C型ナトリウム利尿ペプチド賦活化による軟骨欠損修復のための新しい治療法の開発とその臨床応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300386A
報告書区分
総括
研究課題名
C型ナトリウム利尿ペプチド賦活化による軟骨欠損修復のための新しい治療法の開発とその臨床応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
中尾 一和(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター研究所)
  • 小松弥郷(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
48,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
組織工学や分子生物学の進歩により、再生医学の臨床応用に関する研究が盛んとなっている。軟骨組織は血管、神経を欠き、損傷や変性に対し創傷治癒、自己修復能に乏しいため、再生医療の重要な標的である。軟骨組織は少数の軟骨細胞とその周囲の豊富な細胞外基質に覆われて存在し、他の組織を構成する細胞には無い特徴を持つ。未分化間葉系細胞から軟骨細胞への分化はまだ解明されていない点が多く、幹細胞からの軟骨再生の実現には課題が多く残されている。われわれはこのような軟骨細胞の特徴を考慮し、軟骨再生医療への応用に全く新しいアプローチを提案した。ナトリウム利尿ペプチド過剰発現トランスジェニックマウスが骨格に異常をきたすことから、主に血圧、水電解質代謝調節に作用すると考えられてきたナトリウム利尿ペプチドの骨・軟骨での意義に注目した。培養軟骨細胞、脛骨器官培養系においてC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)とその受容体であるGC-Bが重要であり、マウス、ヒトの軟骨に強く発現していること、CNPが強力な軟骨増加作用を持つことを明らかにした。CNPノックアウトマウスを作成、解析し、成長板軟骨の発育障害をきたし、四肢体幹の短縮を認めることを明らかにした。われわれは新規の軟骨成長因子としてC型ナトリウム利尿ペプチドの作用を発見し、この作用の軟骨組織の欠損修復へ応用を目指す。即ちCNP/GC-B系を賦活化することにより軟骨細胞の基質産生を増加させ、生体材料を用いずとも生体の軟骨細胞基質容量の増加により、軟骨そのものを増大することができると考えている。本研究は既に確立された動物モデルを用いてCNP/GC-B系賦活化療法の軟骨欠損修復の効果を検討し、その成果を臨床へ応用することを目指す探索的臨床研究である。
研究方法
①軟骨形成不全症は1万人に1人という高頻度に発症する先天異常症であり、その原因遺伝子はある3型線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR3)の機能獲得型変異(G380R変異型)であることが明らかになっている。軟骨形成不全症に対し骨切り術による脚延長術等が行われているが、根本的治療はないのが現状である。この変異FGFR3を軟骨特異的に発現させたトランスジェニックマウス(Fgfr3-Ach-Tg)は軟骨形成不全症のモデルマウスであり、著しい四肢、躯幹の伸長抑制をきたす。一方、われわれはCNPを軟骨特異的に過剰発現するトランスジェニックマウス(Nppc-Tg)の作成について報告し、Nppc-Tgは内軟骨性骨化により形成される椎骨や長管骨の伸長が促進することを示した。今回、CNPの軟骨成長作用が軟骨形成不全症の軟骨発育不全に対し有効であるか検討するため、Fgfr3-Ach-Tg とNppc-Tgを交配して軟骨にCNPを過剰発現するFgfr3-Ach-Tg(Nppc/Fgfr3-Ach-Tg)を作製し、F1マウスにおける表現型を比較した。②胎生16.5日齢のFgfr3-Ach-Tgより脛骨を単離し、4日間CNP(10-9~10-7M)存在下で培養し、培養終了後、脛骨の形態計測、組織学的解析を行った。また、CNPの軟骨の基質産生への影響について、グリコサミノグリカン合成を35Sの取り込みにて、コラーゲン合成を3Hプロリンの取り込みにて検討した。③FGFR3の細胞内情報伝達機構として、MAPキナーゼを介する経路とSTAT-1を介する経路が存在し、軟骨細胞における両者の重要性がこれまで報告されている。今回、CNPがこれらのFGFR3の細胞内情報伝達機構に影響を与えるか検討を行った。胎生16.5日齢の脛骨を用いて、1時間CNP(10-7~10-6M)、またはcGMP(10-5M)存在下で培養後、FGF-2 (1ng/ml)を添加し、タンパク
