ヒトゲノム、遺伝子治療、再生医療分野の生命倫理観形成におけるメディアの役割(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300383A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトゲノム、遺伝子治療、再生医療分野の生命倫理観形成におけるメディアの役割(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
白楽 ロックビル(お茶の水女子大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の多くの国民は、バイオ先端医療研究に対して不安、不信、嫌悪感を抱いている。このような事態に対してわが国のバイオ研究者と厚生労働行政の認識、研究、対処は十分とはいえず、将来が憂慮されている。バイオ先端医療研究そのものの発展ではなく、バイオ先端医療研究への生命倫理観をどう形成するかで、国民は、バイオ先端医療研究を受容(または拒否)することになる。この生命倫理観の形成での重要な因子は、メディアである。そこで本研究では、新聞、テレビ、ウェブ、映画、漫画、雑誌、ゲーム、アニメなどのメディアの中で「ヒトゲノム、遺伝子治療、再生医療分野」がどのように扱われているかを、生命倫理的観点から研究することとした。また、バイオ研究者が事件を起こし、メディアで報道され、バイオ研究者に悪いイメージを抱かれることも、現実には、バイオ先端医療研究への否定的な生命倫理観を形成している。それで、バイオ研究者の事件も研究する。厚生労働省を筆頭とするわが国の行政が、国民にバイオ先端医療研究に対する健全な理解と感情を抱いてもらう施策に必要な基礎データを提供するのが本研究の目的である。
研究方法
2003年度は、昨年度に新聞記事を対象に開発した肯定度分析法を映像メディアである映画に適用した。肯定度分析法として、肯定度値(FB値)を0.0~10.0とし、「医療一般」や「バイオ専門」に対して中立の場合は5.0、肯定的な場合は5.1~10.0、否定的な場合は0.0~4.9と設定した。FB値は「内容点」「時間点」「インパクト点」から算出する方法を考案した。「医療一般」や「バイオ専門」に関係する1990年~2000年日本公開の映画を31作品選び、肯定度分析をした。
また、メディアの中のバイオ研究者として、日本におけるバイオ研究者の事件に関する新聞メディアの研究も行なった。読売新聞の有料データベース「ヨミダス文書館」からバイオ研究者が処分(又は逮捕)された事件の記事を抽出し、読売新聞の記事を用いてデータベースを作成した。データベースから問題項目を選択し検討した。
結果と考察
2003年度は、映画メディアの中の「医療一般」や「バイオ専門」を扱い、肯定度分析法を確立した。このことは世界で最初の取り組みである。2003年に日本では洋画335作品、邦画287作品の計662作品が公開され、興行収入は2032億5900万円、入場人員は1億6234万7千人であった。平均して日本人は、年に6.6回映画(含・ビデオ視聴)を鑑賞したことになる。肯定度分析をした結果、「医療一般」や「バイオ専門」に関係する1990年~2000年日本公開の31映画作品の平均FB値は、4.7であった。平均すると否定的に描かれていたことになる。5.1以上の(つまり肯定的な)作品は15作品となり、48%を占め、4.9以下の(つまり否定的な)作品は16作品となり、52%を占めた。全体的な分布は大きく2つのグループに分かれ、「中立に近い(FB値4.5~5.5)」作品のグループ(55%)と、次いで「弱く否定的(FB値2.0~4.4)」な作品のグループ(32%)になった。
また、日本におけるバイオ研究者の事件に関する新聞メディアの研究も行なった。読売新聞の有料データベース「ヨミダス文書館」からバイオ研究者が処分(又は逮捕)された事件の記事を抽出し、読売新聞の記事を用いてデータベースを作成した。その結果、1987年から2002年の16年間で、64件のバイオ研究者の不正行為をリストできた。 不正行為の件数の年次推移を調べると、1987年から1999年の間は、年平均2.2件の不正行為があったが、2000年から2002年の間は、それ以前の5.5倍にあたる年平均12件の不正行為があった。不正行為の内容は、12種類に分類された。賄賂が12件で最も多く、次いで研究費の不正が11件、研究材料の取扱いの不正が7件であった。不正行為の件数を研究機関の組織別に比較すると、大学が94%、企業が3%、公的機関が3%であり、不正行為が大学研究者に偏って発生していた。
結論
「医療一般」や「バイオ専門」に否定的な映画の特徴は、内容自身が「医療一般」や「バイオ専門」に否定的であるだけでなく、描写時間が長いことが特徴であった。また、「医療一般」はFB値が少し高く、「バイオ専門」はFB値が低い傾向をしめした。この理由として、「医療一般」は人間社会に善い行為というイメージがある反面、「バイオ専門」はバイオテクノロジーを対象に恐怖、奇怪、オドロオドロしい娯楽の対象ととらえる要素が高いためと結論できる。このことは、「ヒトゲノム・遺伝子治療・再生医療」分野の研究に対しても、大きなマイナスとなるのは必至である。
また、日本の新聞でバイオ研究者の事件報道が最近急増しており、バイオ研究者、ひいては「ヒトゲノム・遺伝子治療・再生医療」分野の研究に対する不信感、嫌悪感が高まる状況にある。
厚生労働省行政の一環として、メディアの中のバイオ先端医療研究に対する事態の認識、実態の把握、改善のための組織的取り組み、さらにはバイオ研究制度の見直しなど、さらなる研究や何らかの対策が今後、大いに必要である。いたずらに放置すれば、バイオ先端医療研究に否定的な生命倫理観が国民の間にますます根強く形成され、わが国として取り返しのつかない事態が生じるだろう。

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