組織工学技術を用いた骨・軟骨の効果的効率的再生による臨床研究(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200300387A
報告書区分
総括
研究課題名
組織工学技術を用いた骨・軟骨の効果的効率的再生による臨床研究(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
上田 実(名古屋大学大学院医学研究科頭頸部・感覚器外科学講座顎顔面外科学)
研究分担者(所属機関)
  • 各務秀明(名古屋大学医学部組織工学講座)
  • 山田 陽一(名古屋大学医学部附属病院遺伝子・再生医療センター)
  • 鳥居修平(名古屋大学医学部形成外科)
  • 小林 猛(名古屋大学大学院工学研究科生物機能工学専攻生物プロセス工学講座)
  • 高井 治(名古屋大学理工科学総合研究センター)
  • 小林 一清(名古屋大学大学院工学研究科生物機能工学専攻生体材料工学講座)
  • 木全 弘治(愛知医科大学分子医科学研究所)
  • 春日 敏宏(名古屋工業大学工学部材料工学科ハイブリッド機能機構学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
46,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会を迎え、種々の臓器不全や障害をもつ患者の増加が見込まれる。このような場合の治療法として様々な人工材料が用いられているが、そのどれもが満足する結果をもたらしていない。また同種移植については、ドナー確保や免疫拒絶などの問題により一般化しにくいのが現状である。ティッシュエンジニアリングは、生きた細胞を用いて移植組織が作製できる点で極めて優れており、世界的に注目されている。本研究は骨、軟骨組織の再生に着目し、これらティッシュエンジニアリングの手法を用いた重症の骨系統疾患患者の治療法の確立をめざすものである。
本プロジェクトの特徴は、骨・軟骨再生を基礎的研究から臨床応用まで一貫して検討することにある。申請者らは、これまでの3年間で流動性マトリックスおよび培養骨膜を用いた骨再生の研究と、間葉系幹細胞の効率的分離・培養法の開発を主眼に研究を行ってきた。本年度より、骨延長部への注入型人工骨の応用や,新たな骨,軟骨再生用マトリックスの開発につながる研究などを進めている。注入型人工骨の臨床への適応拡大を行う一方で,再生骨の機械的強度に関する詳細な検討や、注入された細胞の分化に関する研究など、骨再生の基礎的研究を充実させることも目的とした。これらの実験から,培養骨膜も含めて骨再生を新たな治療法として確立するための基礎的データをさらに集積する。軟骨再生については、関節軟骨の動物実験データを拡充し、臨床応用のための技術的課題を克服する。
骨:本プロジェクトでは、完全生体吸収性の材料による骨再生と、細胞の採取から移植まで低侵襲で患者に負担をかけない再生医療の開発を行う。骨欠損部に成形することなく使用できる注入型人工骨や、培養骨膜を用いた骨再生治療の開発により、今後は個々の患者の状態や欠損の大きさ、形状に適した治療法が選択可能となる。さらに、幹細胞の分離培養および分化技術の開発は、再生に必要とされる細胞採取を容易にする。本研究の成果により、これまで骨髄から穿刺を行っていた未分化間葉系幹細胞(MSC)が、静脈からの通常の採血や臍帯血で代償できるなど、患者に負担の少ない再生医療が可能になるものと期待される。
軟骨:新たな関節軟骨用担体の開発により、骨膜による関節面の被覆を必要としない軟骨再生治療を確立する。これにより治療侵襲を軽減できるのみでなく、長期予後の改善にもつながる可能性がある。さらに骨・軟骨複合組織の再生は、より重篤な関節の傷害にも応用可能と考えられ、運動機能の傷害を持つ高齢者に新たな治療法を提供することが期待される。
本研究の成果いかんでは、推定1000万人ともいわれる重症骨系統疾患患者の運動機能の回復に大きく貢献すると確信する。また本研究では最終的に臨床応用することを強く意識し、臨床現場で有効かつ使用が簡便な材料形状を念頭に置いた人工骨および軟骨の開発を目指すことを付言したい。
研究方法
現在、ヒト骨随からの未分化間葉系幹細胞による骨再生治療はようやく始まったばかりである。しかしながら、吸収性担体のみを用いた実績は少なく、応力の加わる骨組織の再生に適したマトリックスにはいまだ工夫の余地がある。本研究では、完全に生体吸収性の材料を用いた骨再生を行った。注入型人工骨のマトリックスはすべて吸収性であり、培養骨膜はこれまでの非吸収性素材を用いた骨誘導治療に代わり得る完全吸収性材料である。一方、臨床的には骨再生治療の手技が容易であることが肝要であり、骨欠損の複雑な形態に修正する必要のない注入型人工骨の開発はこのプロジェクトの独創的な点といえる。本プロジェクトでは臨床の現場で真に有用な再生治療を提供することを視野において開発を行うこととした。注入型培養骨の特徴を組織学的検討に加えて、人工歯根(インプラント)との結合率、骨占有率などにおいても検討を加えた。各症例においては、臨床的評価に加えて、レントゲン的(CTなどを用いて)臨床評価を行った。
一方、マグネタイトリポソームによる高密度培養技術はわれわれが独自に開発した技術である。細胞内に取り込ませたマグネタイトリポソームを利用してセルソーティングを行うのみでなく、細胞をシート化し重層化するなど他施設にはない効率的な培養法の開発を行った。