を抽出し、ウエスタンブロット法にて、ERK1/2、リン酸化ERK1/2、STAT-1、リン酸化STAT-1の発現について検討した。④CNPの投与法の検討として、雄性SDラットを用い右頸静脈と大腿静脈にカテーテルを留置し、0.1マイクロg/kg/分と1.0?マイクロg/kg/分のCNPを24時間持続投与した。左室カテーテルを挿入し、CNP投与開始5分後の左室圧を測定した。さらに、Drug Delivery System(DDS)の開発のために同じくペプチドホルモンであるアドレノメジュリンを用いて、浸透圧ポンプによる7週間(500ng/時間)投与の影響、ネブライザーにより0.5?マイクロg を30分間、1日4回、3週間継続投与の影響について検討を行った。
結果と考察
① Fgfr3-Ach-Tgは対照野生型マウスと比較して、約12%吻臀長の短縮を認めるが、この成長障害はNppc/Fgfr3-Ach-Tgにおいてほぼ正常まで改善を認めた。軟X線撮影による検討から四肢長管骨及び椎骨の短縮もほぼ正常まで改善した。また、軟骨におけるFgfr3-Ach遺伝子発現を検討し、CNPの過剰発現はFgfr3-Ach遺伝子の発現に影響を与えないことを示した。ヘテロとホモNppc-Tgでは軟骨でのCNP発現がホモにおいて亢進しており、四肢長管骨の改善がホモにおいてさらに著しいことから、CNPが容量依存性に作用していることを示した。Fgfr3-Ach-Tgにおける成長板軟骨の短縮はNppc/ Fgfr3-Ach-Tgにおいて改善し、増殖、前肥大化軟骨細胞層の細胞間基質の増大、及びin situ hybridization にてX型コラーゲンを発現する肥大化軟骨細胞層の厚さの回復を認めた。一方、BrdU取込みによる軟骨細胞の増殖はFgfr3-Ach-Tg, Nppc/ Fgfr3-Ach-Tgともに低下していた。②Fgfr3-Ach-Tg脛骨はCNP添加により濃度依存性に伸長促進し、肥大化軟骨層の短縮、特に増殖軟骨細胞層と前肥大化軟骨層における細胞外基質の減少がCNP添加により対照の野生型マウスと同程度まで回復を認めた。35S、3Hプロリンの取り込みはともにFgfr3-Ach-Tg脛骨において低下し、CNP添加群にて回復した。③胎仔脛骨においてリン酸化ERK1/2の発現はFGF-2 の刺激により著しく発現が増強したが、CNP、cGMPにて抑制された。一方、リン酸化STAT-1の発現についてはCNP、cGMPにてほとんど影響を認めなかった。さらに、Fgfr3-Ach-Tg脛骨においてはリン酸化ERK1/2の発現が亢進していたが、Nppc/ Fgfr3-Ach-Tg脛骨においてはリン酸化ERK1/2の発現の減弱を認めた。PD98059添加にて対照野生型マウス脛骨、Fgfr3-Ach-Tg脛骨はともに伸長促進を認めた。また、35S、3Hプロリンの取り込みはともにPD98059添加にて増加した。④ラットにおいてCNPの24時間持続投与により左室収縮期圧の低下を認めた。また、アドレノメジュリンの浸透圧ポンプによる長期投与、ネブライザーによる吸入投与はいずれも有効であることを明らかにした。本年度の研究により、軟骨形成不全症モデルマウスであるFgfr3-Ach-Tgの四肢、体幹の短縮を対照野生型マウスと同程度まで改善し、軟骨形成不全症の成長板軟骨発育不全を修復することを明らかにした。CNPの軟骨形成不全症に対する作用は軟骨細胞に対するCNPの直接作用であり、容量依存性であることを証明した。軟骨形成不全症においては軟骨細胞の細胞外基質産生の低下を認め、FGF3型受容体の機能獲得型変異による MAPキナーゼ経路の活性化異常がその原因であり、CNPはMAPキナーゼ経路の活性化異常に拮抗的に作用することが明らかとなった。
結論
今回の軟骨形成不全症を対象にした研究からCNPの軟骨細胞に対する作用は細胞増殖には影響を与えないが、軟骨細胞のグリコサミノグリカン合成、コラーゲン合成等の細胞外基質産生を増加させ、細胞の増大、細胞間基質を増大させることによるものであることが明らかとなり、CNPを用いた全く新しい軟骨再生への応用の可能性が示された。現在、ナトリウム利尿ペプチドのなかでANP, BNPはそれぞれ既に日本及び米国で心不全治療薬として静注の形で臨床において使用されている。さらに臨床使用された際のナトリウム利尿ペプチドの血中濃度は、今回見いだされた軟骨肥大化作用を発現する濃度に一致している。従って、軟骨再生への応用へ向け、分担研究者寒川らとCNP
とその受容体であるGC-Bを賦活化する療法を今後開発していく予定である。また、ペプチド製剤の医療に占める割合は増加することが予想され、ペプチド製剤共通の弱点を克服するDDSの開発や持続型ペプチド剤の開発が医療産業全体としてのニーズに繋がると考え、CNPの軟骨再生への最も効率的な投与法を検討していく計画である。現在、CNPの関節軟骨欠損の再生への作用についても同様の手法を用いて検討を進めている。

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