幹細胞からの膵β細胞幹細胞の分化に関する研究

文献情報

文献番号
200300409A
報告書区分
総括
研究課題名
幹細胞からの膵β細胞幹細胞の分化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
清野 裕(京都大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山田祐一郎(京都大学)
  • 武田純(岐阜大学)
  • 安波洋一(福岡大学)
  • 荒木栄一(熊本大学)
  • 中村直登(京都府立医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
29,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病は過去40年間に70倍に激増し、690万に達した。糖尿病に伴って生じる合併症も深刻な問題となっており、糖尿病による透析導入や後天的な失明もそれぞれ年間約12,000人、4,000人と原因の第1位である。糖尿病の治療として、インスリン注射などを用いた厳格な血糖コントロールが行われているが、このような対症療法では血糖の制御を行うことは不可能で、かつ重篤な低血糖の増加やQOLの低下を招くため、根本的な治療法の確立が望まれている。膵島移植は、可能性は秘めているが、免疫抑制薬を継続投与する必要性があること以外に、ヒトでは十分な量の膵島を得ることが困難であること、ブタでは異種間感染の可能性など解決すべき問題が多い。最近の発生工学・細胞生物学の進展により、膵β細胞の分化増殖機構が明らかにされてきた。そこで、これらの知見を応用して、幹細胞から膵β細胞を作製して供用しようとする膵β細胞の再生療法は、糖尿病の根治治療法として期待されている。本研究は、膵β細胞の幹細胞を、in vitroで増殖させ膵β細胞を分化させることを目的としている。
研究方法
次の3つの研究計画から構成されている。①神経細胞の幹細胞で発現が報告されているintermediate filamentであるネスチンなど幹細胞に特異的に発現する因子に着目し、これらの遺伝子のプロモータの下流にEGFP(enhanced green fluorescent protein)遺伝子を結合させたトランスジェニックマウス(EGFPマウス)から、膵β細胞の幹細胞の単離解析する。②小腸粘膜や膵島に発現するESTを単離同定し、これらを用いてmicroarrayを構築する。さらに、大規模ESTの収集とマイクロアレイ解析により、比較的特異性の高い転写因子遺伝子を収集することができたので、この遺伝子プールの中から、分化誘導遺伝子を下流に有する転写因子を選別することを目的に、下流標的となる膵島特異的遺伝子群を先ず同定して逆に上流因子を探索することが効果的である。ESTアレイとin situ hybridization解析を用いて膵島で比較的高発現する転写因子を集積したので、本年度は、これらの転写因子遺伝子のSNPハプロタイプを用いて糖尿病発症との関連解析を行なった。③幹細胞ないしは分化した膵β細胞を門脈内に投与し治療に結びつける移植法を開発する。
結果と考察
(a)EGFP陽性細胞をその発現レベルから、2つの群(highとlow)に分けることができた。pelletにおいては、いずれの群も存在していたが、膵ランゲルハンス島ではlow群のみが確認された。
(b)pelletに認められたhigh群において、ネスチン遺伝子やEGFP遺伝子が確認され、sortが有効にされていることが明らかとなった。
(c)high群において、他の遺伝子発現を確認すると、インスリン・グルカゴン・ソマトスタチン・PPなど内分泌細胞の遺伝子の発現はない、または低いが、転写因子Pdx-1、NeuroD(BETA2)、p48やアミラーゼの遺伝子が発現していた。
(d)low群においては、ネスチン遺伝子やEGFP遺伝子の発現は、ほとんど認められなかった。したがって、本細胞群に認められるEGPF蛋白の発現(FACSで蛍光発光を確認)との乖離があることがわかった。また、インスリン・グルカゴン・ソマトスタチン・PPなど内分泌細胞の遺伝子の発現が認められた。
