薬物代謝系の制御機構の解明と薬剤に対する生体側の感受性決定因子の探索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300360A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物代謝系の制御機構の解明と薬剤に対する生体側の感受性決定因子の探索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
山本 雅之(筑波大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
45,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、様々な医薬品開発が進み、生活習慣病に対する薬剤治療が成功裏に行われるようになりつつある。また、生活習慣病以外の疾患に対しても、投薬治療が有効に行われている。しかしながら、薬剤には期待される効果と同時に、毒性・副作用が付随するのが常であり、個人によってはその発生が重大問題となる。したがって、これからの高齢化社会においては、薬剤急性毒性を未然に防止し、個人の体質に応じて適切な薬剤を適正な投薬量で処方する体制づくりが急務である。
本研究の目的は、薬物代謝に関わる酵素群の遺伝子発現制御機構を転写因子レベルで包括的に解明することである。この目的で、動物個体を用いた発生工学実験と分子生物学実験を行う。また、その制御に関与する因子群のヒトにおける機能と遺伝子多型を解析することを通して、個人ごとの薬剤に対する感受性を予測し、投薬量の最小化や薬剤急性毒性の発症を最小限にくい止める方策を開発することである。本研究は、厚生労働省の掲げる「個人の特徴に応じた革新的な医療の実現」の課題に、生命科学の最先端から挑むものであり、本領域の世界標準の形成を目指すものである。
本研究より、薬物代謝酵素群遺伝子の発現制御機構の包括的理解が進むとともに、薬剤の急性毒性発症を規定する因子を解明することができるものと期待される。また、ヒトにおいて、低レベル薬物代謝能と連関する制御因子の遺伝子多型を予め調べることにより、薬剤感受性の高い個人を予測することが可能となる。さらに、急性毒性発症機構を分子レベルで解明することにより、それを回避するための補助薬などを開発することが可能になる。すなわち、本研究により、個人の特徴に応じた医療の実現が可能になるものと考える。一方、薬物代謝制御機構の分子レベルでの正確な理解と制御因子遺伝子の改変マウスは、薬剤や食品添加物、農薬の評価基準を算出する際に、確固とした生物学的な根拠を提供するモデル系作出に繋がる。
初年度に引き続き、薬剤感受性規定の候補因子であるNrf2とKeap1遺伝子について、分子レベルでの機能解析を進め、マウスにおけるそれらの重要性の検討を行った。また、Nrf2活性化剤の開発に向けた取り組みも開始した。
研究方法
Nrf2-Keap1制御系の活性化機構を明らかにするために、Keap1分子の構造活性連関解析を行った。また、Nrf2欠損マウスの表現型解析を目的として、同マウスが発癌性のある化学物質に対して感受性が高いか否かを検討した。さらに、Nrf2-Keap1制御系の活性化をもたらす異物代謝系第1相反応の代表的な制御因子であるダイオキシン受容体(AhR)分子とその抑制因子であるAhR Repressor(AhRR)の遺伝子破壊マウスを利用して、異物代謝の第1相反応と第2相反応の生体における相互作用と特異的な機能を明らかにした。Nrf2活性化物質の探索の一環として、内在性の活性化物質の同定も行った。
結果と考察
1)Nrf2-Keap1制御系の活性化機構の分子レベルでの解析?Nrf2は、親電子性試薬、あるいは酸化ストレス刺激により、Keap1から解離して安定化し、核内に移行して、標的遺伝子の転写を活性化する。Keap1はシステイン残基に富む分子であり、特に、反応性が高いとわれる塩基性アミノ酸に隣接するシステインが複数存在する。これらの中で、親電子性物質が直接結合し得るシステイン残基を化学修飾実験から同定した。さらに、ここで反応性が示されたシステイン残基の細胞内における機能的重要性を明らかにするために、培養細胞に対する一過性遺伝子導入によるレポーター解析を行い、Keap1のIVRドメインに存在する2つのシステイン残基の重要性を証明した。また、Keap1は細胞骨格を構成するアクチン分子への結合因子であるが、実際にアクチンとの結合がKeap1のNrf2抑制能に重要であることを、培養細胞に対する遺伝子導入実験により明らかにした。これらは、Keap1が親電子性試薬のセンサー分子の一つであり、細胞骨格を足場にして機能することを証明したものである。
