遺伝子解析研究、再生医療等分野において用いられるヒト由来資料に関する法的・倫理的研究-その体系的あり方から適正な実施の制度まで(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300384A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子解析研究、再生医療等分野において用いられるヒト由来資料に関する法的・倫理的研究-その体系的あり方から適正な実施の制度まで(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
宇都木 伸(東海大学)
研究分担者(所属機関)
  • 松村外志張((株)ローマン工業)
  • 石井美智子(東京都立大学)
  • 増井徹(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小林英司(自治医科大学)
  • 齋藤有紀子(北里大学)
  • 佐藤雄一郎(横浜市立大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究利用を目指した人由来資料の採取、保管、利用に関して、これまでの研究成果に基づきつつ、法的、倫理的あり方についての、具体的な提言をすることを本年度の目標とした。ただし、事柄は歴史を引きずった国民性、文化価値観、法制度全体という巨大なものとの関わりを無視しえないテーマであるので、一方で抽象性が拭いきれず、踏み込んだ部分については一つの方向性・可能性を提示するものでしかない。
研究方法
国内のバンクの実地調査の継続、海外での聞き取り調査、さらには内外の研究者の聞き取り調査を実施しした上で、それらに基づき各分担者がその課題をまとめ、それを共同討議にかけるという方法で研究を進めた。なお、研究協力者による寄与、また当班員を中心とする研究会において多数の参加者にきわめて有益な助言を得ることができた。この場を借りてお礼申し上げたい。
結果と考察
それぞれの分担研究報告においてはほぼ次の諸点が論ぜられている。
宇都木報告: 人由来試料を提供する行為の法的性格を検討し、判決の揺れ動く中でこれを寄付行為と位置づけるべきことを提唱し、その結果ドナーの意思と、条理ないし慣行から要請される規範と、さらに受益者である将来の社会の利益という三者によって、バンク・研究者達が拘束されることを主張する。その拘束ないし規範をバンク・研究者達が遵守していることを保証するための制度に必要性を強調する。その上で、現在濫用される気味のある包括的承諾の必要性をも認めつつ、それが法的に有効であり得るためには幾つかの前提条件のあること、そして前述の保証制度の確立こそがその前提条件にあたるという。
松村報告: 米国のおける研究目的での人体組織・細胞・DNAの蓄積・供給の制度を、連邦的規模の公的なものから、大学学術機関、企業、非営利組織にいたるまで、その歴史、現状について検討し、さらにこれらに関する規制状況の検討を加え、きわめて貴重な資料を提供している。
さらに松村第二報告は、我が国の実現可能な制度的対応のための大づかみの要点を示している。自立性を尊重した意思決定システム、補償と代償のシステム、事業体による自主ルールを中心としてそれを社会が支えるシステム、国際的調和性のある規範性という重要な論点が示されている。
石井報告: 家族法を専門とする者と医事法を専門とする者とを中心とした研究会を組織して、「代諾」に関する法的分析を行ってきたことの報告である。ごく最近のGCPや諸ガイドラインの中で、充分な共通理解のないままに多用されるようになったこの用語は、多様な含みを持っている。胚・胎児についての両親の承諾、制限能力者についての後見人等などなど。結論的には、由来物質の性格、その本人との関わり、採取状況、利用状況等の相違にしたがって、その利用に対する承諾の意味は相違し得、したがって承諾権者も変わりうると予測している。
増井報告: イギリスのおける大規模遺伝子バンク(UK Biobank)構想は、きわめて長期的な展望を持った、研究基盤を創設するための大規模な計画である。45歳~69歳までの国民のうちから、診療録を10年以上も追跡調査することのあること、当該被験者には直接的利益は皆無であることなどを明示した上での全くのボランタリーな被験者を募るものである。その実施にあたってはきわめて慎重な態度を堅持し、幾たびも全面実施時期をずらしつつ、社会の了解をうることに努めている様が、そのプロジェクトの諮問委員会の責任者の口を通して語られた情報として報告されており、きわめて示唆に富む。NHSとMRCとWellcome Trustの三者の出資(約120億円)になる非営利の会社組織をとるこのバンクは、全国にわたって6センター、23大学その他の医療機関という大きな組織を敷き、情報公開に努めながら繰り返しパブリック・コメントを求め、その結果を公表している。
小林報告: 人由来試料のバンクの提供を実施している医療者の立場から、調査結果を分析する。現在現場で起こっている混乱状態は、医療・病理と研究との境界線が不分明であること、ガイドラインの成立の後に若干ではあるが、現状型から学内総一型への移行が見られると観察している。
脳死移植の停滞しているわが国に特有的に多い手術組織の研究利用に関して、苦しみつつこの提供に応じてきた患者さん達との共同研究を率いてきた者として、開放型バンクの規範の整備を訴えている。
佐藤報告:アメリカ、イギリス、シンガポールおよびアイスランドにおける、人由来試料をめぐる最近の動きを紹介する。アメリカで動き出した登録と実地調査の制度は、本来的には安全性を確保することを主目的とするものではあるが、実質的には適正施設としての認証的効果が窺える。イギリスにおいては、Alder Hey 事件の余波として人体組織法の全面改定法案が提出されるに至っており、その内容が紹介されている。Human Tissue Authorityという国家機関を設け、バンクのみならず研究者をも免許ないし登録として捉えようとするものであり、本人の承諾権重視の原理の強調と併せて、このきわめてオーソドックスな法案の行方は予断を許さない。
神坂資料: 人由来物質の法的性格を確定するための基本的作業として、米国の哲学者の古典的労作を詳細に紹介するものである。一つの人格が存在することにとって不可欠・本質的な性格のpropertyと言われうるものに関する諸権威の言説を省察する。結論的には、個人格に係わる諸財物、諸行為結果は本来的に不可譲のモノから過剰なモノへのベクトルを為すという考えが導かれる。この紹介は、コロンブスの卵のごとくの効果をもって、人由来物質の性格付けに基本的羅針盤機能を果たすことになりそうである。
松下資料: 死体解剖保存法は、戦後の動乱期に、GHQという特殊な権力下に、アメリカの制度を参考としつつ、急ぎ作成されたものでありながら、その後基本部分は改変されることなく50年の歴史を持つ。いま、医学研究が多量な人由来物質を多用するという新しい状況を迎える中で、その解釈が問われている。この法律の成立の過程をGHQの資料にまでたどって検討したものであり、死体解剖と人体標本の保存という二つの事柄が、分裂、合併しつつ制定されていった様がよく描かれているが、今のところ新しい解釈のために有力な資料は得られていないようである。
結論
1.今後の医学研究の健全な育成を考える上では、諸外国の動きを見ても、一見したところ拘束となるような全国的な登録および監視の制度をしっかり構築することが、むしろ最も必要なインフラであると思われる。
2.寄付(信託的譲渡)、したがって本人明確な意思の尊重がその中心であるが、単に当初の意思にすべてを集約するのではなく、その真の実現のためには社会的工夫を要する。
それは外国の真似では済まず、特有の文化を持つ日本において受け入れられやすい制度を工夫しなくてはならない。
またそれは、苦しみながら提供に踏み切ってきた患者さん達に充分に納得のいくような、オープンな、公正な姿でなければならない。
3.イギリスにおいては、UK BioBankセンターにおいてはモノを連結可能の形で保存しコホート研究に備えること、配布されるものはmaterialsそのものではなく、情報のみとする模様である。また家庭医の制度を通じて情報の収集も追跡もしやすい状況が整っている。このいわば前提条件と言いうるような状況の創設こそが、我が国においては検討されるべきもののようである。

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