(e)膵ランゲルハンス島から単離したlow群の遺伝子発現は、pelletから単離したlow群と類似した発現様式であった。
(f)adultの膵におけるネスチン陽性細胞の発現は、膵ランゲルハンス島では少なく、外分泌領域に散在していることを確認した。
(g) 一連のHNF (hepatocyte nuclear factor) 転写因子の異常によりインスリン分泌不全 (MODY1, 3-6)が生じる。膵島の発生初期に同組織で発現しているLRH-1(liver receptor homolog-1)遺伝子に着目した。先ず、LRH-1遺伝子がゲノム上約 150 kbにわたり、8つのエクソンから構成されることを明らかにした。MODY 100例の変異スクリーニングでは疾患発症の原因となる異常は見出せなかった。次に、日本人成人発症2型糖尿病192例と健常者192例についても同様に発症の成因となる変異は見出せなかった。そこで、関連解析に用いるSNPsを同定するため、正常者16人のLRH-1ゲノムを約100 kbシークエンス、頻度の高い22個のSNPsを同定した。これらについて連鎖不平衡係数を見積もることにより、4つのハプロタイプブロックを見出した。得られたSNPハプロタイプを用いた解析の結果、成人発症2型糖尿病群と対照群の間で有意差のあるアリルとハプロタイプをプロモーター上流領域に見出した。この変異は感受性アリルの塩基置換部位にはある転写調節蛋白が結合せず、転写活性の低下の成因となることを明らかにした。
(h)放出薬投与により膵β細胞由来細胞株MIN6においてアポトーシスが誘導され、一方、膵島において遺伝子工学的手法によりCHOP遺伝子の発現を消失させると、NO誘導性アポトーシスが抑制された。
(i)移植後も血糖コントロールを維持することが出来れば、移植した膵ランゲルハンス島の被膜の外部にもインスリン陽性細胞が出現することを確認した。
以上の結果から、次のように考察した。膵ランゲルハンス島からネスチンプロモータで活性化されたEGFP陽性を指標に細胞を単離した。ネスチン遺伝子の発現様式から、high群からlow群へと細胞の性質が推移していくものと考えられた。high群がPdx1、NeuroD、p48の発現があるが、インスリン・グルカゴン・ソマトスタチン・PPなど内分泌細胞の遺伝子の発現はないこと、low群ではインスリン・グルカゴン・ソマトスタチン・PPなど内分泌細胞の遺伝子の発現が出現することから考えて、本細胞が膵内分泌細胞の幹/前駆細胞であることが明らかとなった。また、本細胞に外分泌細胞の特徴であるp48やアミラーゼが発現していることから、外分泌細胞への系譜も考えられた。
糖尿病発症が遅延し、小胞体ストレスを制御することでアポトーシスを減少させ得る可能性がある。
また、LRH-1遺伝子のプロモーター多型が2型糖尿病発症と関連することが明らかとなった。また、この多型により遺伝子の発現量が変化することも明らかとなった。ノックアウトマウスの成績と合わせることによって、膵島の形成不全は2型糖尿病発症の背景となることが示唆された。従って、転写因子LRH-1を直接的にあるいが間接的に制御する物質を同定することができれば、膵島の発生分化のみならず、糖尿病におけるインスリン分泌不全の治療薬および根治的な再生医療の開発を可能にするものと期待される。
結論
ネスチン陽性細胞は、膵内分泌細胞のみならず、膵外分泌細胞の幹/前駆細胞であることが強く示唆された。
インスリン依存の糖尿病患者への治療法として、脳死ドナーから得られた膵島を用いる移植法(エドモントン・プロトコール)が近年発表され、欧米では大々的に展開されているが、なお症例は300例に留まっている。わが国では心臓死からの膵島移植ないしは生体膵島移植が提案されているが、まだ実施された症例はない。すなわち、ドナー不足が深刻であり、本研究で膵β細胞の前駆細胞を単離出来たことは、ドナー不足の改善につながることが期待される。

公開日・更新日

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