遺伝子解析研究、再生医療等の先端医療分野における研究の審査および監視機関の機能と役割に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300385A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子解析研究、再生医療等の先端医療分野における研究の審査および監視機関の機能と役割に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
白井 泰子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 丸山英二(神戸大学大学院法学研究科)
  • 徳永勝士(東京大学大学院医学研究科)
  • 甲斐克則(広島大学法学部)
  • 土屋貴志(大阪市立大学大学院文学研究科)
  • 佐藤恵子(和歌山県立医科大学教養部)
  • 武藤香織(信州大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、(1)日本の倫理審査委員会の現状把握と活動評価、(2)三省指針下での「人を対象とする生物医学研究」のあり方、(3)欧米諸国における被験者保護制度と倫理委員会の機能について調査を行い、これらの研究成果に基づいて、人を対象とする生物医学研究の倫理審査と被験者保護を両輪とする研究管理システムの構築に向けた具体案を提言する。
研究方法
「研究課題1:日本の倫理審査委員会の現状把握と活動評価」: 2002年の質問紙による全国調査に引き続いて「倫理委員会を対象とした聴き取り調査」・「委員会委員・事務局担当者・研究者の個別聴き取り調査」を実施し、倫理審査委員会が直面している諸課題の分析を行う。また、研究審査による「研究の科学性/倫理性の担保」、「被験者保護」という目的の基底をなす倫理原則について歴史的視点から検討する。
「研究課題2:三省指針下での人を対象とする生物医学研究のあり方の検討」:医学研究のための資料提供・研究協力を求める際の説明のあり方に関して、遺伝子解析研究やヒト組織研究資源バンクへの試料提供などを中心に検討を行う。また、国際共同研究のパートナーであるアジア諸国の研究者の三省指針に関する評価について小規模調査を実施すると共に、多施設共同研究に関する研究倫理上の注意点について検討する。
「研究課題3:欧米諸国における被験者保護制度と倫理委員会の機能に関する検討」:昨年実施したオランダおよびドイツの実地調査に基づいて、被験者保護法制と倫理委員会の機能に関する比較法的考察を行う。また、イギリスの研究倫理審査システムを把握するための実地調査および、中国における治験審査体制の概略につての実地調査を行う。
結果と考察
「研究課題1:日本の倫理審査委員会の現状把握と活動評価」:(1)2002年7月~2003年12月に医学系大学、研究所、病院の倫理委員会委員長を対象とした聴き取り調査および委員や事務担当者、研究者に対する個別聴き取り調査を行った。2つの調査を通じて、現行の倫理審査委員会が「研究遂行のためのインフラ整備の遅れ」、「被験者募集におけるインフォームド・コンセント原則への過度の依存」、「リスク管理体制の不備」、「被験者保護制度不在下での委員会責任の曖昧さ」などの問題を抱えていることが明らかにされた。また、研究体制の抜本的な整備のためには、被験者保護法の策定および一貫した研究管理を行うための研究管理システムの構築に着手する必要のあることが示唆された。(2)人を対象とする医学研究における研究審査の意義の基底をなす理念の根幹について、日本の731部隊の人体実験の問題も含め、歴史的・倫理的観点から検討を行った。人を対象とする研究が備えるべき倫理性の内容としては、重要度の順に、①人道性、②利益の最大化、③被験者選択における公平性、④被験者の自律の尊重、の4つの原理が確認された。
「研究課題2:三省指針下での人を対象とする生物医学研究のあり方の検討」:(1) 遺伝子解析研究やヒト組織研究資源バンクへの試料提供の場面を中心に、医学研究のための資料提供・研究協力を患者などに求める際の説明のあり方について検討した。こうした場面でインフォームド・コンセントの成立を困難にしている要因は、説明事項と患者の希求する情報のずれと研究における細目の未確定性であると考えられる。(2)三省指針の英語訳に対するアジア諸国のヒトゲノム・遺伝子解析研究者の意見聴取を行った結果、「一般に途上国側の倫理規範はゆるやかである。三省指針は、全般に厳しすぎる」、「各国(特に途上国)の国情や文化に対する配慮が必要だ」などの意見のあることが明らかにされた。国際共同研究推進のためには、当該指針の英訳が公表され、アジア・アフリカ諸国などの関係者との間で率直な意見交換を行うことが重要である。また多施設共同研究については、倫理審査の目的を全うしつつ審査時間を短縮するためには、倫理審査体制の再検討が必要である。
