アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究

文献情報

文献番号
200300487A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 浦上克哉(鳥取大学)
  • 千葉茂(旭川医科大学)
  • 田中稔久(大阪大学大学院)
  • 谷向 知(筑波大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,467,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病の早期診断には、臨床症状、神経心理学的検査、生理学的検査、脳機能画像検査などが考えられるが、早期に、多人数をスクリーニングするという目的のためには、生物学的診断マーカーが最も有効と考えられる。現時点で臨床上の有用性が確認とされている診断マーカーとして脳脊髄液中のタウ蛋白とアミロイドβ42とがあるが、未だ不十分である。よって、遺伝的因子からの検討、酸化ストレス関連因子からの検討、神経変性メカニズムに関与した脳脊髄液による新規マーカーの開発といった3つのアプローチを用いて、生物学的診断マーカーの検索をおこなった。
研究方法
NINCDS-ADRDAの診断基準によりprobable ADと診断した患者196人、年齢をマッチさせた正常対照者385人を対象とし、MTHFRのC677TはPCR-RFLP法で同定し、CBS遺伝子の31塩基VNTR領域はPCRにより増幅し、視覚的に確認した。またAD以外の疾患では、DLB、CBD患者も対象とし、apoE多型、ACT遺伝子多型、BChE-K変異型はPCR-RFLP法を用いて同定した。
酸化ストレス(OS)関連因子の検討では、14例のAD群、および39例の健常対照群を対象に、朝食前に尿および静脈血を採取し、OSマーカーについて検討した。すなわち、OS強度の指標として尿中8-hydroxydeoxyguanosine (8-OHdG; ELISA法)および血清ubiquinolに対するubiquinoneの比(CoQ10酸化率; HPLC法)を測定し、OSに対する防御能力の指標としてserum total antioxidant status(STAS; 比色法)を測定した。
脳脊髄液の検討では、対象はAD 58例、AD以外の痴呆31例、コントロールとして痴呆のない症例50例の髄液において、レクチンブロット法およびウエスタンブロット法を用いて検討を行った。
結果と考察
MTHFR多型の遺伝子型頻度は患者群/正常群cc型64人/144人[33.0%/38.0%],ct型98 /193[50.5/50.9],tt型32/42[16.4/11.1]で、アレル頻度はcアレル226/481[58.2/63.5%],tアレル162/277[41.8/36.5%]であった。MTHFR-C677T多型の遺伝子頻度は患者群と正常群とで有意差を検出できなかった。しかし、ApoE4キャリヤーとノンキャリヤーで分けて再検討したところ、ApoE4(+)ではcc型38/25[37.3/41.7],ct型52/30[51.0/50.0],tt型12/5[11.8/8.3]で、アレル頻度はcアレル128/80人[62.7/66.7],tアレル76/40[37.3/33.3]で、またApoE4(-)ではcc型26/119[28.2/37.3],ct型46/163[50.0/51.1],tt型20/37[21.7/11.6]で、アレル頻度はcアレル98/401人[53.3/62.9],tアレル86/237[46.7/37.1]であった。ApoE4ノンキャリヤーでは正常群より患者群でMTHFR-Tアレルはp<0.02で有意に頻度が高く、APO E4ノンキャリヤーでのMTHFR-Tアレルのリスク効果を示した。
MTHFRの発症年齢への影響を調べるために、遺伝子頻度の高いCC型と低頻度のTT型とで年齢別LOAD発症率を比較したところ、TT群ではCC群に比べてLOADの発症が早くなる傾向がみられ、有意差はApoE4ノンキャリヤーでのみ(p<0.05)認めた。すなわち、MTHFR-TT多型がApoE4ノンキャリヤーでADの発症促進効果を示した。ADにおいてはホモシステインの代謝で葉酸サイクルに依存したホモシステイン濃度の増加がLOADのリスクとなっていると考えられる。
