骨髄成体幹細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300393A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄成体幹細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
福田 恵一(慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学)
研究分担者(所属機関)
  • 安藤潔(東海大学医学部血液内科)
  • 中谷武嗣(国立循環器病センター実験治療開発部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心筋細胞は胎生期には細胞分裂を行なうが、生後間もなく終末分化し、以後は細胞分裂を行わない。このため心筋梗塞等により心筋細胞が壊死した場合には、残存心筋細胞の肥大により代償される。一方、分子生物学の発達により遺伝子操作動物や人工臓器の研究が進歩し、遺伝子操作により細胞の運命を人工的に転換させることも可能となった。多くの研究者が心筋細胞の発生学的研究の手段として、あるいは心不全に対する根本治療の確立を目指して心筋細胞株の樹立や心筋細胞特異的転写因子の研究を行ってきた。心筋細胞において単独の転写因子のみで心筋細胞の形質が獲得できるような強力なあるいは上流の転写因子は見つかっていない。我々はこの常識を覆し、心筋細胞以外の細胞を心筋細胞に転換させる技術を研究開発してきた。本研究を開始するにあたり、未分化で心筋細胞と発生学的に同一あるいは近い細胞を材料にしなければならないと考え、骨髄間質細胞を用いた。骨髄間質細胞は多分化能を持つ中胚葉系の間葉系幹細胞を含有し、骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞等に分化することが知られている。本研究の目的は多分化能を有する骨髄間葉系幹細胞に分化誘導を加えることにより、自己拍動能を有する心筋細胞を作成し、その表現形の解析、心筋細胞移植への方法を確立することである。
研究方法
(慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学: 福田恵一担当部分)
(1) 重合フィブリン膜を利用した心筋細胞シートの作成:
Fibrinogenとthrombin溶液をある一定の濃度で混合し、培養皿上に添加し、重合fibrin膜による培養皿のコーティングを行う。この上に初代培養心筋あるいは再生心筋細胞を重層し、培養する。数日後cell scraperで細胞シートを剥離する。その後細胞シートの培養を続けるとともに一部の細胞シートではラット皮下に移植し、定期的に拍動の状況、組織学的所見を観察した。
(2) 心筋細胞の交感神経支配を決定する因子の解明:
初代培養心筋細胞に心臓において重要とされる種々の液性因子を投与し、心筋細胞が発現する神経成長因子の発現をスクリーニングした。スクリーニングした液性因子が神経成長因子発現に至るシグナル伝達経路を明らかにした。さらに、この遺伝子をノックアウトしたマウスでの心臓に対する交感神経の支配を観察した。
(3) 骨髄移植モデルを用いたin vivoで心筋分化能を有する幹細胞の同定:
GFPトランスジェニックマウスより全骨髄(造血幹細胞+間葉系幹細胞)あるいは単一造血幹細胞のみを選択し、致死量の放射線を照射した別のマウスに骨髄移植を行った。2ヶ月後に心筋梗塞を作成する。心筋梗塞作成2ヶ月後に共焦点レーザー顕微鏡を用いてGFP陽性の心筋細胞を観察した。
(東海大学医学部血液内科: 安藤潔担当部分)
(4) GFP transgenic miceの骨髄細胞からHoechst 33342を用いてside population (SP) 細胞をsortingし、さらにc-kit陽性・Sca-1陽性・各種血液細胞分化マーカー陰性の細胞(KSL-SP細胞)をsingle cell sortingした。これら1個の細胞の移植で、致死量放射線照射後のマウスの骨髄造血を再構築することができる。さらに、マウス骨髄間葉系幹細胞からクローニングして得られた細胞株(CMG細胞)に、ミオシンライトチェイン2vプロモーターのコントロール下にGFPを発現するように遺伝子操作をした。以上より得られた細胞を、それぞれ致死量放射線照射後の同系のレシピエントマウスに移植した。移植は、レシピエントマウスの頸骨の骨髄内に全身麻酔下で直接注入した。
