。
【エキノコックス】
1. 山間部の感染源対策の試行
小樽のキツネを対象に、約110 km2において5?11月に毎月1回駆虫薬入り餌を、道路沿いに50m間隔で散布した。効果の判定は、有害鳥獣駆除で捕殺された動物の直腸便の抗原・虫卵検査結果から行った。
2. 札幌北東部でのエキノコックス感染リスクの評価
キツネの営巣地の位置を特定し、エキノコックスの流行状況を知るためにキツネの捕獲・剖検を行なった。また、キツネの糞便を採集し、糞便内抗原・虫卵検査を行なった。中間宿主動物の分布と感染状況を調べた。
3. エキノコックス伝播数理モデルの開発
野ネズミ個体群密度及び積雪深に依存するキツネの野ネズミ日捕食数を表す食性関数、および環境中に排出された虫卵の感染能維持期間を考慮した虫卵活性度の概念を導入しその精密化を行った。キツネの駆除およびキツネの駆虫の2つの効果を組み込んだ。
4.ペットのエキノコックス調査
北海道では犬(1,140頭)および猫(107頭)、関東の犬(299頭)および猫(97頭)の検査を実施した。輸送機関の協力を得て。飼い主へのアンケート調査を実施すると共に、飼い主が北海道外へ移動した後に移動犬の糞便を用いて検査を実施した。青森県でも猟犬およびキツネの糞便の調査を行った。
5.終宿主診断法の開発と改善
現行の糞便内抗原検出法に使用されている診断用モノクローナル抗体EmA9を利用して、イムノクロマト法によるインハウス診断キットの開発を行った。さらに、補足診断法として、虫卵DNAの利用によるテニア科条虫種の同定法を検討した。
6.感染源対策によりもたらされるリスク削減便益の経済評価
地域特性やベイト散布の実績等を勘案し、札幌市、小樽市、富良野市、小清水町を選定し、各600通のアンケート票を郵送した。ベイト剤の散布によりもたらされるリスク削減便益の計測には、仮想評価法を用い、二段階二肢方式の質問方式を採用し、感染源対策(ベイト剤散布)によりもたらされるエキノコックス感染リスクの削減に対する地域住民の支払意志額を評価した。
【アライグマ回虫】
動物展示飼育施設336施設を対象にアライグマの飼育状況とアライグマ回虫の有無についてアンケート調査を実施した。また、希望する施設についてはアライグマの糞便または飼育場の土壌等の検査を実施した。さらに、捕獲アライグマの糞便検査を実施した。アライグマ回虫とタヌキ回虫の鑑別法の開発に関しては、種特異的DNAプライマーを設計した。
【トリヒナ(旋毛虫)】
北海道各地(函館、音更、釧路、網走、栗山)からのキツネ18頭を検体とし、筋肉幼虫を検査した。
結果と考察
【エキノコックス】
1. ベイト散布前の1999年,2000年の調査では60%程度のキツネの多包条虫感染率が認められたが、2003年散布開始後、糞便内抗原陽性は18%、テニア科条虫卵陽性は4%で、山間部においてもベイト散布によってキツネのエキノコックス流行を抑えることができることが示唆された。
2. 市街地周辺からは18頭捕獲され、このうち6頭から感染個体が発見された。感染ギツネがみつからなかったグループの営巣地周辺からも陽性糞便が採取された。多包虫に感染したエゾヤチネズミは発見されなかったが、キツネ営巣地周辺においてエゾヤチネズミの生息が確認された。エキノコックスがこの地域内で定着していることが示唆された。
3. ダイアログ上から各種条件設定を行い、エキノコックス・コントロール・プロジェクトに対するシミュレーションを実行できるようにした。
シミュレーションの結果ではキツネ駆除によるエキノコックス流行率の減少は僅かであった。一方,ベイト散布を1ヵ月ごと1年間(カバー率30%)で行うと散布終了時点では、著しい流行率の低下が見られた。
4. 北海道の犬(1,140頭)および猫(107頭)のうち、糞便内抗原陽性が犬6頭、猫3頭で、うち犬3頭は虫卵陽性であった。これらの感染犬は野外飼育もしくは散歩時にネズミなどに興味を示していた犬であり、ペットの飼育管理の重要性が示された。本州のペット(犬299頭、猫97頭)からは検出されなかった。北海道からフェリーで道外へ移動する畜犬の調査を開始し、3月1日現在約60件90頭の申し込みがあった。今後も継続調査の必要がある。
