ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価するための実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300378A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価するための実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 北村義浩(東大医科研)
  • 俣野哲朗(国立感染症研究所)
  • 西山幸廣(名古屋大学)
  • 山田章雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
患者の心筋、骨格筋、肝臓等にウイルスベクターを直接注入する遺伝子治療では、ベクター粒子の毒性と血流に侵入したベクターによる非標的臓器への遺伝子導入の有無が安全性評価の基盤となる。ウイルスベクターの体内動態や消長はキャプシド蛋白質とベクターゲノムに含まれるウイルス由来核酸の性質に依存している。即ち、キャプシド蛋白質は細胞表面の受容体分子との選択的な結合を介して標的細胞に侵入し、発現部位へ導入遺伝子を運搬する。また、患者の免疫系との関わりの主体となる。ウイルス由来核酸は細胞染色体への組み込み等に関わる。従って、導入遺伝子の性質とは別に、各ウイルスベクターには固有の性質があり、この性質はモデルベクターを用いて解析できる。我が国で臨床試験が準備されているアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターとセンダイウイルス(SeV)ベクターを中心に、非病原性のモデルベクターを作り、サルに接種してベクター粒子の急性毒性、ベクターの体内動態、導入遺伝子の発現等を詳細に調べ、これらのベクターを使った臨床試験の安全性・有効性の評価に役立てるのが研究の主要な目的である。ベクターの改良に役立つ材料や情報が得られれば、新たなベクターの開発も行う。
研究方法
研究全般の総括は倉田が行った。AAVベクター、SeVベクター、HIVベクターは、それぞれ神田、俣野、北村が担当し、サル感染実験では山田と佐多が協力した。サル組織の病理学的な検討は佐多が担当した。HSVに関する研究は西山が担当し、佐多が協力した。
1)大量のAAV2型モデルベクターを4頭のカニクイザルに全身投与し、150日目に解剖した。臓器片から抽出したDNAにふくまれるベクターDNAをPCRで調べた。ホルマリン固定標本を作製し、病理学的な検討を加えた(神田、佐多)。
2)AAV9、10型のモデルベクターを作り、培養細胞への感染性と、マウスへ経静脈投与後の体内動態を調べた。AAV2、9、10型のキャプシド蛋白質に対する抗体による各ベクター感染阻害を調べて、中和抗体の交差性を検討した。(神田)。
3)ヒト19番染色体のAAVS1領域に、エンハンサー遮断活性と導入遺伝子の不活化を阻止する機能があるか調べた(神田)。
4)HIVの中央多プリン配列(cPPT)と、それに隣接する配列(dZ部)を挿入したHIVベクターを作製し、HeLa細胞に感染させて遺伝子導入、組み込み、核移行の効率を調べた(北村)。
5)アカゲザルに、SIVのEnv・Nef以外の抗原を発現するDNAを筋注した後、6週目にSIVのGag遺伝子を発現する増殖型SeVベクター(SeV-Gag)と非増殖型SeVベクター(F[-]SeV-Gag)を経鼻接種した。経鼻接種前後(1週間)の末梢血リンパ球中のGag特異的Tリンパ球量を比較した。また、2週目に採取した鼻腔粘膜、扁桃、後咽頭リンパ節、腋窩リンパ節、血液中の、Gag特異的CD8陽性Tリンパ球を定量した(俣野)。
6)再発性乳癌患者(6名すべてHSV抗体陽性の患者)を対象に、HF10を投与する癌治療の第I相/II相臨床試験を行った。HF10製剤の臨床試験用ワーキングロットは、GMPに準ずる方法で作製した。患者の皮膚、皮下の腫瘍にウイルス液を1回ないし3回接種し、接種直後から3週間にわたり局所、全身、血液所見等について調べた。2週間後に接種腫瘍を切除し、病理学的な検討を加えた(西山)。
7)ショットガン法によりライブラリーを作製し、HF10の塩基配列を調べた。
8)マウス膀胱癌由来細胞MBT-2を用いて、Immunocompetentなマウスを担癌動物とした腹膜播種モデル、膀胱腫瘍モデルを作製し、HF10を腹腔内投与して、体重及び生存率を90日間観察した(西山)。
9)カニクイザルリンパ球から抽出・精製したmRNAのcDNAを合成した。これを鋳型とし、Multiplex PCR-SSPによって増幅されたDNAの塩基配列を調べた(山田)。