(国立循環器病センター実験治療開発部: 中谷武嗣担当部分)
(5)骨髄由来幹細胞移植の催不整脈性に関する研究:
Lewisラットにドキソルビシン (2.5mg/kg、6回/2週間)を投与した心不全モデルを用い、4週間後に左室心尖部へ骨髄単核球(1 x 106)移植を行った移植群と、移植を行わなかった非移植群の2群に分けた。また、コントロールとしての正常群に対してはドキソルビシンおよび骨髄単核球移植を行わなかった。細胞移植4週後に電気生理学的検討を行った。左室心尖部に一対の電極を用い、T波上に10四角波刺激による単一ストレインを与えることにより心室細動を誘発し、心室細動が発生する最低の電流でVFTを求めた。また、定常ペーシング(周期間隔:150?300 msec)中に移植した領域付近の心室心内膜からMAPD90を測定した。
(6) 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の幹細胞への効果:
C57BL/6ラットに対して900cGy全身放射線照射を行ない、GFP ラットの骨髄細胞(GFP-BMC:1x106)を尾静脈から移植し、4週間後脾臓を摘出した。2週後にドキソルビシンを投与した(2.5mg/kg、6回/2週間)。ドキソルビシン投与後、ヒトG-CSF(50ug/kg/day,ip,8日間)を投与したグループ1(n=11)、3週間後にヒトG-CSF投与したグループ2(n=8)、およびコントロールとして生食を投与したグループ3 (n=8)を作成した。ドキソルビシン投与8週間後、犠牲死させ、摘出した心臓を免疫学的検討および電子顕微鏡を用いた検討を行なった。
結果と考察
(慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学: 福田恵一担当部分)
(1)重合フィブリン膜を利用した心筋細胞シートの作成:
重合fibrin膜を用いることにより、心筋細胞が得られることが可能となった。重合fibrinは心筋細胞より分泌される内因性proteaseにより、次第に溶解され、シート作成7日目にはシート中から完全に除去され細胞シートのみとなった。皮下に移植されたシートは長期間生着し、in vitroの状態よりも強く拍動した。重合fibrin膜を用いることにより、心筋細胞が得られることが可能となった。重合fibrinは心筋細胞より分泌される内因性proteaseにより、次第に溶解され、シート作成7日目にはシート中から完全に除去され細胞シートのみとなった。皮下に移植されたシートは長期間生着し、in vitroの状態よりも強く拍動した。
(2) 心筋細胞の交感神経支配を決定する因子の解明:
心筋細胞に種々の液性因子を投与したところ、エンドセリン-1のみが特異的に神経成長因子(NGF)の発現を促進した。エンドセリン-1によるNGF発現はET-A受容体、Gi??、PKC、Src、ERKを介する経路により伝達された。エンドセリンKOマウスでは心臓の交感神経支配はほとんどが消失し、交感神経節(星状神経節)の細胞もアポトーシスに陥っていた。心臓特異的にNGFを発現するtransgenic mouseとエンドセリンKOマウスを掛け合わせると、心臓で消失していた交感神経がrescueされ心臓に再神経支配が観察された。心臓に対する交感神経の支配は心筋細胞自身が分泌するエンドセリン-1がautocrineに作用してET-A受容体を介し、心筋細胞よりNGFを分泌させる。このNGFは神経堤細胞より交感神経を心臓に呼び込み、心臓の交感神経形成を行うものと推測された。
(3) 骨髄移植モデルを用いたin vivoで心筋分化能を有する幹細胞の同定:
造血幹細胞単独の移植群ではGFP陽性の心筋細胞は観察されなかった。造血幹細胞+間葉系幹細胞の移植群ではGFP陽性の心筋細胞が観察され、心筋分化能を有するのは間葉系幹細胞出あることが推測された。骨髄幹細胞のうち、多能性を示すのは造血幹細胞であるのか、間葉系幹細胞であるのかという問題は近年の再生医学のトピックの一つであった。本研究ではこれに答えを出したものである。
(東海大学医学部血液内科: 安藤潔担当部分)
