骨髄細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300392A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小室 一成(千葉大学大学院医学研究院)
研究分担者(所属機関)
  • 梅澤明弘(国立成育医療センター)
  • 藤本純一郎(国立成育医療センター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心筋梗塞や心筋症による重症心不全に対する根本治療には、脳死患者よりの生体心移植以外存在しないが、ドナー不足は社会問題となっていることは周知である。したがって、心筋再生療法は心不全・心筋梗塞の新しい治療法として注目されている。平成15年度はヒト骨髄間葉系幹細胞をin vitroで心筋細胞へ形質転換させる方法の開発とそれを誘導する分子の単離、ヒト骨髄間葉系幹細胞をモデルとした完全ヒト型培養システムの開発を主な目的とした。分担研究者である梅澤らによりマウスの骨髄間葉系幹細胞株が脱メチル化剤により心筋細胞に形質転換することが示されたが、この手法は容易に不死化するマウス骨髄細胞でのみしか成功しておらず、また脱メチル化剤による発癌も危倶される。そこで我々は、まず、ヒト骨髄間葉系幹細胞の不死化ないし寿命延長を目指す。具体的にはTERT遺伝子とE6、E7、Bmi遺伝子をレトロウイルスにより導入し、ヒト骨髄間葉系幹細胞の寿命を延長させ、in vitro、in vivoで心筋細胞への形質転換を確認し、さらに、臨床応用を考え、遺伝子導入以外の方法による細胞寿命の延長を検討する。申請者である小室はストローマ細胞がES細胞を心筋に分化させることを確認した。そこで、in vitroで心筋細胞に分化するP19CL6細胞を用いて、ストローマ細胞に由来する心筋誘導分子の精製、単離を行う。分担研究者の藤本はヒト骨髄間葉系幹細胞を用いて完全ヒト型培養システムを確立する。このシステムは他のヒト幹細胞への応用を図ることが可能であり、再生医療を安全に実施するための共通技術として広い分野で貢献できる。また、幹細胞の規格化を目的として幹細胞における各種接着分子の発現について検討する。
研究方法
1)心筋誘導因子の精製
ストローマ細胞であるOP9の全長DMAより発現ベクターライブラリーを作成し、P19CL6細胞にcDNAを導入する。P19CL6細胞の心筋細胞への分化効率を自律拍動の有無、心筋蛋白、遺伝子の発現をもとに検討した。この方法により、心筋への分化効率を高めるcDNAライブラリーを同定し、スクリーニンングを繰り返すことにより目的とする遺伝子を単離する。
2)ヒト間葉系細胞の寿命延長
TERT、E6、E7、およびBmi-1を遺伝子導入することにより寿命を延長したヒト骨髄間葉系幹細胞を用いてin vitroとin vivoにおいて心筋に分化するかどうかを検討した。ヒト骨髄間葉系細胞を限外希釈法でサブクローニングをして得られた細胞に、レトロウィルスを用いてTERT、E6、E7、およびBmi-1を遺伝子導入した。得られたヒト寿命延長骨髄間葉系幹細胞をGFPで標識し、マウス胎児心筋細胞と共培養することで心筋へ分化させ、さらに免疫組織化学を用いて抗心筋トロポニン抗体で評価した。また、免疫不全マウスの心筋にヒト寿命延長骨髄間葉系幹細胞を注射し、心筋への分化を免疫組織化学により評価した。骨髄間質細胞と心筋細胞の共培養に使用する心筋細胞を得るために、培養心筋細胞を用いた。具体的に、妊娠14日目マウスを頸椎脱臼後、開腹し、胎児を摘出する。さらに開胸した胎児から心臓を摘出し、細断する。心筋細胞塊をトリプシン液で単細胞に分離した後に培養皿に移して培養を開始した。
3)完全ヒト型幹細胞培養法の確立
遺伝子導入により寿命を延長したヒト間葉系幹細胞を用い、培地組成、増殖因子、細胞増殖動態などについて有効な成分・濃度を検討し、至適化を行った。具体的には、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を同じ細胞密度でシャーレに播種した後、本培地と10%牛胎児血清含有DMEM(従来培地)とでそれぞれ5日間培養し、細胞形態を観察した。また、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を10%牛胎児血清含有DMEM(従来培地)と本培地で継代培養を行い、従来培地と比較した。また、30日以上継代した細胞について細胞表面マーカーの発現を検討した
4)幹細胞における分子発現に関する検討
ヒトEC細胞株NCR-G3,マウスEC細胞株F9を用いて、抗SSEA-4抗体であるRaft.2抗体のNCR-G3,F9における発現、各種の接着分子の発現を検討した。
結果と考察
1)心筋誘導因子の精製
OP9の全長DMAより発現ベクターライブラリーを作成し、P19CL6細胞にcDNAを導入し、P19CL6細胞の心筋細胞への分化効率を自律拍動の有無、心筋蛋白、遺伝子の発現をもとに検討した結果、心筋への分化を促進するcDNAライブラリが存在することが明らかになった。現在、目的とする遺伝子を単離するために、さらにスクリーニングを行っている。
2)ヒト間葉系細胞の寿命延長 
