静止細胞への非ウイルス性遺伝子導入ベクターの開発

文献情報

文献番号
200300379A
報告書区分
総括
研究課題名
静止細胞への非ウイルス性遺伝子導入ベクターの開発
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
石坂 幸人(国立国際医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 志村まり(国立国際医療センター)
  • 片岡一則(東京大学工学部)
  • 河野健司(大阪府立大学工学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
41,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は造血幹細胞や神経系細胞などの非分裂細胞に対して、効率的に遺伝子を発現させるための非ウイルス性ベクターシステムの構築を目的としている。細胞質または細胞の外から核内に高分子を運搬させるためのシステムを構築する一方で、開発途上にある非ウイルス性遺伝子導入システムを発展させ、その後、この両者を融合させることを目指した。
レンチウイルスの一つであるHIV-1は静止細胞へ感染することが大きな特徴の一つで、これはHIV-1のマトリクス蛋白質、インテグラーゼおよびVprの3つの遺伝子産物の共同的な作用によっていることが知られている。特にVprはHIV-1の単球・マクロファージ系細胞への感染に必須であることが報告されており、細胞質で形成されたDNAを核内へ輸送する機能を有しているのに加えて、細胞の培養液に添加されたVprが胞体内に取り込まれるという究めて興味深い機能が知られている。本研究は、このようなVpr機能のドメインを決定しついで、非ウイルス性遺伝子導入システムと融合させることを目標とした。
一方、ナノテクノロジーという百万分の一ミリ規模の超微小スケールでの集積化技術が近年、長足の進歩を遂げつつある。本分担研究で取り組んでいる高分子ナノミセルは、ウイルス(~50ナノメートル)と同等という微小サイズでありながら、分子認識能や環境応答能などのマルチ機能を搭載可能な超機能化システムである。本研究では、遺伝子等を内核に搭載した超機能化高分子ミセルの開発を行い、「必要な時(timing)に、必要な部位(location)で、必要な診断や治療(action)」を最小限の副作用で達成する「ナノ遺伝子治療」を創出する。体内動態の正確な制御を達成するために、高分子ミセルのサイズ分布は天然のウイルス並みに狭くなるように揃え、かつ遺伝子やオリゴ核酸など、特性の異なる搭載分子に適合するような内核構造設計を達成する。
研究方法
Vprは培養液に添加されると効率良く胞体内に取り込まれる。この活性を示す領域を様々なペプチドを用いて明らかにする。ついで、胞体内に取り込まれるペプチドを用いた遺伝子導入を試みる。また、蛋白質補充療法の可能性を明らかにするため、Vprペプチドを有するリコンビナント蛋白質発現用ベクターを作成し、種々の蛋白質にVpr由来ペプチドを付加し、タグが付着した形の蛋白質を作成した。これらを用いて細胞形質転換の有無を明らかにし、ついで、Vpr由来ペプチドをポリリジンに付加した化合物を作成し、これを用いた遺伝子導入を試みる。
一方、ミセルを用いた遺伝子導入システムの開発研究では、1つのカチオンユニットに複数のアミンを有する poly(ethylene glycol)-polycation ブロック共重合体 (PEG-X) を設計し、poly(ethylene glycol)-poly(b-benzyl L-aspartate) の高分子側鎖アミノリシスによって合成を行った。プラスミドDNA(pDNA)をこの高分子ミセル中に包埋し、細胞へ導入した。また、siRNAサンプルをブロック共重合体溶液と混和させ、培養細胞に対するsiRNAによる遺伝子ノックダウンを試みた。
内在性遺伝子ノックダウンは、LaminA/C遺伝子に対して行った。各細胞に対し,siRNA complexを投与し、48時間のインキュベーション後、各サンプルのRNAを抽出、精製した。Real-time PCRシステム(Prism7000, Applied Biosystems)を用いて、LaminA/Cおよび内部標準であるGAPDHのmRNA発現量を定量した。LaminA/Cのノックダウンの評価は、GAPDH発現量を標準としたLaminA/Cの相対的発現量として行い、siRNAを投与していないmock細胞の発現量比(LaminA/C / GAPDH)を基準として表示した。siRNA complexの血清中での安定性評価としては、調製したcomplexを50%血清中で37℃、30 minインキュベーションした後、上記と同様に細胞に投与し、そのノックダウン効果を定量した。
