筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300377A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木友子(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 渡邊武(九州大学生体防御医学研究所)
  • 山元弘(大阪大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、DMD遺伝子の変異によるX-連鎖性の進行性筋疾患である。DMDに対する有効な治療法はなく、ウイルスベクターを用いたdystrophin cDNAの遺伝子導入が有効な治療法の一つと考えられる。我々は、これまでジストロフィン欠損のマウスモデルを用いて、免疫原性が低く、導入遺伝子の長期発現が可能なアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて、短縮型でありながら、筋ジストロフィーの表現型を改善する能力を持つmicro-dystrophinの遺伝子治療についての研究を行ってきた。本研究では、全長のジストロフィン分子の機能を損なわないようにデザインしたマイクロジストロフィン(ΔCS1, Sakamoto et al, 2002)をAAV-2ベクターに組み込んだAAV2-MCKΔCS1を作成し、筋ジストロフィーのモデル動物であるmdxマウスに導入し、その治療効果を検討した。本年度は、並行して進めてきたジストロフィン欠損の中型モデル動物である筋ジストロフィー犬を用いてAAVベクターの有効性を検討した。
これまで治療研究に用いられてきたmdxマウスはジストロフィンが欠損していて、病因はDMDと同じである。しかし臨床的には筋力低下がほとんどみられないことが、遺伝子治療などの治療実験を行う妨げとなっていた。このmdxマウスにさらにutrophinをノックアウト(KO)したマウスがDaviesらにより作成され、それは進行性の筋力低下をみる。その実用性について実証する。
研究方法
1.mdx マウスに対するAAVベクターの導入
1)マウス
筋変性の始まる前の10日齢のmdxマウスと筋変性・壊死が活発に起きている5週齢のmdxマウス、及びそのコントロールとしてC57Bl/10マウスを使用した。
2)ウイルス
以前報告した方法で(Yuasa et al, 2002, Gene Ther. 9, 1576-) AAVベクター(AAV2-MCKΔCS1)を作成した。
3)組織学的解析
骨格筋組織片は、凍結プロックを6-10 _mに薄切し、ヘマトキシリン・エオシンで染色、あるいは抗ジストロフィン抗体で染色した。また筋線維径は、Image Pro Plus (Media Cybernetics)を用いて計測した。
4)筋張力測定
TA筋を膝骨に付けたまま、遠位側は腱を付けたまま、採取し、以前報告した手法で(Hosaka et al, 2002, JCB 16, 1097)強縮時の最大張力を測定した。
2.筋ジストロフィー犬を用いた研究
1)筋ジストロフィー犬コロニーの確立
平成13年3月厚生労働省によって国立精神・神経センター内に中型実験動物研究施設が建設され、同年11月より筋ジストロフィー犬の飼育が開始された。さらに、同14年6月から同施設内の繁殖を開始したが、同15年6月から人工授精による繁殖を開始する。
2)筋ジス犬骨格筋に対するAAVベクターの導入
2日齢から1歳齢の筋ジストロフィー犬、キャリア犬、正常対照犬の前肢筋及び後肢筋に対し、AAVベクターを導入し、組織学的に導入遺伝子の発現を検討した。更に、発現カセットを欠いた空のAAVベクターを導入し、解析した。AAVベクターの導入前よりCyclosporinを経口連続投与し、そのAAVベクター導入に対する影響についても検討した。
3.新たなマウスモデルに関する研究
対象:mdxマウスでutrophinがKOされたものmdx/utro -/-3匹、mdxマウスでutrophinがあるもの(通常のmdxマウス)mdx/utro -/+3匹を対象とした。すべてのマウスは生後14-17週齢のものであった。実験に使用した全てのマウスは実験動物中央研究所の日置研究員らから供与された。
方法:体重測定を行い、筋力低下の有無を閉鎖箱の中の運動量、金網よじ登り試験で確認した。動物は安楽死させ、前頸骨筋(白筋)、長指伸筋(白筋)、ヒラメ筋(赤筋)、心筋、横隔膜を採取して、組織化学染色、電子顕微鏡検索用に固定した。
結果と考察
1.mdx マウスに対するAAVベクターの導入
1)AAV2-MCKΔCS1の発現効率は、10日齢でmdx筋に導入した場合、24週後で20%程度であった。一方5週齢で導入した場合、24週後でも約50%の筋線維でジストロフィンの発現が認められた。
2)10日齢でのAAV2-MCKΔCS1の導入により、ΔCS1陽性線維の中心核線維の割合いは対照群の90%に較べ、約10%程度に減少しており、ΔCS1の発現が、筋変性を抑制したと考察される。