DLB、CBDとの比較検討においては、apoEε4アリルの出現頻度はAD群で0.332およびDLB群で0.281、健常対象者(Cont)群0.111と比べ有意な増加(それぞれp<0.001)がみられた。一方、CBD群では0.121とCont群と同程度であった。ACT遺伝子Tアリルの出現頻度は、AD群ではCont群と比較してTアリルの増加傾向(p=0.06)がみられたが有意ではなかった。BChE-K変異型の出現頻度は、AD群、DLB群、Cont群の3群間に差は認められなかった。しかし、CBD群ではBChE-K変異型の出現頻度がCont群と比較して有意に増加(p=0.038)していた。BChE-K変異型とAD発症との関連についても統一的な見解が得られていないが、BChE-Kは正常なコリンエステラーゼに比べ、catalytic活性が低下していることが知られており、DLBでみられるパーキンソン症状や幻覚・妄想などの臨床症状や、DATと比較してアセチルコリンエステラーゼ阻害薬使用による効果が期待できるといった報告などからの違いについて検討するに値すると考えられる。
次に、AD群における尿中8-OHdG[13.2(9.0) ng/ml, 平均(標準偏差)]は対照群[7.9(4.2) ng/ml]に比較して有意に高く(p < 0.05、Wilcoxon/Kruskal-Wallisの検定)、AD群の血清CoQ10酸化率[7.5(2.1)]も対照群[4.8(0.9)]に比較して有意に高かった(p < 0.05)。一方、AD群のSTAS[1186(96)μM]は対照群[1398(129)μM]に比較して有意に低かった(p < 0.001)。以上の結果から、AD患者では尿および血清を用いてOSの増加が検出され得ることが明らかになった。ADの前段階であるMild Cognitive Impairment症例における尿および血清中OSマーカーの変化を経時的に追跡することによって、OSマーカーがAD発症危険度を予測する尺度となり得るかどうかについて検討することも、今後の重要な課題である。
ADで低値を示すWGA結合糖タンパクは3種を候補としており、これらのうち多症例での検討によりさらに約75kDaと約25kDa の2種のタンパク(それぞれa, cとする) が診断マーカーとして有用であることが示唆された。さらにリン酸化タウタンパクを同症例にて測定し、比較検討した。その結果2種のタンパクのうち、WGA結合糖タンパク-aは、ADで減少し、リン酸化タウタンパクは増加していたため、WGA結合糖タンパク-aに対するリン酸化タウタンパクの比を検討したところ、AD群でnon-AD群よりも明らかに高値を示し(p < 0.001)、この指標はWGA結合糖タンパク単独よりもさらに精度の高いマーカーとなる可能性が示唆された。さらにレビー小体病では、AD群と比較して明らかに低値を示していた。WGAが認識する糖鎖のうち、O-GlcNAcよる糖鎖修飾(グリコシル化)は、タンパクの転写・翻訳に関与したり、タンパクの輸送、シグナル伝達に関与していると報告されている。APP、タウタンパクもO-GlcNAcによってグリコシル化されるタンパクであり、ADに関与するタンパクにおいてグリコシル化は何らかの役割を担っていると考えられる。
最後に、作成したN-tau-delMペプチド(第1メチオニンのないタウ蛋白)のN末端を特異的に認識する抗体を用いたウエスタンブロット法によって、まずAD脳およびコントロール脳における発現を確認したところ、双方に50~60kDaのところにバンドが認められたが、AD脳における発現はコントロールに比し比較的多かった。さらに、AD患者およびコントロールから採取した脳脊髄液を用いて検討をおこなったところ、反応陽性のバンドがAD患者脳脊髄液中に強く染色された。この切断化タウ蛋白の増加が病気の重症度(ステージ)とどのように関係するのかも重要と考えられた。
結論
遺伝学的解析では、ApoE-e4非キャリヤーでMTHFR-TアレルによるLOAD発症のリスク効果と促進効果を認め、LOAD患者で血漿ホモシステイン濃度がMTHFR遺伝子のC677T多型で遺伝的影響を受けることを示した。すなわち、血漿ホモシステイン濃度上昇の遺伝的リスクのある患者についてホモシステイン濃度をコントロールすることが発症リスクを下げる可能性を示した。また、apoEε4アリルは、DATとDLBで有意に高頻度に出現した。ACT多型は、いずれの疾患群、Cont群と之間で差は認めず、apoEε4アリルの有無にも関連はみられなかった。BChE-K変異型は、cont群と比べCBDで有意に増加していた。そして、BChE-K変異型は、パーキンソン症状と関連している可能性があった。
酸化ストレス関連因子に基づく解析では、AD患者の尿および血清において、OS強度の増加やOSに対する防御能力の低下が認められ、AD患者では尿および血清を用いてOSの増加が検出され得ることが明らかになった。
脳脊髄液関連では、ADに関連があると思われるWGA結合性糖タンパクを2種と第1メチオニンのないタウ蛋白を検出し、これらがADの有効な診断マーカーとなりうることが示された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-