組織工学による血管増生心筋組織の構築ならびにその移植による冠血管床の再生

文献情報

文献番号
200300388A
報告書区分
総括
研究課題名
組織工学による血管増生心筋組織の構築ならびにその移植による冠血管床の再生
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
盛 英三(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野光夫(東京女子医科大学)
  • 福田恵一(慶応義塾大学)
  • 浅原孝之(東海大学)
  • 清水達也(東京女子医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
食生活の欧米化ならびに高齢化に伴い今後虚血性心疾患に伴う重症心不全患者がさらに増加することが予測されている。近年、虚血性心疾患に対する新たな治療法として細胞を直接心筋組織内に注入する細胞移植療法が盛んに研究され、筋芽細胞や骨髄細胞の移植が既に臨床応用されるに至っている。一方、これら単離した細胞の直接注入に関しては移植位置の制御が困難であること、流出・壊死により細胞が損失すること、広範な心筋壊死に対する治療が困難であることなど新たな課題が生じており、虚血性心疾患に対する次世代の再生医療として組織工学(ティッシュエンジニアリング)的な手法により三次元的な心筋組織を体外で再構築し移植する研究が始まっている。分担研究者である岡野らも温度応答性培養皿を用いて作製したシート状の心筋細胞を積層化するという独自の手法を用い、in vitroおよびin vivoで自律拍動する3次元心筋組織の作製を実現している。本研究ではこの組織工学手法を用いた心筋組織再構築法をさらに発展させ血管床を伴ったより厚く高機能な心筋組織を再生し、重症心不全患者に対するより効果的な治療法の確立へむけた基盤技術を確立することを目的とした。
研究方法
本研究を遂行するにあたり血管・心筋の再生に関わる幹細胞の研究や遺伝子導入による血管新生促進の研究に卓越した研究者らと細胞シートを用いた組織工学的手法を開発した研究者らとでメンバーを構成し多面的なアプローチで研究を行った。初年度は(1)血管増生を目的に重層化心筋細胞シート間に挿入予定の機能強化血管内皮前駆細胞の作製法を確立すること(2)還流培養装置を開発し作製された重層化組織への酵素・栄養の供給を増大しより厚い組織を再生すること(3)重層化細胞シートの多段階移植を行うことで血管を伴ったより厚い心筋組織を再生すること(4)より高機能な心筋組織作製のための細胞ソースとして胚性幹細胞から効率的に心筋細胞を分化誘導する方法を確立することを行った。(1)に関してはゼラチンハイドロゲルを用いて遺伝子導入を行い最適な条件を検討した。また遺伝子としては血管床の構築を促進をするアドレノメデユリンを用いた。またこの機能強化血管内皮前駆細胞の有効性をみるために肺高血圧モデルへの移植実験を行いその治療効果を解析した。(2)に関しては重層化心筋細胞シートを一定の圧較差で還流可能な新規のバイオリアクターを開発し還流の有無による作成組織像の比較を行った。(3)は移植した重層化心筋細胞シート(3枚)には1,2日以内に血管網が再構築されるという知見をもとに一つ目の重層化心筋細胞シート移植後、血管網が再構築されるのを待って次の重層化心筋細胞シートを移植するという方法を試みた。多段階で移植した心筋グラフト同士が互いに同期するかどうか、組織学的により厚い組織が再構築されているかどうかを解析した。さらに吻合可能な太さの動脈上に多段階移植を行い血管付き心筋グラフトの作製が可能か試みた。(4)についてはマウス胚性幹細胞を用い種々の液性因子を添加し心筋細胞への分化効率を比較するとともに心筋特異的な遺伝子の発現解析を行った。なお動物を使った実験に関しては研究者の所属するそれぞれの施設の動物実験に関する指針に従い、ヘルシンキ宣言の精神を尊重して動物実験に対する十分な倫理的配慮のもとに行った。
結果と考察
まず血管内皮前駆細胞への遺伝子導入に用いるゼラチンハイドロゲル作製時の至適条件を追及した。その結果カチオン化ゼラチンの収率を約6倍に向上させることが可能
