ヒト肝組織からの肝幹細胞分離・同定及び分化誘導と肝不全治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300408A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト肝組織からの肝幹細胞分離・同定及び分化誘導と肝不全治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
山岡 義生(財団法人田附興風会医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩田浩平(京都大学)
  • 三高俊広(札幌医科大学)
  • 永尾雅哉(京都大学)
  • 猪飼伊和夫(京都大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
正常機能を持つヒト肝細胞の供給源の開発とその臨床応用をめざし、成熟肝細胞にかわる細胞源として肝組織由来肝幹細胞の分離・同定及び分化誘導法を確立することが本研究の目的である。本研究の最終年度である平成15年度は、昨年までに得られた成果をもとに研究目的の達成へ向けて本事業を推進した。
研究方法
(1)ヒト肝細胞による類肝組織構築に関する実験では、まず肝切除時に得られた正常肝組織片をコラゲナーゼの直接穿刺法にて細胞懸濁駅を作成し、低速遠沈法により実質細胞分画と非実質細胞分画に二分した。両分画の細胞を混合してコラーゲンスポンジ内に播種して形成される組織を免疫染色により細胞種を特定、さらにアルブミンの分泌能を検討した。(2)ラット小型肝細胞の積層化による肝組織構築に関する実験では、ラット小型肝細胞を多く含む分画をコラーゲンをコートした多孔性ポリカーボネート膜上に播種し、小型肝細胞コロニーが形成された後に2枚の膜を重層して培養し、形成される組織を形態学的および機能的に検討した。(3)成体肝組織由来肝幹細胞特異抗原の同定に関する実験では、昨年までにcDNAサブトラクション法により17種の表面抗原候補遺伝子を同定した。成体由来肝幹細胞は胎児由来の肝幹細胞と同様の表面抗原を発現していると考えられるため、胎児より分離した肝幹細胞を用いて二次スクリーニングを施行した。さらに絞り込まれた遺伝子についてはタンパク質レベルでの発現を検討するため抗体を購入、譲渡、作成した。(4)ヒト肝組織からの肝幹細胞分離に関する実験では、京都大学消化器外科学教室で施行された肝切除術のうち、術前インフォームドコンセントの得られた症例を対象に、今までの動物実験で得られた知見をもとに正常部肝組織よりヒト肝幹細胞分離を試みた。(5)肝幹細胞の分化誘導に対する間葉系細胞の寄与に関する実験では、蛍光励起セルソーターを用いて胎児肝由来の細胞より肝幹細胞と間葉系細胞を分取し、肝幹細胞の成熟化における間葉系細胞の寄与について検討した。肝幹細胞の成熟化については、位相差顕微鏡および電子顕微鏡による形態学的検討、定量的RT-PCRによる分化マーカーの発現の検討およびPAS染色により機能的検討を行った。(6)ES細胞由来肝幹細胞の分離システムの構築に関する実験では、AFP遺伝子プロモータ下流にGFP遺伝子を連結したコンストラクトを作成し、マウスES細胞に導入。同細胞の分化誘導によってGFPの発現に変化がみられるかどうかを検討した。(7)遺伝子改変マウスを用いた新たな移植モデルの構築に関する実験では、他大学との共同実験により肝細胞特異的に毒素受容体を発現し、毒素全身投与により選択的に肝細胞が破壊される新たな遺伝子改変マウスを導入。同マウスに同系マウスの肝細胞を脾臓に移植した後に毒素を投与し、ドナー由来の肝細胞がレシピエント肝内で生着し更に増殖がみられるかどうかを検討した。(8)マイクロアレイによる肝幹細胞分化による遺伝子発現変化の検討に関する研究では、細胞凝集塊形成法によって得られた肝幹細胞を培養し、分化の過程に沿ってRNAを抽出し、マイクロアレイにて遺伝子発現変化を検討する。
結果と考察
(1)ヒト肝細胞を増殖用培養液中で培養を続けると一部にラット小型肝細胞類似の細胞が出現し活発に増殖することが観察され、一ヶ月後にはスポンジ内部に類肝組織が構築された。さらに胆管上皮マーカーを発現する上皮細胞により形成された脈管様構造も構築されていた。(2)多孔性ポリカーボネート膜上においても通