(4) 未分画のGFP陽性骨髄を移植されたコントロール群においては、虚血部位に心筋のマーカーであるアクチニン陽性のGFP陽性細胞が100枚のスライド標本のなかに5000個以上認められ、横紋を有した細胞がいくつか集簇している所見も散見されたが、1個のGFP陽性の造血幹細胞のみを移植されてマウスにおいては、アクチニン陽性のGFP陽性細胞は100枚のスライド標本のなかに、3個のみであった。以上より、心筋梗塞後に心筋を再生しうるメインの骨髄由来細胞は造血系細胞以外であることが示唆された。
次に、間葉系幹細胞の関与を検討した。まず予備実験をおこなって、CMG細胞を放射線照射後のレシピエントマウスの骨髄に直接注入して移植することにより、レシピエントの骨髄に効率よく生着させることに成功した。骨髄内においてCMG細胞の一部は、間葉系幹細胞本来の多分化能を発揮して、脂肪細胞や骨細胞などの多系統の間葉系細胞に分化している所見が認められた。次に、まずミオシンライトチェイン2vプロモーターのコントロール下にGFPを発現するように遺伝子操作をしたCMG細胞を、放射線照射後のマウスの骨髄内に直接移植し、心筋梗塞を作成してG-CSFを投与し、その後に心臓を取り出して評価を行なった。その結果、梗塞部位や梗塞周辺部位には、GFPを発現するCMG細胞が認められた。
以上の研究結果を踏まえると、すべての組織幹細胞が同様の可塑性を持っているかについては疑問があり、慎重に検討する必要性があると考えられた。しかし、骨髄由来の幹細胞によって他の臓器・組織の構成細胞が再生される可能性に関しては、今後の新たな再生医療に展開していくことが期待できると考えられた。
(国立循環器病センター実験治療開発部: 中谷武嗣担当部分)
(5) 骨髄由来幹細胞移植の催不整脈性に関する研究:
VFTは、正常群に比べ移植群および非移植群が有意に低かった(p<0.05)。しかし、移植群と非移植群には差を認めなかった。ドキソルビシン不全心ラット(移植群および非移植群)は、正常群に比べ検討した周期間隔すべてにおいてMAPD90が有意に長かった(p<0.05)。しかし、移植群は非移植群と同等であった。ラット・ドキソルビシン不全心モデルにおいて、骨髄単核球移植は不整脈に対する感受性を増加させなかった。
(6) 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の幹細胞への効果:
生存率は、グループ1で最も高く(81.8%)、グループ2は50.0%、グループ3は62.5%であった。GFP-BMC数はグループ1が最も多かった(p<0.05)。すべてのグループにおいて、心臓内にGFP-BMCからの心臓troponin I陽性細胞が認められた。グループ1の心臓におけるGFP-BMCを検討すると、4.3+/-2.5%が心臓troponin I陽性、5.0+/-4.3%がmyosin heavy chain陽性、3.9+/-2.4%がANP陽性、11.9+/-7.3%がconnexin43陽性であった。心臓の筋原線維、ミトコンドリアおよび基本的な構造は、グループ1では概ね維持されたが、グループ2およびグループ3では高度に障害されていた。骨髄はドキソルビシンによる心筋症モデル心臓において、再生された心筋細胞の供給源の一つであった。早期のG-CSF投与は、骨髄細胞の心臓への遊走を促進し、ドキソルビシンによる心臓毒性を減衰させた。
結論
本研究プロジェクトの成果より、①再生心筋細胞の移植法として簡便、容易な細胞シート作成法を開発した。②再生心筋に交感神経の支配を促すための、心筋細胞、神経細胞間のparacrine crosstalkの機序を解明した。③骨髄内の幹細胞のうち、造血幹細胞には心筋分化能がなく、間葉系幹細胞に分化能があることを解明した。④ラット・ドキソルビシン不全心モデルにおいて、骨髄単核球移植は不整脈に対する感受性を増加させなかった。⑤ラット・ドキソルビシン不全心モデルにおいて、早期のG-CSF投与は、骨髄細胞の心臓への遊走を促進し、ドキソルビシンによる心臓毒性を減衰させた。これらの研究は再生心筋細胞を臨床応用する際の重要な基盤研究であると考えられた。また、細胞シートの作成法は心筋細胞に限らず、他の細胞にも使用できる有用な方法であると考えられた。
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