となった。次にアドレノメデユリン遺伝子をゼラチンハイドロゲルを用いて血管内皮前駆細胞に導入したところ効率よく導入可能であった。さらに細胞を肺高血圧モデルに移植したところ肺高血圧の軽減が確認され、アドレノメデユリン遺伝子導入血管内皮細胞の有効性が示された。一方、還流培養装置に重層化心筋細胞シートを固定し1週間培養したところ還流した場合は還流しない場合に比べてより厚い組織切片像を示した。また還流した場合は細胞がより密になっていた。多段階移植に関しては移植間のインターバルが1,2日の時は同期して拍動していたが3日の場合は個々別々に拍動していた。組織切片像では壊死を起こすことなくより厚い心起因組織が再生されていた。さらに10回まで反復移植を試みたところ血管床を伴った厚さ1mmの自律拍動する心筋組織が作製可能となった
また大腿部の動静脈上に多段階移植した心筋グラフトはその動脈からの血液で還流されるとともに異所性に頚部へ再移植することにより拍動を再開した。胚性幹細胞の心筋細胞の分化誘導に関しては試みた種々の液性因子のうちFactor X投与により分化効率が70-80%と著しく向上した。またFactor X投与により心筋特異的な転写因子の発現が時期的に早くなるとともに発現量も増大した。以上のようにそれぞれの分担研究においてより厚く高機能な心筋組織再構築に向けての良好な結果を得た。虚血性心疾患に対する再生医療として血管新生を目的に骨髄由来の細胞や血管内皮前駆細胞の細胞移植が試みられその有効性が示されている。さらに移植細胞にVEGFなどの血管新生を促進する遺伝子を導入することでより血管を増生しうることが報告されている。これらの研究では移植された細胞そのもの新生血管を構築していることから重層化心筋細胞シート内に血管を構築しうる細胞ソースを導入しさらに血管新生を加速する因子がそれらの細胞から組織内に分泌されればより迅速に血管網が再構築されるものと推察される。実際本年度の研究のおいてアドレノメジュリン遺伝子を導入した血管内皮前駆細胞が肺高血圧の病態を改善していることは機能強化血管内皮前駆細胞の有用性を裏付けるものであった。またアドレノメジュリンに関しては強い血管拡張作用によるarteriogenesisの促進を認めたことから作製心筋組織における血管床の構築にも大きく貢献することが期待される。血管内皮前駆細胞の遺伝子の導入法に関してはウイルスでは無くゼラチンハイドロゲルを用いたが遺伝子結合したゼラチンハイドロゲルは血管内皮前駆細胞に貧食される形で取り込まれ効率良く遺伝子導入が行われたことから安全面からも今後の再生医療に有用であると考えられる。酸素・栄養の透過性の向上を目的とした重層化細胞シートの還流培養に関しては予想通りより厚い心筋組織の作製を可能としたがそのメカニズムとして培養液の圧較差による物理的な負荷による細胞の肥大も一因と考えられた。今後、種々の条件で還流培養を行い圧較差や流量に関し最適な条件を決定するとともに、機能強化血管内皮前駆細胞を導入した重層化心筋組織を還流培養し血管増生の有無を確認する予定である。一方、in vivoにおいては重層化心筋細胞シートを移植後、血管網の再構築を待ちホストからの血流が確保されてから次の重層化心筋細胞シートを移植することで同期して自律拍動するより厚い心筋グラフトの作製が可能となった。これは重層化細胞シートが温度応答性培養皿から脱着した際にその組織接着面に細胞接着因子が温存されていることで速やかな組織同士の密な接着が可能になったからだと考えられる。さらに吻合可能な太さの動静脈上に異所性に作製した組織内にその動静脈と連結する血管網が再構築され、血管付きグラフトとして再移植可能であったが、この移植法は他の組織の再生医療においても応用が可能であると考えられる。心臓の発生過程を考えた場合、心筋細胞のソースに関しては心筋細胞への分化が方向つけられているものの、より幼弱な段階の細胞を用いたほうがより機能的な心筋組織の再構築が可能であると推察される。本年度確立された胚性幹細胞の高効率での心筋細胞への分化誘導は生理的なリガンドを用いたものであり正常発生過程による心筋細胞の回収が可能になると予測され今後重層化心筋細胞シートの細胞ソースとしても有用と考えられる。
結論
血管床を伴ったより厚く機能的な心筋組織の再構築を目的として(1)機能強化血管内皮前駆細胞の作製(2)還流培養系の確立(3)多段階移植(4)心筋細胞ソースとして胚性幹細胞からの心筋細胞分化誘導を行いそれぞれの基本的な技術を確立した。これらの手法をさらに発展させ適宜細胞分化誘導することで、より機能的な心筋組織の構築が可能になることが期待されている。

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