組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種あるいは異種弁移植の質の向上に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300390A
報告書区分
総括
研究課題名
組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種あるいは異種弁移植の質の向上に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
北村 惣一郎(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中谷武嗣(国立循環器病センター)
  • 岸田晶夫(国立循環器病センター)
  • 庭屋和夫(国立循環器病センター)
  • 藤里俊哉(国立循環器病センター)
  • 吉田光敏(鹿児島大学農学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
46,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では年間約9千件、米国では約2万件、世界中では約30万件の心臓弁置換術が施行されている。代用心臓弁としては機械弁の他に、ブタやウシ組織をグルタルアルデヒドで固定化した異種生体弁があり、機械弁とは異なって抗凝固剤の服用が不必要であるというQOL上の利点から、米国では約半数に使用され、我が国でも現在は約3割であるが、その割合は徐々に増加している。しかし、グルタルアルデヒドによって化学的に処理され、組織が固定化されているがゆえ、石灰化等による構造的劣化の問題を抱え、高齢者では15~20年程度の耐久性を有するが、若年者では5~10年程度の耐久性しか有せず、米国のガイドラインでは65歳以上の高齢者に使用が奨励されている。近年、凍結保存による組織バンクが整備されたことで、死体から提供された凍結保存同種心臓弁が臨床で使用されつつあり、良好な成績が報告されている。凍結保存同種弁は機械弁に比べて抗血栓性で、異種生体弁に比べて耐久性で、さらに両者に比べて抗感染性で長所を持っているとされる。また、不全の大動脈弁位に自己肺動脈弁を、肺動脈弁位に凍結保存同種弁を移植するロスと呼ばれる術式も優れた成績を上げている。自己肺動脈弁は抗原性を有さず、かつ患者の成長に伴ってサイズが大きくなる成長性を有しているため、特に小児患者で有効とされている。しかし、我が国では凍結保存同種弁の供給が絶対的に不足しており、限られた施設でのみ施行されているのが現状である。これらの諸問題を解決するために、組織工学及び再生医療技術を応用した代用弁の開発が試みられている。我々は、心臓弁組織からドナー由来細胞を除去したマトリックスをスキャフォールドとして利用するアプローチを採用しており、ヒトあるいは安全に飼育された医用ミニブタから採取した心臓弁から、細胞成分や細菌、ウイルス、DNAを完全に除去あるいは不活化することで、現在の生体弁では不可能である再生型の組織置換を目指している。現在の異種生体弁では移植後も体内では異物として存在し、自己化されない。しかし再生型組織では、固定化されておらず、かつ細胞成分が除去されているため、移植後に自己細胞が侵入することでリモデリングされ、自己組織化される。これにより、現在では自己組織移植以外では不可能な、小児患者においても移植後に成長する移植組織が作出し得ると考えられる。
研究方法
脱細胞化処理:クラウン系ミニブタから清潔下にてブタ心臓を摘出し、大動脈弁及び肺動脈弁を採取した。ハンクス液で洗浄後、冷間等方圧加圧装置を用いた低温下超高圧印加処理(4℃、10,000気圧)によってドナー細胞を破壊し、マイクロ波照射下にてPBS溶液にて洗浄除去した。トリトンX-100による浸漬処理を対照とした。 処理後の評価:脱細胞化は組織学的に評価した。処理標本の組織断面をHE染色及びEVG染色により光顕観察するとともに、表面を走査電顕にて観察した。また、組織内のコラーゲン線維並びにエラスチン線維を透過電顕にて観察した。組織内の内在性レトロウイルス(PERV)はPCR法によって評価した。組織からDNAを抽出し、PERVのDNAを増幅後、PCR産物を電気泳動した。力学特性は引っ張り試験によって評価した。心臓弁葉を力学試験機にて引っ張り試験を行い、破断までの張力を測定した。応力歪み特性から弾性率を計算した。 移植実験:クラウン系ミニブタを用い、左側臥位第4肋間開胸下行大動脈置換
