骨髄ストローマ由来因子による造血幹細胞の増幅(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300400A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄ストローマ由来因子による造血幹細胞の増幅(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
北村 俊雄(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 野阪哲哉(東京大学医科学研究所)
  • 上野博夫(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
42,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
すべての造血細胞を造ることのできる造血幹細胞は生体内でゆっくりとした速度で自己複製を繰り返していると考えられている。自己複製とは分裂して同じ細胞を作ることである。従来、培養系において造血幹細胞の自己複製を誘導することが難しかったため、造血幹細胞の自己複製はかなりの部分概念的なものであった。しかしながら研究代表者らが同定したISFおよびKirreは培養系において造血幹細胞の自己複製を可能にした。この実験系を利用した造血幹細胞の自己複製のメカニズムを解明することが本研究の目的である。造血幹細胞の自己複製のメカニズムを解明できれば体内あるいは体外における造血幹細胞の増幅につながる可能性がある。ISFやKirreを介した造血支持能を刺激するモノクローナル抗体を作成できれば、そのまま臨床応用につながる可能性もある。また最近になり造血幹細胞は血液だけでなく心筋細胞や神経細胞にも分化しうることが報告された。このことは造血幹細胞の体内あるいは体外での増幅が血液疾患だけではなく幅広い疾患の治療に役立つ可能性を示している。
研究方法
(1)ISFを強制発現した骨髄ストローマ細胞の遺伝子発現解析をDNAマイクロアレイで行うことにより、ISF造血支持能に関与する候補遺伝子を同定する。(2)同定した候補遺伝子およびその遺伝子に対するアンチセンスDNAをレトロウイルスベクターを利用して種々のストローマ細胞に導入し、ISFの造血支持能に関与する分子を候補遺伝子の中から捜す。(3)骨髄ストローマ細胞ISFを過剰発現することによりLTC-ICやCAFCなど造血前駆細胞が増幅するかどうかを確認する。(4)ISFおよびKirreに対するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体を作成する。(5)上記モノクローナル抗体の中でISFおよびKirreの造血支持能に対して促進的あるいは抑制的に働く抗体を捜し、その抗体のin vivoでの機能を調べる。(6)種々のストローマ細胞におけるISFおよびKirreの発現を調べ造血支持能との相関を調べる。(7)ISFおよびKirreの発現をmRNA in situ hybridization法や免疫染色法で調べる。(8)造血幹細胞側に発現していることが予想されるKirreのレセプターを同定するために、Fc融合可溶型Kirre蛋白質を作成し、Kirreのレセプターを発現している細胞を同定する(SP細胞、KSL造血幹細胞など)。レセプター分子を発現しているクローンが同定できれば、発現クローニング法によりレセプターの遺伝子のクローニングを試みる。(9)Kirreのノックアウトマウスを作製し、これらの分子の生体内での役割を解析する。
結果と考察
ISFは蛋白質の機能を指標にして発現クローニング法で同定した分子である。c-kit陽性Sca-I陽性の幼若な造血細胞(KSL細胞)をISFを強制発現させた骨髄ストローマ細胞と共培養し、造血前駆細胞の増幅が誘導されるかどうか調べたところ、in vitroコロニー形成細胞数およびin vivoにおける長期骨髄再建能を有する造血幹細胞数が増加していた。ISFは6回膜貫通型の膜蛋白質でプロトンポンプのサブユニットと相同性を有する分子である。研究申請者は最近DNAマイクロアレイを利用した実験を行い、ストローマ細胞におけるISF過剰発現により、MMP3およびN-Mycの発現上昇とTIMP3およびSFRP-1の発現減少が誘導されることを明らかにした。MMP3はMMP9を活性化するので、MMP9の活性化を介してs-kit ligand(KL)の放出を誘導する可能性が考えられた。しかしながら、ISFの過剰発現はストローマ細胞からのKLの産生および放出には影響を与えなかった。ISFの過剰発現により発現の減少が認められるTIMP3はチロシンキナーゼレセプターAng
