血栓症に関連する遺伝子の同定と多型解析に基づいた予防と治療の個別化

文献情報

文献番号
200300366A
報告書区分
総括
研究課題名
血栓症に関連する遺伝子の同定と多型解析に基づいた予防と治療の個別化
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 棚橋紀夫(慶應義塾大学医学部)
  • 小川聡(慶應義塾大学医学部)
  • 渡辺清明(慶應義塾大学医学部中央臨床検査部)
  • 村田満(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
56,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は血栓症、特に動脈血栓症の患者を収集し、検体採取、臨床所見、検査値などのデータベースを構築すること、および動脈血栓症に重要な役割を演じている血小板や凝固因子に着目し、その遺伝的多様性(正常人)や遺伝的変異(疾患)と機能との関連を探索することにより、血栓形成メカニズムを分子学的に明らかにすることを目的として開始された。具体的には、 (A )既知の一塩基多型single nucleotide polymorphism (SNPs)と血栓症の頻度、重症度、血栓形成部位特異性(脳、冠動脈、深部静脈など)の関係を患者-対照試験で検討する。(B) 血栓形成能と関連する新たなSNPsの発見とその機能解析を行う。(C )特定の治療がどの遺伝子型の患者に有効かについての前向き臨床研究を計画する。(D)血栓形成と深い関係がある巨核球-血小板、血管内皮細胞などのRNAを解析し、新たなtranscriptを同定する。以上より、血栓症リスク予測のための遺伝子診断システムを構築し、個体にあわせた予防法と治療法を確立することを目標とした。
研究方法
(1)候補遺伝子に見られるSNPsの疾患関連研究 
脳血管障害に関連する遺伝子多型の総括的解析:対象は虚血性脳血管障害(CVD)患者200例であり、内訳はアテローム血栓性脳梗塞52例、ラクナ梗塞126例、TIA22例であった。すべての患者について脳のCTスキャンまたはMRIを行い、NINDS(による診断基準に基づいて分類した。動脈硬化、血栓形成、血圧等に関連する15の遺伝子の多型を解析した。
ADAMTS13遺伝子における多型と血栓症の関連:患者-対照研究で、ADAMTS13遺伝子多型が血栓症の危険因子となりうるかを検討した。虚血性脳血管障害 (CVD) 患者 232名、冠状動脈造影を施行された冠動脈疾患 (CAD) 患者 191名、健常人342名を対象とした。
(2)候補遺伝子に見られる遺伝子変異の機能への影響のin vitroでの検討 
血小板膜GPIbαの多型の機能への影響、血液凝固因子の変異とその機能、レジスチン遺伝子多型、ADAMTS13遺伝子における多型と機能の関連を検索した。
(3)候補遺伝子における新規SNPsの探索
日本人71名のgenomic DNAを対象にADAMTS13遺伝子の全エクソンと、エクソンーイントロン境界領域の塩基配列を解析した。発見されたSNPについて健常人を対象にしたタイピングにより遺伝子型頻度を求めた。
(4)血小板に発現するmRNAの網羅的解析
健常人より末梢血50mlを採取し可及的すみやかに1/9量の3.8%クエン酸と混合、通常の方法で遠心により多血小板血漿をえた。白血球除去フィルター処理等で血小板を純化した。
(倫理面への配慮)
採取する血液検体については「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に従って扱い、研究対象の候補となる患者からは厚生科学審議会によって作成された「遺伝子解析研究に関するガイドライン」に則ったインフォームドコンセントを行い、文書による同意を得ることとした。  
結果と考察
(1)候補遺伝子に見られるSNPsの疾患関連研究 
脳血管障害に関連する遺伝子多型の総括的解析:解析した15の遺伝子多型で、コントロール群と比べCVD患者でリスク型遺伝子の出現頻度が高かったのはGPIbα(p=0.0956)、APO-E(p=0.0801)、p22PHOX(p=0.0760)の3遺伝子のみであった。すべてのCVD患者ではリスク型を2つ有するもので2.67、1つ有するもので1.63であったが、60歳未満に限って解析すると、リスク型遺伝子を2つ有するものはそのオッズ比が4.68と有意に高く、同様に60歳未満で解析して求めた高血圧(4.90)の次に高く、喫煙(4.22)よりも高いオッズ比であった。
