肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300411A
報告書区分
総括
研究課題名
肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
宮島 篤(東京大学分子細胞生物学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 酒井康行(東京大学生産技術研究所)
  • 渡部徹郎(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 重篤な肝機能不全には、生体肝移植が最も有効な治療法であるが、絶対的なドナー不足や組織適合性の問題があり、これを代替あるいは補助する有効な治療法の開発が急務となっている。こうした治療法には、細胞治療,遺伝子治療,さらに人工肝臓などが考えられる。肝臓の再生医療において、肝臓のもととなる肝幹細胞を分離し増幅することが重要な技術となる。とりわけ肝臓は巨大な臓器であり、肝臓の細胞治療あるいは人工肝臓の開発には大量の機能的な細胞を必要とする。しかし、成熟肝細胞は休止期にあり、体外に分離して培養してもほとんど増殖しない。一方、無限増殖する肝細胞株では肝臓の機能はほとんど発現しない。また、肝臓の幹細胞についての情報も極めて限られており、発生過程で現れる肝細胞と胆管上皮細胞に分化しうる肝芽細胞が肝臓の幹細胞と考えられているもののその性状および増殖分化の機構は不明である。本研究では、機能的な肝細胞の大量調製を最終目標として、増殖期にある胎生肝臓に存在する未分化肝細胞の増殖分化のメカニズムの解明および肝臓の再生機構の解析を中心に行った。
我々はすでに胎児肝臓に発現する抗原の検索からDlkという膜タンパク質が未分化肝細胞に発現しており、これに対する抗体で未分化肝細胞を分離することができることを示している。さらに、このDlk陽性細胞にはin vitroで肝細胞と胆管上皮細胞系列の細胞へと分化する能力をもつ細胞が含まれている。そこで、この未分化肝細胞の分化決定機構についての解析を行った。我々はすでに増殖能の高い胎生期の未分化肝臓細胞の培養系を確立し、IL-6ファミリーのサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)が肝細胞分化を強く誘導することを示している。この培養系では単一のマウス胎児肝臓を使って培養が可能であり、ノックアウトにより胎生致死となる遺伝子の肝細胞分化における機能解析も可能であり、そうした遺伝子の機能解析も行った。肝臓は障害から再生する能力ももつユニークな臓器である。この再生過程と肝臓の分化過程には類似性が知られているので、肝再生機構の解析もあわせて行った。
一方、ES細胞から肝細胞への分化誘導系の構築も有用である。ヒトES細胞からの肝細胞分化系が確立できれば、機能的肝細胞の大量調製が容易となり、細胞移植のみならず人工肝臓の素材として最適である。ES細胞を用いた肝臓などの内胚葉由来の組織細胞への分化系の樹立は急務であるが、哺乳類の内胚葉形成機構には未解明な部分が多く、発生段階に従ったES細胞から肝臓細胞への分化系はいまだ確立されていない。胚性肝においては肝細胞と胆管細胞の両者へと分化できるDlkを発現する肝前駆細胞の存在が示されている。そこで我々は発生段階に従ったES細胞から肝臓細胞への分化系の樹立を目標として、ES細胞からの肝臓分化系における肝臓分化各種マーカーの発現解析とES細胞からの肝臓分化におけるDlk陽性細胞の同定を試みた。
肝臓などの臓器移植では、つなぎの医療として機能を代替する再構築型臓器の開発が望まれる。in vitroで肝組織を再構築することを最終目的とし,生体吸収性樹脂(ポリ乳酸,PLLA)からなる複雑な内部構造をもつ臓器テンプレートの作製に関する研究と,肝前駆細胞のin vitro増殖分化制御に関する研究,の2方面から検討を進めてきた。本年度は,シート積層・機械造型併用法にて作製した担体をin vitro灌流培養(ヒト肝ガン由来細胞)によって評価することを第一の目的とした。また,血管縫合を伴う再構築型肝組織のin vivo性能評価が可能なラットにおいて,マウスで確立したin vitroの培養条件が有効に働くかを否かも検証することとした。
研究方法
