サル完全長cDNAの配列決定とヒト遺伝子との比較解析および配列情報に基づくcDNAアレイ作製と応用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300375A
報告書区分
総括
研究課題名
サル完全長cDNAの配列決定とヒト遺伝子との比較解析および配列情報に基づくcDNAアレイ作製と応用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
橋本 雄之(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 楠田潤(国立感染症研究所)
  • 平井百樹(東京大学大学院新領域創生科学研究科)
  • 菅野純夫(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトゲノム全塩基配列決定後も、ゲノムの遺伝子部分の確定とその機能解明のために、分離した完全長cDNAクローンとその配列情報を研究材料とすることは依然として必要である。本研究ではヒトに近いモデル動物としてのカニクイザル完全長cDNAのカタログに基づくヒトゲノム遺伝子領域解析をめざして、1)カニクイザル脳 7領域、精巣および肝臓から、オリゴキャップ法により作製したライブラリー由来cDNAクローンをもとに、ヒト参照遺伝子(RefSeq)配列に相当するものを検索し、その全長塩基配列を決定し、ヒトとの配列比較解析を行う。カニクイザルを主とするが遺伝子によって適宜チンパンジーcDNAも比較に加えて、種特異的に出現(欠失)している遺伝子や種特異的進化を示す遺伝子の探索など、遺伝子進化の異同を解析し、ヒトの進化的成り立ちを遺伝子レベルで追究する。特に、ヒトの遺伝疾患として記載のあるものについてはサルcDNAとの配列比較により進化的差異を解析し、種による遺伝子機能変化と病因との関係を探る。2)上記で分離したカニクイザルcDNAの配列情報に基づき、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ作製を試み、バンクからアレイで供給できるようにする。これによってこれまで不明だったヒトの疾病に関連する遺伝子の同定から機能解明に向けた研究、また、既に関係の知れたものも含めて遺伝子の機能変化とその疾病の成因との関係を解析する研究の発展に資することを目的とする。  
研究方法
1)サル脳 各部の7組織及び精巣、肝臓から分離した完全長候補cDNAについて部分塩基配列を決定し、相同性検索によりヒト参照遺伝子(cDNA)配列に相当するものについて、その全長塩基配列を年3,000個決定(一部、台湾アカデミアシニカ分子生物学研究所との共同研究)し、カニクイザル参照遺伝子セットを作製する。ヒトとの配列比較を行い、遺伝子進化の異同を解析し、種の独自性との関連を追究する。特に、ヒト疾患遺伝子に対応する配列を検索し、対応するサルcDNA全長配列決定を行い、ヒトで病気を引き起こす遺伝子の変化と進化過程での変化の比較解析を進め、配列の差と病因との関係を探る。2)チンパンジー組織が入手できたので、新たに精巣cDNAライブラリーを作製してcDNA数(約1万)を増やして、5'端配列を決定する。そのデータをふまえて、上記の配列比較に適当なチンパンジーcDNAを加えることにより、種特異的に出現(欠失)している遺伝子や種特異的進化を示す遺伝子の探索を行う。3)肝臓由来cDNAクローンを含めて、カニクイザルcDNAクローン9万個について、その配列情報をもとに、オリゴヌクレオチドを設計し、オリゴヌクレオチドマイクロアレイを試作する。その利用法を探りバンクから供給できるようにする。
(倫理面への配慮)
カニクイザルは国立感染症研究所サル需給調整委員会及び動物実験委員会で審議されたもので、殺処分を行わざるをえなくなったものを霊長類センター研究員との共同研究という形で分与を受けた。チンパンジー組織は三和科学所有で自然死したものから、同所倫理委での議を経て分与を受けた。
結果と考察