今回の調査は、動物病院に来院した犬・猫を対象としたため、寄生虫感染率はおおむね低い結果となったが、人獣共通寄生虫として重要な回虫、鉤虫やマンソン裂頭条虫が含まれ、特に回虫は、犬で0.9%(13/1,419)、猫では6.4%(13/203)の感染率であった。今回の調査で寄生虫感染率が低かった背景としてペットに対する駆虫プログラムが浸透し有効に働いていることが推察される。
5.終宿主診断用インハウスキットの開発は短時間で診断できるため、感染動物に対して現場での対応が可能となり、その実用性は非常に高い。約20分で目視判定可能な診断キットを施策した。現行のサンドイッチELISA法と比較した結果、感度93.3%、特異性95.4%および一致率94.6%が得られた。実用化のための改善を引き続き行う予定である。
虫卵DNAの利用による診断法開発のため、エキノコックス属3種およびテニア属7種の虫体を用いてDNAを利用した診断法は、寄生虫種の同定が可能と考えられた。ただし、本診断法は虫卵を排泄している動物にのみ適用できるもので、虫卵排泄前の動物の診断には適用できない。現行の診断法を組み合わせた診断システムが実際的である。
6. 富良野町、小清水町において、エキノコックス症感染に対する不安を感じる回答者の割合が高いことがわかった。また、ベイト剤散布によりもたらされるリスク削減に対する支払意志額を計測した結果、1世帯あたりの年間支払意志額は、中央値で2,000~3,000円、平均値で2,500~4,500円であった。
【アライグマ回虫】
動物園および動物展示飼育施設243施設から回答を得、アライグマが82施設(合計425頭)で飼育、33施設がアライグマ回虫陰性、49施設は不明との回答があった。その後、46施設より検査材料の送付を受け検査したところ、7施設でアライグマ回虫が確認された。除染対策を実施中である。
野生化アライグマ(現在までに合計573頭)を糞便検査したが、アライグマ回虫は検出されなかった。2頭からタヌキ回虫卵が検出され、ITS2の種特異的プライマーを用いたPCRにより両種の鑑別が可能であることがわかった。両種の鑑別は虫卵1個からでも可能であった。
【トリヒナ】
キツネ18頭中4頭(函館と音更)からトリヒナ(Trichinella nativa) が検出された。この結果から、小樽だけでなく、北海道に広くトリヒナが分布していることが推測された。
1. ベイト散布前の1999年,2000年の調査では60%程度のキツネの多包条虫感染率が認められたが、2003年散布開始後、糞便内抗原陽性は18%、テニア科条虫卵陽性は4%で、山間部においてもベイト散布によってキツネのエキノコックス流行を抑えることができることが示唆された。
2. 市街地周辺からは18頭捕獲され、このうち6頭から感染個体が発見された。感染ギツネがみつからなかったグループの営巣地周辺からも陽性糞便が採取された。多包虫に感染したエゾヤチネズミは発見されなかったが、キツネ営巣地周辺においてエゾヤチネズミの生息が確認された。エキノコックスがこの地域内で定着していることが示唆された。
3. ダイアログ上から各種条件設定を行い、エキノコックス・コントロール・プロジェクトに対するシミュレーションを実行できるようにした。
シミュレーションの結果ではキツネ駆除によるエキノコックス流行率の減少は僅かであった。一方,ベイト散布を1ヵ月ごと1年間(カバー率30%)で行うと散布終了時点では、著しい流行率の低下が見られた。
4. 北海道の犬(1,140頭)および猫(107頭)のうち、糞便内抗原陽性が犬6頭、猫3頭で、うち犬3頭は虫卵陽性であった。これらの感染犬は野外飼育もしくは散歩時にネズミなどに興味を示していた犬であり、ペットの飼育管理の重要性が示された。本州のペット(犬299頭、猫97頭)からは検出されなかった。北海道からフェリーで道外へ移動する畜犬の調査を開始し、3月1日現在約60件90頭の申し込みがあった。今後も継続調査の必要がある。