(1)Dlk陽性細胞をマウスの胎児肝臓から分離して、レトロウイルスベクターにてNotch の細胞内ドメインなどを発現し、肝細胞と胆管上皮細胞への分化能を検証した。(2)jmjやC/EBP_のノックアウトマウスは致死となるので、変異マウスの胎児から肝臓を分離して細胞培養し、OSMによる分化誘導機構をノーザンブロット等により解析した。(3)肝再生におけるOSMの作用を調べるために四塩化炭素をOSMR ノックアウトマウスに投与して肝傷害を誘導して、肝障害の程度ならびに遺伝子発現等を解析した。さらに肝細胞と肝非実質細胞に分離し、各々に対するOSMの作用を検討した。(4)機能的な肝細胞の大量調製を目指してES細胞から肝細胞を分化誘導する方法を検討した。ES細胞からの肝臓分化において肝前駆細胞が出現するか検討するためにDlkを発現する細胞の同定を試みた。ES細胞を胚様体(embryoid body)を経由して分化させ、肝臓マーカーの発現を継時的に解析した。(5)肝組織のin vitro再構築を最終目的として,生体吸収性樹脂からなる複雑な構造を持つ臓器テンプレートの作製手法と,胎児肝細胞のin vitroにおける分化誘導条件の検討を行った。前年度に作製した体積約1.33 cm3の内部マクロ流路構造を持つPLLA多孔質担体を用いた。すなわち、一辺3 mmの正四面体を積み重ね,その斜辺を流路(全て内径500 _m)とすることで,各1個づつの入口と出口を持ち,内部で合流分岐構造をもつものである.この担体の外表面をシリコンゴムで覆うことで,モデル肝組織とした。使用前に内表面のコラーゲン被覆を行った。これを含む簡単な灌流培養回路を作成し,ヒト分化型肝ガン由来のHep G2細胞9日間の連続培養を行った。
結果と考察
(1)Dlk陽性細胞においてNotchシグナルの活性化は肝細胞への分化を抑制し胆管上皮細胞への分化を促進するとの結果が得られた。これは胆管の形成不全を示すAlagille syndromeの原因遺伝子がJagged-1であることと一致する結果である。(2)jmjおよびC/EBP_欠損の胎生肝臓の培養系で、これらが肝細胞の増殖よりはむしろ分化に必要であることが示された。一方、最近の研究からjmjはサイクリンDの発現を抑制するとの結果が報告されており、肝細胞におけるjmjとサイクリンDの発現との関連を今後調べる必要がある。(3)OSM受容体欠損マウスでの肝再生は野生型に較べて顕著に遅延していた。OSMは肝細胞の細胞死抑制のみならず、非実質細胞にも作用し、TIMP(tissue inhibitor of metal proteinase)の発現を誘導し、肝組織の構築にも関与することが明らかになった。(4)ES細胞を胚様体(embryoid body)を経由して分化させ、肝臓マーカーの発現を継時的に解析したところ、分化開始6日目から初期肝臓マーカーであるAFPの発現が、分化開始9日目からDlkの発現が、そして分化開始12日目から肝臓マーカーであるalbuminの発現が検出された。さらにDlkを発現する細胞を分取し、分取した陽性細胞と陰性細胞における肝臓マーカーの発現を検討したところ、Dlk陽性細胞においてより多くのalbuminの発現が見出された。以上の結果からES細胞からの肝臓分化においてもDlk陽性細胞が出現することが示された。(5)シート積層・機械造型併用法にて作製した担体をin vitro灌流培養(ヒト肝ガン由来細胞)によって評価した。その結果,1.3 cm3という極めて小さな体積の組織においても,マクロ流路構造の配備が肝由来細胞の増殖と機能発現にとって必須であることが確認できた。しかし、その機能レベルからはより細かな流路配備の必要性が示唆された。第二に,血管縫合を伴う再構築型肝組織のin vivo性能評価が可能なラットにおいて,マウスで確立したin vitroの培養条件が有効に働くか否かを検証した。マウスで用いてきたNA/DMSO/OSMの添加とPLLA多孔質担体を用いる三次元培養とが,同様に優れた効果を持つことを確認したが,マウスに比べて分化誘導はやや劣り,培養条件の改善の必要性が示唆された。
結論
我々が開発したマウス胎仔肝細胞の培養系およびDLKを指標とする未分化肝細胞分離法を基盤技術として、Notchシグナルが未分化肝細胞の分化方向の決定に重要であることを示し、jmjおよびC/EBP_が肝細胞分化に必要であることを明らかにした。肝再生過程における肝非実質細胞の組織再構築における役割が明らかとなった。また、ES細胞からの分化過程においてもDLK陽性細胞が出現することが示された。灌流培養においてマクロ流路構造の配備が肝由来細胞の増殖と機能発現にとって必須であること、マウスで用いてきたNA/DMSO/OSMの添加とPLLA多孔質担体を用いる三次元培養とが,ラットでも同様に優れた効果を持つことを確認した。

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