アルツハイマー病に対する経口投与可能な神経保護薬の開発:ミトコンドリアにおける細胞死シグナルの制御の試み(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300493A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病に対する経口投与可能な神経保護薬の開発:ミトコンドリアにおける細胞死シグナルの制御の試み(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 和佳子(長寿医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 辻本 賀英(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 直井 信(財団法人岐阜県国際バイオ研究所)
  • 錫村明生(名古屋大学環境医学研究所)
  • 赤尾 幸博(財団法人岐阜県国際バイオ研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
32,479,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者に認められる代表的な痴呆性疾患であるアルツハイマー病における進行性の神経細胞死(変性)を防御する薬剤の開発を目的として研究を行った。アルツハイマー病は高齢者に認められる代表的な痴呆性疾患であり、60歳以上の3-5 % が発症すると同時に、加齢に従い発症率が増加する。アルツハイマー病に対する治療薬は現在までのところ細胞死によって低下した神経伝達物質であるアセチルコリンを増加させるコリンエステラーゼ阻害剤のみが承認されているに過ぎないが、疾患の進行を防止することはできない。痴呆患者の大多数は高齢者であり、安全で侵襲の少ない治療法が求められている。経口投与可能な神経保護薬の開発は、痴呆高齢者のADL、QOLを改善することにより厚生労働上現在問題となっている社会福祉、保険財政を改善するだけでなく、新たな創薬の可能性が期待される。経口投与可能で、脳内移行性が良好、しかも副作用の少ない神経保護薬の候補として、propargylamine化合物に着目した。B型モノアミン酸化酵素(MAO)の阻害剤として開発されたpropargylamine化合物は、多くの実験で酵素阻害とは独立した神経保護作用をもつことが報告されているもののその機序は明らかとされていなかったため、これを明らかとすることを第一の目標とした。さらに、将来の薬剤の臨床治験に向けて治療のバイオマーカーの開発について検討を行った。
研究方法
前年度までの研究で最も神経保護活性が強かったpropargylamine化合物であるrasagilineを中心に研究を行った。ヒト神経芽細胞腫であるSH-SY5Y細胞をrasagiline を添加下に培養を行い、細胞内シグナル伝達、転写因子活性化、mRNAおよびタンパクレベルの変化についてRT-PCR、immunoblotting、ELISA法によって解析を行った。さらに、ミトコンドリアにおける膜透過性(PT)制御タンパクを同定するために、ラット肝臓から精製したミトコンドリア外膜を抗原としてマウスを免疫し、約3000種類のモノクローナル抗体を作成した。この抗体が単離ミトコンドリアからのシトクロムcの漏出(アポトーシスマーカー)を押さえられるかどうかを指標としてバイオアッセイを行った。また、rasagilineの標的タンパク候補として、神経細胞のミトコンドリアに豊富に存在するA型モノアミン酸化酵素(MAO)に着目した。propargylamine化合物はB型MAOと結合し酵素活性を阻害するため、これと立体構造の類似したA型MAOにも結合する可能性がある。SH-SY5Y細胞はA型MAOのみを発現しているが、ここにA型MAOの阻害剤を加えることにより、rasagiline のミトコンドリア膜電位保持効果が影響をうけるか否か検討した。アルツハイマー病のモデル細胞として、正常あるいは変異型のamyloid procursor protein (APP)を発現させたSH-SY5Y細胞株を樹立し、酸化ストレスに対する脆弱性を検討した。また、本細胞株を用いて、rasagiline のamyloid beta protein (A_) 生成に対する影響を検討した。よりインビボの神経細胞に近いモデルとしてマウス大脳神経細胞とアストロサイトの共培養系を確立し、炎症性サイトカインにより神経細胞死を惹起した。この系にrasagilineを予め添加しておくことで細胞死が抑制されるか否か検討した。本研究の最終目標は、痴呆疾患患者に対し、propargylamine化合物の神経保護効果を証明することである。現在我が国で唯一臨床使用が可能な propargylamine化合物であ
るselegiline投与前後における脳脊髄液中の神経栄養因子の定量を行った。
結果と考察
本年度の研究で、propargylamine化合物がミトコンドリアにおいて細胞死 (アポトーシス)シグナルのinitiationに関わるmega channel であるPT pore の制御に関わる分子に作用し、細胞内mitogen activated protein kinase (MAPK)の活性化を介してストレス応答性転写因子であるNF_BやFOXの活性化を引き起こした。これら転写因子の活性化により、bcl-2、bcl-xL、神経栄養因子、superoxide dismutase (SOD)などのmRNAとタンパクが誘導された。さらに、MAPK下流のtyrosine リン酸化酵素の活性化はAPP _-secretaseの活性を増加させた。ミトコンドリア外膜に対する多数のモノクローナル抗体の中でPTに影響を及ぼすクローンが複数(数個)得られたた。それらが認識するタンパクを同定中である。rasagiline によるA型MAOへの結合がPTに直接影響を及ぼすことが示され、A型MAOがpropargylamine化合物の標的である可能性が示された。APP過剰発現細胞は酸化ストレスに対し脆弱であり、rasagilineはAPPのalpha-secretionを増加させることによってA_ の生成を抑制することが示された。ミクログリアと神経細胞の共培養系を用いた実験でrasagilineはinterfereone _およびA_による神経細胞死を防御することが示された。さらに、わが国で唯一臨床使用なpropargylamine化合物であるselegiline投与により患者脳内における神経保護タンパクの発現が増加することが示され、神経保護療法の開始にむけての基礎データが得られた。
結論
propargylemine化合物は経口投与が可能であり、selegilineおよびraasagilineは大きな副作用なく患者に投与されている。今後、これらの薬剤の神経保護作用を臨床的に検証することにより、老化に伴う神経変性、特にアルツハイマー病の治療が可能となることが期待される。本研究課題ではこれらの薬剤の作用機序を解明し、さらに臨床における評価システムを提唱した。今後これらの結果をふまえ、新薬開発を行っていく予定である。

公開日・更新日

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