羊膜を用いた再生上皮シートによる角膜再生の基礎的・臨床的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300396A
報告書区分
総括
研究課題名
羊膜を用いた再生上皮シートによる角膜再生の基礎的・臨床的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
坪田 一男(東京歯科大学・角膜センター)
研究分担者(所属機関)
  • 木下 茂(京都府立医科大学眼科)
  • 大橋 裕一(愛媛大学医学部眼科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今回の研究では、羊膜を用いた上皮シートの臨床的有用性と問題点について検討し、この技術の臨床応用の具現化と製品化に向けての検討を中心に行う。この他、羊膜の持つ抗炎症作用の解明とこれを応用した羊膜パッチ(仮称)の臨床応用の可能性について研究すると共に、共同研究者の開発したバイオポリマーを用いた人工角膜作成での羊膜の応用、さらに上皮幹細胞(SP細胞)のシートへの導入や口腔粘膜上皮による培養シートの作成と臨床応用についても検討する。
研究方法
1. マルチセンタースタディーにおける運搬法・保存法の研究ならびに開始
京都府立医科大学と東京歯科大学眼科の間でいくつかの条件の下上皮シート輸送を行い、温度管理、輸送容器、および輸送された上皮シートのviabilityについて検討を行なった。輸送中の温度測定は、容器とともに温度・湿度センサーを置いて実際に輸送して調べた。組織変化はHE染色にて観察し、viabilityの測定は、calseinおよびPI染色によって判定した。
2. 羊膜の抗炎症作用の証明、免疫学的特性の解明
羊膜上に再生した結膜上皮のHLA遺伝子発現の変化をマイクロアレイで調べた。角結膜上皮でのHLA-Gの発現をRT-PCR、発現量の変化をReal-time PCRを用いて調べるとともに、HLA-G ?1ドメイン特異的な抗体を用いて、羊膜上に培養した角膜上皮細胞におけるHLA-Gタンパクの発現を免疫染色で検討した。
3. 上皮幹細胞の分離・培養とその応用
Hoechst33342によるDNA染色を行い、活発な色素排出能を持つ細胞(side population細胞:SP細胞)の分離を試みた。SP細胞は骨髄において幹細胞を多く含む未分化細胞集団であることが知られており、角膜においても同様の細胞群である可能性が考えられた。さらに、このSP細胞の性質を調べ、培養によって角膜上皮細胞に分化させうるかどうかについて検討した。
4. 口腔粘膜上皮への臨床応用
両眼性の眼表面疾患の再建には、他家細胞の移植が行われてきたが、拒絶反応や免疫抑制に関連する副作用が大きな問題であった。これを克服するために、自己の口腔粘膜上皮細胞を採取して羊膜上に培養して上皮シートを作成し、これを移植に用いることを検討した。
5. 合成ポリマーと羊膜上培養上皮シートを架橋した膜移植片の応用
合成ポリマー(PVA)の上にヒト羊膜を重合させることで、ポリマー上への上皮細胞の生着を促すことができるかどうかを検討した。これをウサギ角膜に移植して、上皮化が得られるかどうかについても検討した。
<倫理面への配慮>
本研究で用いる羊膜組織は、帝王切開時に提供して頂くものであり、文書によるインフォームドコンセントによって承諾を得ている。羊膜移植の臨床応用に関しては、平成8年に東京歯科大学倫理委員会の承認を得ている。また上皮シート移植に関しても、平成13年に東京歯科大学市川総合病院倫理委員会の承認を得ている。本手術を施行するに当たってはレシピエントに充分な説明を行い承諾を得ると共に、近親者の輪部組織よりの細胞採取が必要な場合には、ドナーよりのインフォームドコンセントも得ている。さらに今回新たに計画した口腔粘膜上皮移植についても、平成15年に東京歯科大学市川総合病院倫理委員会の承認を得た。