「研究課題3:欧米諸国における被験者保護制度と倫理委員会の機能に関する検討」:(1)ドイツでは各州および各施設において52の「公法上の倫理委員会」があり、活発に活動している。また、ドイツでは医師会が医師の身分を決定するほどに強力であり、倫理委員会も、とりわけドイツ連邦医師会中央委員会がかなりの権限をもって活動している。最近では、2001年11月23日の幹細胞研究に関する態度表明が注目される。これは、2002年5月31日のいわゆる「幹細胞法」の成立に大きな影響を与えている。これ以外にもドイツ連邦議会におけるアンケート委員会、あるいは首相直属の国家倫理評議会もあり、幹細胞研究の審査のような場合に、中央倫理委員会と競合することもありうるが、ドイツにはいまだに被験者保護の統一法はないため、見解が異なる場合にコンセンサスをどうやって確保していくかが、課題である。これに対してオランダでは、「ヒト被験者を伴う医学的研究に関する法律(WMO)」に基づいて、中央委員会(CCMO)と各施設ないし地域にある医の倫理審査委員会(METC)が置かれ、前者が後者の活動を監視するという2元システムをとっている。CCMOの委員会構成(総数11名)や権限、さらには罰則に至るまでWMOが規定しており、とりわけ監督権限内容として、METCのプロトコール遵守を監視している点に特徴がある。また、被験者保護について詳細な規定を置いている。その他、「被験者を伴う医学的研究のための強制保険を規定する暫定的デクレ」、遺伝子治療および異種移植についての一般的行政規制である「ヒト被験者を伴う医学的研究の中央審査デクレ」、さらには「複数の医療機関にまたがる研究審査手続命令」がWMOを補足する形で制定されている。システムとしてはオランダを参考にすべきであろうが、医療制度の相違なども関連するので、この点も考慮しながら、被験者保護と医学研究の進展の調和が図れるシステムを日本でも構築すべきである。(2)イギリスの研究倫理審査システムは、治験審査委員会と医学研究を対象とした倫理審査委員会がいずれもLREC(Local Research Ethics Committees)で取り扱われている。LRECは施設単位ではなく、地域の保健局が管轄する地理的な範囲の中に複数のLRECが存在し(研究者の多い施設では独自のRECもある)、イギリス全土を219のLRECがカバーしている。また、90年代後半から始まった改革によって、複数のLREC管轄にまたがる研究については、MREC (Multi-Centre Research Ethics Committees)でまとめて審査をすること、さらにNHS内のM/LRECについては中央統括機関がガイドラインの解釈や研修の機会を与えているが、2004年5月にはNHS外も含めた全ての委員会を認証する権限をもつようになる。これらの改革は、EUの臨床試験指令(2001/20/EC)によって後押しされたもので、かなり急速な合理化策であったが、結果的には倫理審査体制を支える事務部門が強化され、そこでのサービス内容の多く(例えば、新人研修、外部委員の発掘、申請書の統一化など)は日本の倫理審査委員会が直面している課題にも相当し、こうした側面のサポートおよび多施設共同研究の審査プロセスを合理化することにより、日本の体制も改善されるものと考えられる。(3)2003年8月に北京の協和医院/中国協和医科大学を訪問し、薬物治験の審査体制および審査の現状について聴き取り調査を行った。
現行の倫理(審査)委員会が直面している「生物医学研究遂行のためのインフラ整備の遅れ」や「被験者等の募集の過程におけるインフォームド・コンセント原則への過度の依存」・「リスク管理システムの立ち遅れ」・「被験者保護法制不在の下での倫理審査委員会の責任の曖昧さ」などの諸問題は、「社会による研究管理(ガバナンス)」という視点の欠落に起因するものと考えられる。3年間の研究成果に基づいて、生物医学研究における被験者保護と研究管理システムのあり方に関する提言をまとめた。
結論
ヒトゲノム研究や再生医療研究等の生物医学研究は今後ますます産学官連携を強めてゆくと予測される。こうした状況の下で被験者の人権保護と生物医学研究の持続的発展を両立させるためには、本プロジェクトの提言課題の実現を通じて機関内倫理審査委員会の充実を図ると共に、被験者保護法制の下での「法規制・倫理規制複合モデル型倫理委員会」の構築・運営を目指すことが不可欠である。

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