ヒト骨髄液から浮遊細胞と接着細胞を分離し、得られた接着細胞のうち増殖能の良好な骨髄間質細胞を限外希釈法でサブクローニングした。得られた細胞に、レトロウィルスを用いてTERT、E6、E7、またはBmi-1を遺伝子導入した。遺伝子を導入した組み合わせにより、4種類の細胞を得た。Bmi-1, TERTを導入した細胞をUBT-5、Bmi-1, E6, TERTを導入した細胞をUBET-7、E6, E7, TERTを導入した細胞をUEET-11、E7, TERTを導入した細胞をUBET-13と名付け、それぞれについて心筋への分化能を検討した。 
さらに、寿命を延長したヒト間葉系幹細胞にGFP遺伝子を組み込んだアデノウィルスを感染させることで細胞を標識し、脱メチル化剤である5-azacytizine処理した後にマウス胎児心筋細胞と共培養した。GFP陽性細胞は共培養2日後に筋管細胞様に延長し、3日後にはGFP陽性の横紋構造と心筋細胞の形態を有する細胞が拍動する像が認められた。拍動細胞は培養を継続すると経時的に増加した。拍動細胞は遺伝子導入前の骨髄細胞でも検討し、拍動細胞を認めたことから、遺伝子導入の心筋分化への関与は否定された。これらの細胞を免疫組織化学により、心筋特異的蛋白である抗トロポニンI抗体で染色した。GFP陽性細胞はトロポニンIを発現しており、GFP陽性骨髄間質細胞が心筋に分化したと考えられた。さらにRT-PCR法により用いてヒト心房性ナトリウム利尿ホルモン(hANP)、心筋特異的転写因子であるCsx、およびミオシン軽鎖の発現も認められた。また、in vivoにおいてもヒト間葉系幹細胞を移植された免疫不全マウスの心臓に抗心筋トロポニン抗体と抗β2ミクログロブリン抗体陽性の移植細胞が認められた。
分化心筋細胞の活動電位は、共培養7日目では、膜電位が浅い胎児型の心筋細胞様であり、不規則なリズムを示したが、3週間の培養により、膜電位は深くリズムは規則的になり、培養を継続することによって、より成熟した心筋細胞に分化することが証明された。
また、GFP陽性のヒト骨髄間質細胞とLac-Z陽性マウス心筋細胞を共培養する事で、心筋細胞への分化における細胞融合の関与の可能性を検討したが、GFPおよびトロポニンI陽性の分化誘導細胞はLac-Zを発現しておらず、ヒト骨髄間質細胞とマウス心筋細胞は細胞融合していないと考えられた。
これらの検討により、寿命延長したヒト骨髄間葉系幹細胞は心筋に分化し得ることが証明された。今後、脱メチル化剤や遺伝子導入も用いずに分化または不死化させることができれば、臨床的に有用な移植細胞となると考えられる。
3)完全ヒト型幹細胞培養法の確立
完全ヒト型幹細胞培養法の培地組成については、増殖因子以外は細胞種を変えても同程度の増殖を示した。これらは寿命延長をしていない初代細胞についても同様の結果を示した。増殖因子については細胞系列による差異が大きいが、初代細胞での結果を重視し、最適な増殖因子を選択した。従来の増殖培地には通常10%の血清成分を含んでいたが、血清中には特定不能な種々の因子が存在し、実験の解析に障害となっていた。本培地は培地成分に改良を重ねた結果、血清成分を1%に抑えることが出来た。細胞増殖動態については、継代培養における培養日数と細胞倍加集団数との関係について従来培地(10%FCS?DMEM)及びMSCGM(10%血清)との比較を行った結果、完全ヒト型幹細胞培地は複数の細胞増殖因子を組み合わせることで、従来培地(10%血清含有DMEM)より増殖性が優れた。また、6代程度継代した後、細胞表面マーカー発現を従来培地と比較してみたが、変化は認められなかった。
完全ヒト型幹細胞培地は低血清培地でありながら、従来の培地に匹敵またはそれ以上の増殖性を有した。本培地に含まれるタンパク質成分は添付の牛胎児血清以外はヒト型(或はヒト由来)のものを使用している。したがって、ヒト由来細胞の培養に適しており、今後、ヒト幹細胞移植が臨床応用される上で有用と考えられた。
4)幹細胞における分子発現に関する検討
ヒトEC細胞株NCR-G3について、レチノール酸による分化誘導系での各種細胞骨格発現様式の変化を共焦点レーザー顕微鏡により検討した結果、アクチン結合タンパクであるファスチンが分化に伴って他の細胞接着分子とは全く異なる局在を示すこと、分化がさらに進むに従って、消失することが明らかとなった。Raft.2抗体のNCR-G3およびマウスEC細胞株F9における発現を検討したところ、本来細胞膜上に糖脂質あるいは糖蛋白として存在すべきSSEA-4エピトープが細胞質内で特定の場所に糖蛋白として存在することを確認した。したがって、ファスチンが他の細胞接着関連分子とは異なる役割を担っている可能性が示唆された。また、SSEA-4構造が細胞膜上での機能以外を保有していることが示唆された。
結論
ストローマ細胞は心筋分化誘導因子を発現している可能性が、発現ベクターによる実験系から強く示唆された。また、寿命延長したヒト骨髄間葉系細胞は心筋細胞に分化することがin vitro、in vivoの実験から明らかになった。低血清濃度で非ヒト蛋白を排除した完全ヒト型培養システムはヒト骨髄間葉系細胞の培養に有用であり、今後、他のヒト幹細胞にも応用可能である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-