結果と考察
1. 多施設共同研究(マルチセンタースタディー)
計10回の上皮シート輸送を行なった結果、4℃および室温のいずれにおいても上皮シートはほぼ正常な組織構造とviabilityを保っていたが、輸送後培養条件に6-24時間戻すことでさらに良好な状態を得ることができた。温度および湿度を完全に一定に保つことは困難であったが、魔法瓶の原理を応用した容器に入れることで実際的には充分な条件に保つことができた。これらの結果を受けて、2004年1月より東京歯科大、京都府立医大、愛媛大で各々の施設の倫理委員会の承認を得た上で、多施設共同研究をスタートさせた。また、これまで東京歯科大学眼科において施行した培養輪部上皮シート移植33例34眼の中期臨床成績について検討した。その結果、全体として55%の症例で最終観察時に角膜上皮化が得られていたが、スティーブンスジョンソン症候群による眼表面異常、涙液分泌低下例、および移植時に遷延性上皮欠損を伴った症例においては成功率が低いという結果が得られた。
2. 羊膜の抗炎症作用の検討
マイクロアレイの結果によりHLA-G mRNAの発現が羊膜上に培養した結膜上皮において2.6倍増加していたが、他のHLA分子の発現は減少している傾向を認めた。角結膜上皮にはHLA-G mRNAが発現し、この発現はINF-γ刺激により増加した。Real-time PCRでも結膜上皮HLA-G mRNAの発現は羊膜上に培養すると約2倍増加していた。また、角膜上皮でのHLA-G発現量は羊膜の有無で差を認めなかったが、IFN-γ存在下では発現が2.7倍増加していた。免疫染色でも角膜上皮にHLA-Gの発現が確認され、IFN-γによりその発現は上昇していた。これらの結果より、羊膜は角結膜上皮におけるHLA-Gの発現を増加させることにより、術後の炎症や免疫反応の抑制に関与している可能性が考えられた。
3. 未分化細胞の分離、培養
ウサギおよびヒト角膜輪部よりSP細胞を採取することができ、その頻度は細胞全体の0.5-3%程度であった。SP細胞はBcrp1遺伝子を発現していたが、分化角膜上皮のマーカーであるケラチン12は発現していなかった。SHEM培地で培養することで、SP細胞は敷石状の形態をとり、ケラチン12を発現するようになった。
4. 口腔粘膜上皮シートの作成
ウサギおよびヒト口腔粘膜を少量採取し、ここから羊膜上に上皮細胞を培養することが可能となった。得られた上皮シートは4-5層に重層化し、形態的に角膜上皮類似となっていた。東京歯科大学市川総合病院倫理委員会の承認を得た上で、2004年1月より臨床応用を行い、これまで3例に施行し現在経過観察中である。
5. 合成ポリマーと羊膜の架橋移植片
PVAに羊膜を重合させたハイブリッド移植片の作成に成功した。さらに、この羊膜上に角結膜上皮細胞を培養することに成功した。再生した上皮細胞と羊膜の間には基底膜および接着構造を認めた。さらにこのハイブリッド移植片をウサギ角膜内に移植して、培養上皮細胞が安定して生着するかについて検討中である。
結論
本年度の研究によって、ここ数年臨床に用いられてきた培養輪部上皮シート移植の効果と安全性をさらに明らかにすることができた。さらに多施設共同研究を行うことで、将来の製品化に向けての問題点を明らかとすることができると考えられる。また、現在までの検討でもっとも大きな問題点と考えられる拒絶反応の克服に対し、自己口腔粘膜上皮シート移植の可能性が現実味を帯びてきており、現在行なわれている臨床研究の結果が待たれる。これらの臨床研究と並行して羊膜の持つ抗炎症作用の解明や角膜上皮幹細胞の分離・培養といった基礎的研究も着実に進んでいる。特に幹細胞の培養が可能となれば、少数の組織から多数の上皮シートの作成が可能となり、より多くの患者が医学の進歩の恩恵をこうむることができるようになると期待される。

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