今回の調査は、動物病院に来院した犬・猫を対象としたため、寄生虫感染率はおおむね低い結果となったが、人獣共通寄生虫として重要な回虫、鉤虫やマンソン裂頭条虫が含まれ、特に回虫は、犬で0.9%(13/1,419)、猫では6.4%(13/203)の感染率であった。今回の調査で寄生虫感染率が低かった背景としてペットに対する駆虫プログラムが浸透し有効に働いていることが推察される。
5.終宿主診断用インハウスキットの開発は短時間で診断できるため、感染動物に対して現場での対応が可能となり、その実用性は非常に高い。約20分で目視判定可能な診断キットを施策した。現行のサンドイッチELISA法と比較した結果、感度93.3%、特異性95.4%および一致率94.6%が得られた。実用化のための改善を引き続き行う予定である。
虫卵DNAの利用による診断法開発のため、エキノコックス属3種およびテニア属7種の虫体を用いてDNAを利用した診断法は、寄生虫種の同定が可能と考えられた。ただし、本診断法は虫卵を排泄している動物にのみ適用できるもので、虫卵排泄前の動物の診断には適用できない。現行の診断法を組み合わせた診断システムが実際的である。
6. 富良野町、小清水町において、エキノコックス症感染に対する不安を感じる回答者の割合が高いことがわかった。また、ベイト剤散布によりもたらされるリスク削減に対する支払意志額を計測した結果、1世帯あたりの年間支払意志額は、中央値で2,000~3,000円、平均値で2,500~4,500円であった。
【アライグマ回虫】
動物園および動物展示飼育施設243施設から回答を得、アライグマが82施設(合計425頭)で飼育、33施設がアライグマ回虫陰性、49施設は不明との回答があった。その後、46施設より検査材料の送付を受け検査したところ、7施設でアライグマ回虫が確認された。除染対策を実施中である。
野生化アライグマ(現在までに合計573頭)を糞便検査したが、アライグマ回虫は検出されなかった。2頭からタヌキ回虫卵が検出され、ITS2の種特異的プライマーを用いたPCRにより両種の鑑別が可能であることがわかった。両種の鑑別は虫卵1個からでも可能であった。
【トリヒナ】
キツネ18頭中4頭(函館と音更)からトリヒナ(Trichinella nativa) が検出された。この結果から、小樽だけでなく、北海道に広くトリヒナが分布していることが推測された。
結論
1. ペットのエキノコックス調査から、ペットの感染予防と飼育管理の重要性が示された。北海道から転出するペットに対しても、エキノコックスの検査・駆虫を義務づける法整備や、エキノコックスの本州侵入を早期に察知し定着前に防除するような、行政レベルでの監視体制の構築が必要である。このためには終宿主診断用インハウスキットの開発が不可欠である。2.エキノコックス伝播数理モデルからもベイト散布法有効性が支持された。さらに山間部におけるベイト散布法を検討し、都市周辺の対策法を確立する必要がある。感染源対策(ベイト剤散布)の本格実施に要する費用の推定や,感染源対策と血清検査や啓蒙活動等との組合せによる総合的な対策方法、また。エキノコックス関連リスクについて、ステイクホルダー間でのリスクコミュニケーションをより適切に行うための体制等についての検討を進めることが今後必要である。3.野生アライグマへアライグマ回虫を伝播させない為に、動物園・観光施設におけるアライグマ回虫の防除対策を迅速に実施する必要がある。4. 北海道ではキツネの間でトリヒナが広く分布し、今後注意する必要がある。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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