-1/Tie-2系の活性化を抑制することを見いだした。Ang-1/Tie-2は造血幹細胞の増幅に促進的に働くことが知られており、ISFによるTIMP3の発現の低下はAng-1/Tie-2が活性化を介して、造血幹細胞増幅を誘導する可能性がある。また変異を導入しポンプ活性を失活させた変異型ISFには造血幹細胞の増幅活性はないこと、さらにポリクローナル抗体を利用した免疫染色でISFが主にERやゴルジ体に発現していることも判明した。これらの結果から考えて、ISFがER/ゴルジ体や分泌顆粒内のpHを下げることを介して造血サイトカインの産生や放出に影響を与えている可能性も考慮する必要がある。
一方のKirreもISF同様CFU-C、LTC-IC(long term culture-initiating cell)、CAFC(cobble stone-like area forming cell)など造血前駆細胞および造血幹細胞の指標となる細胞の増幅を誘導すると同時にin vivoにおける長期骨髄再建能を有する真の造血幹細胞の増幅を誘導した。さらにKirreに対するsiRNAを利用した実験を行い骨髄ストローマ細胞株OP-9の造血支持能がKirreに依存していることも判明した。組織分布を調べたところKirreの発現は骨髄および脳に限局していた。骨髄中では、骨膜のオステオブラスト(骨芽細胞)の一部で発現が認められた。胎生期マウスにおいてはmKirreが造血幹細胞の発現部位であるAGM領域に強い発現が認められた。また興味深いことにmKirreはmigrating myocyteにも発現していた。ストローマ細胞への潜り込みを誘導する性質と考えあわせると、mKirreが細胞の遊走に関与する可能性も考えられる。一方、Fc融合可溶性Kirre分子は、骨膜近傍のごく少数の血液細胞に結合することが判明した。この細胞は2重染色で調べたところc-kit陽性であった。しかしながらFACSによる解析では、c-kit陽性のKSL細胞あるいは同じく造血幹細胞を含むと考えられているSP細胞に対する可溶性Kirre分子の結合は認められなかった。骨膜近傍のごく少数のc-kit陽性の造血幹細胞が通常の骨髄採取方法では回収されにくいか、あるいは頻度が低くてFACSでは確認できない可能性も考えられるため、今後さらなる検討が必要である。
Kirreのノックアウトマウス作製のためのノックアウトコンストラクトの構築(図1)が終了し、組み換えES細胞のスクリーニングを行ない、1000以上のESクローンを調べたが相同組み換えをおこしたES細胞は見つからなかった。そこでノックアウトコンストラクトを少し変更して(図2)、再度ES細胞のスクリーニングを行なっている。
結論
ストローマ細胞由来分子として同定したISFおよびmKirreは、ストローマ細胞による造血幹細胞の増幅に関与していることを確認した。これらの分子による造血幹細胞増幅誘導の分子メカニズムは現時点では不明であるが、ISFに関しては造血幹細胞増幅誘導活性ににISFのポンプ機能が必須であることからストローマ細胞の蛋白質産生や分泌が関与している可能性がある。また、ISFの過剰発現はTIMP3の発現抑制を介してAng-1/Tie-2の系を活性化することが判明した。このことがISFによる造血幹細胞増幅誘導に関与している可能性もある。
一方、mKirreは成体マウスでは骨髄中の造血ニッシェと思われる部位に発現していること、また胎児マウスでは造血幹細胞の発生部位と考えられているAGM領域に発現していることが分かった。興味深いことにFc融合可溶性Kirreに結合する細胞、つまりmKirreに対するレセプターを発現している細胞として骨膜近くに存在するc-kit陽性のごく少数の血液細胞を同定した。今後、この細胞からmKirreのレセプター遺伝子をクローニングできれば、mKirreによる造血幹細胞増幅のメカニズムが明らかになるであろう。

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