術により、脱細胞化した同種大動脈弁の導管部分と下行大動脈とを置換した。移植1及び3ヶ月後に移植組織を摘出し、組織学的に評価した。 細胞播種:将来のレシピエントとなるミニブタから分離、エクスパンドした細胞を、ディスペンサを用いて血管壁細胞を血管壁内に注入播種すると共に、ローターを用いた回転培養にて血管内皮細胞を播種した。さらに、血液ポンプによる循環培養にて、in vitroにおける組織再構築を行った。 採取動物の安全性:閉鎖集団で確立されたクラウン系ミニブタの頸静脈より無菌的に血清を分離し、オーエスキ?病(AD)、ブタ繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)、ブタ流行性下痢症(PED)、ブタ胸膜肺炎(APP)、及びマイコプラズマ性肺炎(MPS)の感染状況を検査した。また、PRRSウイルス抗体陽性の産業雌ブタより採取した卵丘細胞・卵子複合体を体外培養後、総RNAを抽出し、PRRSウイルス特異的プライマー対によりPCRを行った。
(倫理面への配慮)
動物実験に対する動物愛護上の配慮は、麻酔や鎮痛剤の使用、最小使用数となるような実験計画の立案など、規定に則り十分に払っており、文部科学省及び実験動物学会等の指針に沿って処理した。また、研究に利用されるヒト組織は厚生労働省の指針に沿って、臨床応用に適さない場合の研究目的使用に関する「屍体からの人組織採取・保存・利用に関する取扱い基準」に従い、組織提供の際の説明(インフォームドコンセント)により文書での同意を得ることで、施設内倫理委員会から承認を得た。
結果と考察
脱細胞化処理:既に報告されているトリトンX-100溶液による界面活性剤浸漬処理では、深部組織内細胞の核は処理24時間後でも染色されており、処理溶液の組織内浸透性が悪いためであると考えられた。これに対して、10分間の超高静水圧印加処理及び続く2日間のマイクロ波照射下洗浄処理では、組織深部まで完全に細胞を除去することができた。また、常在菌にて予め感染させた試料を脱細胞化処理したところ、界面活性剤処理では感染が除去できなかったが、超高圧処理では脱細胞化に加えて滅菌効果も併せ持つことが確認された。さらに、組織内のPERVも完全に除去されていた。力学特性を検討したところ、超高静水圧印加処理による影響はほとんど認められなかった。しかしながら、組織内のコラーゲン繊維及びエラスチン繊維には若干の走行の乱れが認められた。コラーゲン繊維等は完全なネイティブ状態ではないと考えられるが、移植後に自己組織と置換されるのであれば、力学的な強度や特性が十分であれば、完全な状態である必要もないと考えられる。 移植実験:左心系である下行大動脈置換術においても破断等の所見は認められなかった。移植1ヶ月後においては若干の血栓が認められたが、3ヶ月後においては認められなかった。血管内腔面は、移植1ヶ月後においてもほぼ内皮細胞で覆われており、3ヶ月後では完全に覆われていた。また、組織内には内腔側から平滑筋細胞の浸潤が認められた。移植1ヶ月後では軽微な炎症反応が認められたが、3ヶ月後では完全に消失していた。続けて12ヶ月までの移植実験を継続中であるり、ヤギ及びサルを用いた異種移植実験を計画中である。 細胞播種:ディスペンサを用いた細胞注入播種によって、血管壁細胞を脱細胞組織内に島状に注入することが可能であった。また、静置培養では、血管内皮細胞を均一に播種することが困難であり、培養後も細胞の増殖は見られなかったが、ローラーを用いた回転培養では、効率的かつ均一的に播種することができた。さらに、血液ポンプを用いた循環培養を続けることで、血管内皮細胞の生着が認められた。 採取動物の安全性:ウイルス性感染症であるAD、PRRS、及びPEDは全ての検査個体で陰性であった。しかし、細菌性およびマイコプラズマ性感染症であるAPP及びMPSの陽性率は63%及び76%と高かった。また、PRRSウイルス抗体陽性産業雌ブタからの卵丘細胞および卵子におけるPRRSウイルス遺伝子の有無を調べた結果、遺伝子や遺伝子転写産物は検出されなかった。我々は、再生医療の一つのアプローチとして、in vitroにおいて患者の自己組織と同等の組織構築を行った後で移植するテーラーメード移植を目指している。スキャフォールドとして生体組織を用いる場合はドナー由来の抗原性を減弱する必要があり、動物由来の場合は未知の感染性やレトロウイルス等の除去が必須である。新規に開発した超高静水圧印加処理により、ドナー細胞を完全に破壊し、滅菌でき、さらに内在性レトロウイルスも完全に除去した安全なスキャフォールドを得ることができた。心臓弁は主に血管内皮細胞と平滑筋細胞、線維芽細胞からなる。回転培養法によって血管内皮細胞を血管壁面、弁葉表面にほぼ均一に播種することができた。また、組織内部へはディスペンサを用いた細胞注入法によって、均一ではないものの線維芽細胞を播種することが可能であった。
結論
超高静水圧印加及びマイクロ波照射処理により、ミニブタ心臓弁組織から力学特性を有効に維持したままドナー由来細胞を除去することができた。さらに、新規に開発した回転培養バイオリアク
ター装置により、細胞除去組織スキャフォールドに患者細胞を均一に播種することができた。数年以内の臨床応用へ向けた有効性及び安全性の検討を続けている。

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