1)これまでに分離した約7万クローンのうち、45,000クローンがヒト参照遺伝子(RefSeq)の 8,200種に対応した。それらの代表クローンの全長配列を決めることを台湾アカデミアシニカのグループと共同で進め、脳由来約5,000、精巣由来約2,200の全長配列を決定した。これらのうち、4,018クローンがヒト参照配列8,200種に入るものであり、新たに396クローンがRefSeq遺伝子に、333クローンの配列が新規ヒト遺伝子に高いホモロジーを持つものであることが分かった。こうしたヒト遺伝子配列と相同性のあるクローンについて、ORFがほぼ一致するもの、精巣由来クローン588ペアについて、塩基置換率を求めたところ、同義置換座位及び非同義置換座位における塩基置換率(Ks及びKa)は5.70%および1.55%であった。コード領域全体(CDS)の塩基置換率は2.54%であり、アミノ酸配列の置換率は2.78%であった。いづれもチンパンジーとヒト226遺伝子についての値と比べると4-5倍高い置換率を示した。特に、非同義部位の塩基置換率値が高い、すなわち、進化の過程でアミノ酸変化を起こしてきた度合いが高いことが示唆された。これはチンパンジーやカニクイ脳由来cDNAの場合、ヒトとの一致度はCDSでは高く、アミノ酸配列ではさらに高くなっているのに比べて興味あるデータである。2)カニクイザル脳で発現している神経疾患関連遺伝子をヒト相同遺伝子と比較するために、75種類のカニクイザルのヒト神経疾患遺伝子ホモログの重複する251クローンについて挿入配列全長を解読したところ、181配列(72%)はヒトのものと一致する、完全なORFをコードしており、50配列(20%)はスプライシングの異常によると思われる欠失や挿入を含むことが分かった。なかでも33配列は新規のスプライス変異体である可能性が示唆された。スプライス変異体約20%の割合はヒト大量ESTに基づく40-60%という推定値を下回るが、この減少がカニクイザル脳で発現している遺伝子に共通した現象なのか、また神経疾患遺伝子に特徴的なものなのか不明である。また、33配列についてはこのようなスプライス変異体がヒト脳でも発現しているのか、非ヒト霊長類に特徴的なものかといった点を検証し、霊長類のヒト化にともなう脳機能の精緻化や神経疾患の発症との関連性を追究する手がかりにしたい。3)チンパンジーの完全長cDNAライブラリーを作製し、約1.5万クローンから得られた5'端配列について、3,771種のヒト既知mRNAに対応する配列が得られた。それらのうち約200配列について全長配列を決定した。5'端配列のうち1遺伝子につき複数クローンが得られた226種の遺伝子について、コンセンサス配列を決定することにより、ヒトとの配列一致度を比較した。この解析過程で、塩基の挿入・欠失 (indel)に注目したところ、indelはCDSより5'-UTRで約13-14倍多く起こっており、これを考慮するとヒトとの配列の違いは、1塩基置換率のみの場合より5'-cDNA全体で1.2-1.4倍大きくなることが明らかとなった。4)これまで得られた配列データを、チンパンジー、カニクイザル等のゲノム配列にマップし、チンパンジーでは約400の、カニクイザルでは約300の遺伝子について、転写開始部位についてマップすることができた。これらの転写開始部位を含む約1,000塩基のゲノム領域をチンパンジーおよびカニクイザルのゲノムDNAからクローン化をおこない、その活性をヒト培養細胞で検討したところ、ほとんどすべてのものにプロモーター活性が認められた。
結論
カニクイザル脳 各部および精巣から分離したcDNAで、ヒト参照遺伝子の 8,200種に対応する代表クローンの全長配列決定を行い、脳由来約5,000、精巣由来約2,200の全長配列を決定した。また、75種類のカニクイザルの神経疾患遺伝子ホモログについて重複するcDNAを選別し、新規転写変異体33配列を含む251クローンの配列を決定した。チンパンジーの完全長cDNAライブラリーを作製し、約1.5万クローンから得られた5'端配列について、3,771種のヒト既知mRNAに対応する配列が得られた。それらのうち約200配列について全長配列を決定した。これまで得られた配列データを、チンパジー、カニクイザル等のゲノム配列にマップし、チンパンジーでは約400の、カニクイザルでは約300の遺伝子について、転写開始部位についてマップすることができた。これらの塩基配列情報ならびに全長cDNAクローンは、生命医科学諸分野の進展のための価値の高い研究資源となるものである。

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