(倫理面への配慮)動物実験は全て国立感染症研究所動物実験基本方針に沿って、審査委員会に実験計画を申請し、許可を得て行った。HF10を使った臨床試験は名古屋大学医学部倫理委員会の許可を得て行った。
結果と考察
1)AAV2型ベクターを静脈接種後150日のカニクイザルには、リンパ節、脾臓、肝臓を中心に、扁桃、膵臓、腸管、腎臓、胆嚢、副腎、心臓、肺などにベクターが存在した。接種90日後と150日後のベクター量は大きく変わらないことが示された。ベクターが検出された臓器に異常な病理所見は無かった。AAVベクター粒子そのものの毒性は低いものの、いったん臓器に感染したAAVベクターは安定にリンパ系組織を中心に種々の臓器に存在し続ける。患者に直接投与されたAAVベクターが血流に入ると、非標的臓器に感染し、長期間にわたって導入遺伝子を発現する可能性を示しており、ベクターの存在様式や導入遺伝子の発現をさらに詳しく調べておく必要がある(神田、佐多)。
2)カニクイザルから分離されたAAV9型、10型の中和抗体とヒトから分離され、現在遺伝子治療用ベクターとして利用されているAAV2型の中和抗体には交差性が無い。多くのヒトがAAV2型に感染しており、抗体も持っていることが知られており、AAV2型ベクターの臨床応用では、ベクターに対する感染中和抗体が速やかに患者に誘導され、複数回接種の障害となっている。AAV9型、10型を使ったベクターは、この問題を回避できると思われる。また、筋肉細胞は分裂や死滅しない安定な細胞として、長期にわたる治療用遺伝子を発現させる臓器に適しているが、AAV2型ベクターは筋肉への遺伝子導入効率が低いことが明らかにされている。筋肉に対する感染性が高いAAV9型、10型ベクターは新しい遺伝子治療用ベクターになると期待できる(神田)。
3) AAVS1領域のDNaseⅠhypersensitive siteを含む330bpのSmaⅠ断片に、エンハンサー遮断機能、及び染色体に組み込まれた外来遺伝子の不活化を阻止する機能があり、典型的なインシュレーターが存在することがわかった。このインシュレーターを治療用遺伝子の発現カセットの両端に付加することで、導入遺伝子を長期間、安定に発現させることができる可能性がある(神田)。
4)HIVベクターに挿入されたcPPTは核移行後のなんらかの過程に関わり、HIVベクターの遺伝子導入効率をあげるらしい。また、cPPTの近傍領域にはHIVベクターのRNA量に関わる機能がある。これらの発見は、HIVベクターの開発に役立つ(北村)。
5)非複製型F欠損SeV-Gagベクターの経鼻接種は、複製型SeV-Gagと同様のGag特異的免疫誘導が可能であることが示された。非複製型を用いたDNA/F(-)SeVプライム・ブーストシステムは、実用的なエイズワクチンとなりうる。また、霊長類動物の扁桃はマウスのnasal-associated lymphoid tissue (NALT)の一部に相当すると考えられている。サルをDNA/F(-)SeVプライム・ブーストシステムで免疫すると扁桃において、Gag特異的CD8陽性Tリンパ球の誘導が認められたことは、このワクチンシステムの粘膜細胞免疫誘導能を示唆している(俣野)。
6)HF10をヒトの転移性乳癌腫瘍に直接接種する臨床試験では、明らかな副作用は無く、一定の殺腫瘍作用が認められた。弱毒化HSVの接種は、ウイルス増殖を薬剤で抑制することが可能なので安全性は高い。この治療方法は、化学療法、放射線療法とならぶ非外科的な癌治療法の一つとなる可能性がある。
7)カニクイザルのクラスIMHCのA座のタイピングを簡易に行う手法としてSSP-PCRを確立した。また新たにB座のアリルを明らかにした(山田)。
結論
AAV2型ベクターをカニクイサルに大腿静脈から大量に全身投与すると、ベクターはリンパ組織を中心に様々な臓器に感染し、接種後150経っても存在し続けていた。90日目と150日目における各臓器のベクター量が殆ど変わらず、ベクターはさらに長期にわたって存在すると推定されるので、ベクターの存在様式の詳細な解析が必要である。カニクイサル由来のAAV9、10型は2型と抗原性、臓器親和性が異なり、新たな遺伝子導入ベクターとして利用できる。安全性が向上した非増殖型F(-)SeVベクターは、増殖型SeV同様の導入遺伝子発現能を持つことが強く示唆され、HIV感染予防ワクチン抗原発現系として実用化が期待できる。増殖性弱毒化HSV欠損ウイルス(HF10)を転移性乳癌腫瘍に直接接種すると腫瘍細胞を殺す効果が示された。副作用はなく、化学療法、放射線療法とならぶ非外科的な癌治療法の一つに発展する可能性がある。

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