現在までに、関節軟骨の欠損に対しては主として培養軟骨細胞を注入する治療が行なわれてきた。しかしながら骨膜を採取して損傷部位をカバーする必要があることから、新たな組織欠損をつくるなど解決すべき課題がある。本研究では、生体吸収性材料を用いた特殊な不織布を用いて、骨膜によるカバーを用いない関節軟骨再生法を新たに開発するための研究を行った。一方、関節面では骨、軟骨複合組織の再生が必要とされる。必要とされる軟骨の厚みを確保するためには、移植細胞の骨および軟骨への分化を制御する方法が必要とされるが、移植された間葉系幹細胞の分化を制御することは困難である。本研究では、未分化間葉系幹細胞と担体を用いて関節軟骨部を再生するとともに、移植された細胞の骨、軟骨への分化について検討を行うこととした。
結果と考察
骨:骨髄由来の未分化間葉系幹細胞を分離培養し、骨芽細胞へ分化誘導することにより自家骨と同程度の骨再生を得た。その後、複雑な骨欠損の形態にも対応できるように注入型人工骨の開発に着手し、MSCs/β-TCPを粉砕し、PRPと複合することで骨再生に成功した。その後の検討で、β-TCPを用いずにPRP, フィブリンとMSCsとの組み合わせでの注入型培養骨による骨再生が可能であることを報告してきた。しかしながら、この方法で再生された骨の物理的性状については十分調べられてはいなかった。本研究期間中には、まずこの注入型培養骨の物理的強度について、コントロール群(欠損のみ、自家骨、PRPのみ)と比較検討した。その結果、再生された骨占有率は、移植後8週目においては、18.3±4.84% (欠損のみ), 29.2±5.47% (PRP), 61.4±3.38% (自家骨), and 67.3±2.06% (注入型培養骨)であった。また、インプラントとの骨結合率については26.4±9.5%(欠損のみ), 44.2±10.8%(PRP), 49.9±8.2%(自家骨), and 58.6±9.7% (注入型培養骨)であった。さらに、組織学的にも注入型培養骨は十分な層板構造を持った成熟した骨再生が確認された。これまでの臨床応用は、インプラントとの応用例(8例)、骨延長部への応用例(5例)、歯周病への応用例(1例)であり、全例において明らかな副作用等は認めていない。また、骨の再生を認めており、現在経過は良好である。
一方、培養した骨膜細胞のシートを用いて、歯周疾患による骨吸収を治療する研究も行ってきた。少量の骨膜組織を培養すると50~100umの厚みを有するシート状を呈し、これが高い骨形成能を有することにわれわれは注目した。この培養骨膜シートは人工材料ではないために感染しにくく、取り出す必要がないなどの長所を持っている。現在までにイヌへの移植実験で、歯槽骨のみならず従来の歯周病治療法では困難とされていた、セメント質を含む歯周組織の再生が得られることを確認した。この結果を基に本年第2例目の臨床応用を行った。
軟骨:εカプロラクトン、PGA,PLA、アルジネートなどの様々な担体を用いてin vivoでの軟骨再生の比較検討を行い、軟骨組織より構成される人工椎間板の作成に成功した。また、超音波刺激による間葉系幹細胞からの効率的培養法の確立や、糖鎖をマトリックスに付加することで、より生体親和性の高い担体の開発を行った。ヒト肋軟骨から採取した軟骨細胞をプラスチック培養皿上での増殖培養を繰り返した後でも、PGA+PLAのコポリマー培養基質に挿入すると軟骨分化能を再獲得できることを明らかにした。これは、2次元培養に比べて3次元培養の重要性を示したものと考えられる。
基礎的な成果としては、カチオニックリポソーム(MCLs)で包み込んだ磁石微粒子を利用し、未分化間葉系幹細胞を磁石上で高密度培養することによる増殖促進効果を確認している。また、表皮細胞に50 pg/cellの濃度でMCLsを添加した場合、磁石を用いて均一なシートを作製することに成功した。この方法で作成された細胞シートを電子顕微鏡で観察したところ、細胞間にはデスモソームが観察された。また、表皮シートのシート内マグネタイト量を測定したところ、シート作製前とほぼ同じであり、作製したシートは円柱磁石を近づけることで容易に回収することができた。この方法により、新たな細胞シートの作製、回収方法が確立された。また、同様の方法を用いることで、細胞シートの作製と回収を自動化できる可能性がある。
結論
本研究課題では、自家あるいは同種の移植に代わりうる、新たな骨、軟骨の再生医療の実用化について研究成果が得られた。注入型人工骨および培養骨膜シートを用いた骨再生は、顎顔面外科領域で臨床応用の段階に達している。軟骨についても、ウサギを用いた関節軟骨の再生実験や新規担体の検討などにより、新たな再生治療の可能性が示された。今後は臨床例の増加とともに長期経過についても観察することで、安定した治療につながるものと期待される。また,歯科用インプラント治療の治癒期間短縮や歯周病患者など、幅広い応用を進めることとしている。今後も臨床例を積み重ねることにより経験を深めるとともに、そこで見いだされた課題については基礎的な見地から検討を進めて、さらに一般化可能な治療にしていくことが重要と考えられる。

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