結果と考察
種々のVpr由来ペプチドを合成し、胞体内への取込の有無を解析した結果、VprのC末45個のアミノ酸の内C末端18個のアミノ酸を欠失した部分(C45D18)にこのようなトラッフィキング作用が認められた。Green fluorescent protein(以下GFP)に同ペプチドを付加し、非分裂細胞に対するトラッフィキング能を解析した。即ち、細胞周期のS期で増殖を抑制するアフィデイコリン(以下APC)で細胞を16時間処理した後、ペプチドを付加したGFPを培養液中に添加し、胞体内への取込の有無を解析した。その結果、APC存在下、非存在下いずれの場合にも効率よくGFPの取込が認められた。このような胞体内へのトラフィッキングは、同じHIV由来遺伝子であるTATについても知られている。そこで、TATに由来する9個のアミノ酸からなるペプチドをC45D18と同様のモル比でGFPに結合させ、比較した。用いた細胞は血球系の細胞株であるHL-60を用いた。いずれの蛋白質も3 ug/mlの濃度で一晩細胞に作用させた後、FACSを用いて取り込まれたGFP陽性細胞の頻度を比較した。その結果、C45D18では、全体の50%ほどの細胞にGFPが取り込まれていたのに対して、TAT由来ペプチドを付加させた場合には、GFP単独と比較して、殆ど変化は認められなかった。以上の結果は、C45F18が高分子を細胞の分裂の有無に関係なく、効率よく胞体内にトラフィッキングさせることが可能であることを示す。
一方、ブロックポリマーの遺伝子導入ベクターシステムをさらに改良した。エンドゾームから細胞質への遺伝子の移行を効率的に行うため、ブロックポリマー内に異なるアミンを導入することを試みた。poly(ethylene glycol)-poly(b-benzyl L-aspertate) に対する種々のアミン試薬による高分子側鎖アミノリシスは、ほぼ定量的に進行し、ポリマー組成が同一でカチオンユニットの構造のみが異なる様々なブロック共重合体群(以下PEG-X)を効率よく合成することが可能であった。また、内核部にポリカチオンセグメントとpDNAからなるポリイオンコンプレックスを有するコア-シェル構造のポリイオンコンプレックス(PIC)ミセルであることが示唆された。PEG-Xを用いたPIC型の遺伝子ベクターの遺伝子発現効率をルシフェラーゼアッセイにより評価した結果、カチオンユニットに複数のアミンを有するPEG-Xを用いたPICミセルは、1種類のアミンのみを有するブロック共重合体からなるPICミセルと比較して優位に高い発現効率を示した。特に、カチオンユニットに1級アミンと2級アミン、若しくは3級アミンの組み合わせでアミンが導入されたPEG-Xを使用したPICミセル(PEG-MDPT, PEG-DPT)に於いて顕著な遺伝子発現効率の向上が確認された。これは、カチオンユニット中に導入された比較的高いpKaを有する1級アミンがpDNAとのコンプレックス形成に積極的に関与した結果、pKaの低い2級若しくは3級アミンがその緩衝能を保持したままPICミセル中に導入され、これがpoly(ethylene imine)で報告されているようなバッファー効果を惹起し、PICミセルのエンドソームから細胞質への移行を促進したためであると考えられる。また、PEG-PLL/siRNAミセルを用いた遺伝子ノックダウンでは、内在性・外来性遺伝子どちらも効率よく発現抑制を行うことが可能であった。
結論
高分子を核内へ運搬するペプチドを同定する一方、スムースな細胞質移行能を備えた高分子ミセル型遺伝子ベクターの設計指針が明らかとなった。更には、重要な課題であるsiRNAデリバリーについても本システムが有用であることを示すことが出来た。今後、C45D18ペプチドと高分子ナノミセル融合させることにより、幹細胞への新規遺伝子導入システムの開発が期待される。

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