常の培養皿と同様に小型肝細胞からなるコロニーの形成を認め、このメンブレンを重層培養することにより三次元的に成熟肝細胞が配列する肝組織が構築された。これらの組織ではアルブミン分泌量が単層培養に比べ二倍になっており、さらに形成された毛細胆管は色素分泌輸送能を持つことが確認された。以上より同培養法により機能的にも成熟肝細胞に近い細胞が維持されることが判明し、今後人工臓器補助装置の開発に向けて重要な意義を持つものと思われる。(3)一次スクリーニングで得られた17種の候補遺伝子についてRT-PCRにより胎児肝および成体肝、蛍光励起セルソーターで分離された胎児肝幹細胞での発現の程度を検討した結果、3遺伝子が胎児肝幹細胞で強く発現がみられることが推測された。この3遺伝子のうち、2種については抗体を購入または供与を受け、タンパクレベルでの解析を開始した。残り1種についてはモノクローナル抗体を作成することとした。(4)昨年度までの予備実験の結果をもとに、正常部肝組織が十分量切除されうる症例20例について実験を行った。直接穿刺法によるコラゲナーゼ処理により安定的に細胞を回収することが可能となったが、約8割は成熟肝細胞であり、マウスとは異なり非実質細胞は少数であった。また増殖力のある小型上皮系細胞はわずかに一例に認められたのみであり、通常の手法では肝幹細胞の回収は困難であることが判明した。その理由は、まず手術時に得られた検体は50歳代から70歳代と高齢者のものであり、若年の検体に比べて肝幹細胞の含有量が非常に低いことが推測される。また、肝幹細胞の肝内での不均一分布の可能性や血管からの灌流不足による影響も考えられる。今後研究を進める上でより効率的な細胞回収法の開発が必要とされる。(5)蛍光励起セルソーターを用いて細胞凝集塊形成法にて得られた細胞の表面抗原解析により、CD49f陽性肝幹細胞、CD90陽性間葉系細胞、CD45陽性血球系細胞の3種類の細胞で構成されていることがわかった。さらにCD90陽性間葉系細胞をCD49f陽性肝幹細胞と共培養することにより、肝幹細胞の成熟化が促進されることが判明した。また細胞凝集塊形成に参画しない第三の間葉系細胞が逆に肝幹細胞の成熟化を阻害することを見いだした。このことは肝内にふくまれる複数の細胞が肝幹細胞の分化を正または負に制御していることを意味しており、これらの細胞と共培養することにより肝幹細胞の分化の程度を調節できる可能性が期待される。(6)本実験で使用したコンストラクトはAFPの遺伝子発現と平行してGFPの発現がみられることが期待されるものである。現在、安定組換え体を約20クローン選択し、胚様体形成法および増殖因子添加により誘導法によってGFP発現が誘導されるクローンを選択した。このシステムの構築によりES細胞からの肝細胞への高効率の分化誘導および分離が期待される。(7)毒素投与により遺伝子改変マウスの肝細胞が破壊されることを、血中肝逸脱酵素測定および形態学的観察により確認した。また脾臓に同系マウスの肝細胞を移植すると、一ヶ月後にはレシピエント肝内にドナー細胞からなるコロニーの形成が認められた。同マウスは肝細胞に選択的に毒素受容体を発現しており、毒素投与により受容体発現細胞のみが障害される。同系マウスより移植した細胞は無傷であるためレシピエント肝内で選択的に増殖することが期待される。本システムを用いると、ごく少数の細胞について生体内における増殖率や機能発現を解析でき、非常に効率的に細胞種の違いによる移植効率の検討が可能となり、肝不全治療に向けて前臨床試験をすすめることが可能となる。(8)マイクロアレイ解析の結果、発現量が二倍以上に誘導される遺伝子および1/2以下に減弱する遺伝子をそれぞれ数百遺伝子見いだした。発現量の大きな変化がみられた転写因子に関してその発現量をRT-PCRで確認し、現在同遺伝子の強制発現系などを構築している。同システムの構築により、肝幹細胞の分化誘導や未分化維持を制御できうることが期待される。
結論
本事業において肝組織からの肝幹細胞の分離方法の開発、肝幹細胞の分化誘導法の開発に関
して多くの貴重な知見を得ることができた。今後さらなる研究を重ねることで、さらに効率的な肝組織由来肝幹細胞の供給および分化誘導が可能となり、得られた肝幹細胞を本年度導入した遺伝子改変マウスに移植しその有用性および安全性を確認することで、肝不全に対する新たな治療法を開発できることが期待される。

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