3)10日齢に導入した場合、AAV2-MCKΔCS1陽性 mdx筋は、代償性に肥大していた。
4)AAV2-MCKΔCS1を導入したmdx TA筋では、specific tetanic force (mN/mm2) が対照群と比較し著明に改善していた。
AAV2-MCKΔCS1は、mdx 骨格筋に長期に発現し、発現が認められた筋線維では病理学的な改善が認められ、また筋張力もコントロールマウスに近い値を示した。よって、AAV2-MCKΔCS1は、有効であると考えられる。しかし、現在は、局所の治療に留まり、全身的な治療効果は認められない。今後は、経静脈的、経動脈的なdeliveryが有効なAAVベクターに切り替えていく必要がある。
2.筋ジストロフィー犬を用いた研究
1)筋ジストロフィー犬のコロニーの確立
平成15年度内にキャリア犬を用いた計3回の分娩を経験した。平成16年3月で長野県諏訪市にある中外医科学研究所の筋ジストロフィー犬コロニーの閉鎖もあって、同月の時点で筋ジストロフィー犬7匹、キャリア犬29匹、正常ビーグル犬2匹が飼育され、病態研究と遺伝子治療研究が行われた。
2)筋ジストロフィー犬骨格筋に対するmicro-dystrophin遺伝子組み換えAAVベクターの導入
2日齢から1歳齢に至るどの時期の実験犬に導入した場合でも、強い細胞浸潤が見出され、導入遺伝子産物の発現はほとんど見られなかった。しかも、その結果は、lacZ遺伝子でも、micro-dystrophin遺伝子を導入した場合でも、ubiquitousな発現パターンを示すCMVプロモーター、筋特異的な発現パターンを示すMCKプロモーターを使用した場合でも変わることがなかった。組織学的にCD4、CD8陽性細胞が多数観察された。そこで、発現カセットを欠いた空のAAVベクターを導入したところ、ほとんど細胞浸潤を生じていなかった。更に、マウス及びイヌ骨格筋から初代骨格筋培養細胞を樹立し、AAVベクターの導入を行ったが、イヌ培養細胞ではマウスに比べて発現の効率は高い傾向が認められた。そこで、導入5日前から免疫抑制剤の投与下にAAVベクターの投与を行ったところ、全例ではないが、導入遺伝子産物が顕著に発現する場合があった。
イヌにおいては、AAVベクターを用いて遺伝子導入を行った場合に、マウスとは比較にならない程度で導入遺伝子産物に対する強い免疫応答を生じていることは確定的であり、今後、分子免疫学的背景を追究し、対抗策を見出すことが急務である。
3.新たなマウスモデルに関する研究
1)成長:通常のmdxマウス(-/+)では生後14-17週の体重は22.0-27.1g(平均 24.7g)であったのに、utrophin KO mdx (-/-マウス)では15.3-17.1g (平均 16.4g)と優位に体重が軽かった。さらに脊柱の変形もみられた。別の一匹は15週でるいそうのため死亡した。
2)筋力低下:-/-マウスでは筋力低下は歴然としていた。閉鎖箱の中の動きは少なく、-/+の1/5以下であった。また金網よじ登り試験でも、金網にしがみついても移動はほとんどなく落下した。-/+のものでは金網をつたっての移動が可能で、筋力低下による落下は30秒以内にはみられなかった。
3)組織所見:いずれのマウスでも赤筋、白筋とも同程度に侵されていた。筋線維の大小不同、壊死・再生、結合織の増加がみられ、その程度は-/-にはるかに強かった。また-/-、-/+いずれも横隔膜が強く侵されていて、-/-ではtarget/targetoid構造がみられた。電子顕微鏡的には筋線維の壊死、再生像がみられたが-/-に特異的な変化はみられなかった。
mdxマウスでは再生が壊死を代償するために筋力低下がこない。しかも、ジストロフィン類似性が高いutrophinが過剰発現していて、壊死を多少なりとも抑制していると考えられていた。Kay DaviesらはmdxマウスでutrophinをKOすれば、mdxマウスはより重症化すると考え、この-/-が作成された。同マウスは進行性の筋力低下をみるので、遺伝子治療などで臨床的な効果をみるのには不可欠の動物であろう。
結論
1.AAV2-MCKΔCS1はmdxマウスの筋変性を抑制するのに有効であった。今後は全身的なウイルスベクターのdelivery法の開発が必要である。
2.中型実験動物研究施設において、人工授精により筋ジストロフィー犬の繁殖を開始し、よって我が国における筋ジストロフィー犬コロニーの確立をみた。
3.筋ジストロフィー犬及びその対照犬の骨格筋に対するAAVベクターを用いた遺伝子導入を試みたが、強い免疫応答により、導入遺伝子の発現が認められないという結果を得た。
4.Utrophinノックアウトmdxマウスは、進行性の筋力低下、強い筋ジストロフィーの病理変化をみるので、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデル動物としてきわめて有用性が高いことが確認できた。

公開日・更新日

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