表には示さないが、60歳未満で、リスク型遺伝子を2つ持つものはCVD患者で10.6%なのに対し、コントロール群では2.9%のみであった(p<0.05)。リスク型遺伝子を2つ有するものと、1つあるいは1つも持たないものと比較したところ、平均発症年齢で約5歳の差を認め、危険率0.0254でリスク型遺伝子を2つ有するものの発症年齢が有意に若いことが解析の結果から判明した(渡邊清明,棚橋紀夫)。
他の候補遺伝子:GPVI(コラーゲン受容体)の多型とCADに関連が見られた(小川 聡)。またADAMTS13遺伝子における多型と血栓症の関連CVD患者、CAD患者、健常人を対象として多型の頻度を解析したが、有意差はみられなかった(小川 聡,棚橋紀夫,村田 満)。E-selectinのA561C多型は日本人の心筋梗塞の相対危険度を2倍にすると報告された。そこで虚血性脳卒中とE-selectinのA561Cの多型について検討した。ロジスティック解析の結果、虚血性脳卒中と高血圧(P<0.001)、喫煙歴(P=0.002)、糖尿病(P<0.001)との間で相関関係が認められたが、C alleleの存在と虚血性脳卒中(P=0.566)やその他の危険因子との間には相関関係は認められなかった(棚橋紀夫)。またMMP-9のC-1562T多型性は、既知の冠動脈危険因子から独立して冠動脈病変の重症度と関連し、また、 冠動脈の新規狭窄病変の出現とも関連した。(小川 聡)。
(2)候補遺伝子に見られる遺伝子変異の機能への影響のin vitroでの検討
血小板膜GPIbαの多型の機能への影響:流動状態下において、145M/4Rが145T/1Rに比し有意にvWFと高い反応を示すことが示された。145T/4R、145M/1Rは前述2つの中間の値を示し、これらの間にvWF反応の差異は認められなかった(村田 満、池田康夫)。 
血液凝固因子の変異とその機能:凝固XII因子にTrp486→ Cysが同定された。この変異をCHO細胞に導入したところ、XII因子蛋白は細胞内にはコントロールと同レベルかそれ以上見られたが,細胞培養上清には見られなかった。次に細胞lysateのmRNA量を定量したところ、変異を導入した細胞にはコントロールと同等以上のXII因子mRNAが存在していることが明らかとなった(渡邊清明)。
レジスチン遺伝子多型:全長約2500bpのDNAについて、プロモーター領域
では-1093,-638、-420、-358の4カ所に、イントロンには-167、+157、 +299、+739、+877の5カ所で、計9個のSNPがあり、そのうちピンクで示した-1093A>Gと+739C>Gは新規のSNPであった。新規SNPの出現頻度は-1093AAが81.7%、AGが18.3%、+739ではCCが35.0%、CGが33.3%、GGが31.7%であった。また他のSNPでの出現頻度については、ほぼ既報に準じていた。(渡邊清明)。
ADAMTS13遺伝子における多型と機能の関連:発見された3つの変異(Q448E, P475S, S903L)を導入したvectorをHEK293細胞にトランスフェクトすると、培養上清中にはQ448E, P475S, S903Lのいずれの場合も野生型と同等量のADAMTS13の発現が確認された。組み換えADAMTS13蛋白の活性は、野生型に比較しQ448EとS903Lではほぼ同等であったが、P475Sでは著明な低下が見られた(村田 満)。
(3)血小板に発現するmRNAの網羅的解析
巨核球-血小板、血管内皮細胞などのRNAを解析しalternative splicingなどによる新たなtranscriptを同定するため、血小板中に微量に含まれているmRNAを分離し、transcriptome解析を行うことによってその定量的、定性的評価を行った。GeneChipにより、血小板に発現する遺伝子が500以上同定された(池田康夫)。
結論
血栓症と関連する因子に新たな遺伝子多型や変異を同定し,これらのうち幾つかは当該因子の血中濃度や機能、そして疾患と関連することを示した。虚血性脳血管障害と関連が予想された遺伝子多型の解析で、リスク型遺伝子を同時に複数有することは、CVD発症のリスクを増加させ、より早期の発症をもたらす可能性のあることが示唆された。また動脈血栓の形成に重要な血小板機能を調節するADAMTS13、血小板膜GPIb/IX/V複合体やGPVIの多型と血栓症の関連を示した。さらに,高純度の血小板から得たRNA解析により血小板に発現する遺伝子が多数同定され、今研究で初めて血小板のmRNAレパートリーが解析可能となった。

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