しかしながら、培養細胞実験系では、Keap1とNrf2は過剰発現状態にあり、また、それらの存在量比も人工的に決められている。このことから、本実験系が真に生理的状態の結果を反映しているか否かは、個体レベルでの検証の結果を待たなくてはならない事象である。そこで、一つの検証系として、keap1遺伝子欠失マウスを用いたトランスジェニックコンプリメンテーションレスキュー法を確立した。すなわち、keap1遺伝子のプロモーター上流領域5.7 kbpをレポーター遺伝子に連結してトランスジェニックマウスを作製したところ、内在性keap1遺伝子の発現をほぼ忠実に再現した。そこで、同領域にKeap1 cDNAを連結してKeap1発現マウスを作製し、同マウスをkeap1欠失マウスと交配したところ、同マウスの表現型を完全にレスキューすることが可能であった。すなわち、食道と前胃に認められていた異常角化が改善し、keap1欠失マウスの致死性は回避された。また、肝における異物代謝系酵素群の過剰誘導も消失していた。本実験系を利用すれば、種々のKeap1変異分子の機能解析が可能となる。すなわち、ここに個体レベルでのKeap1分子の機能検証系が確立された。
2)薬剤の急性・晩発性毒性発症におけるNrf2-Keap1制御系の関与の検討
(i)nrf2欠損マウスの易発がん性の検討:第1相反応により形成される活性型代謝中間産物は、往々にして生体高分子に対する障害性を示し、組織障害や発癌を惹起するが、一方、Nrf2が制御している第2相酵素群はこれらの中間産物を無毒化して、その排泄を促す。Nrf2により制御される酵素・蛋白質群が、薬物の急性毒性のみならず、晩発性である発癌に対してどのような貢献を果たすのかを明らかにするために、nrf2欠失マウスを用いたいくつかの発癌実験を行った。その結果、nrf2欠失マウスはベンツピレン皮下投与により皮下腫瘍を発生しやすく、また、BBN経口投与により膀胱腫瘍を発生しやすいことが明らかになった。一方、オルティプラッツは、野生型マウスに対して化学発癌抵抗性を獲得させる働きをもつが、nrf2欠失マウスでは同効果は認められなかった。このことから、オルティプラッツはNrf2活性化を介して生体に発癌抵抗性を賦与することが明らかになった。これらの結果は、Nrf2により制御される酵素・蛋白質群が化学発癌予防に重要であることを明解に示すものである。
(ii)AhRR欠損マウスの易発がん性の検討:AhRの抑制因子であるAhRRの遺伝子破壊マウスを作製し、同マウスにおける発がん性の有無を調べた。同マウスでは、AhR機能に対する抑制がかからない状態になっているため、3-メチルコラントレン投与によるCYP1A1の誘導が延長している。そのため、皮下にベンツピレンを投与した場合、その酸化が亢進し、DNA障害性を有するエポキシド生成が増加して、発癌が促進されるものと予想した。しかし、予想に反して、AhRR遺伝子欠失マウスでは、腫瘍発生により長い時間がかかるという結果が得られ、同マウスはかえって化学発癌抵抗性を獲得していることが明らかになった。この事象に対する一つの説明として、同マウスにおいては、CYP1A1をはじめとする異物代謝系第1相酵素群の誘導が促進されているのと同時に、第2相酵素群の誘導も認められており、この影響でかえって発癌抵抗性が認められた可能性があげられる。一方、両方の遺伝子を欠失した(AhRR::nrf2)マウスではこの抵抗性は認められなかったことから、Nrf2により低レベルながらも誘導されている酵素群の働きによることも考えられる。
(3)Nrf2活性化をもたらす物質の探索と検討:カラゲニンにより胸膜炎を誘発すると、野生型マウスでは胸腔内にマクロファージおよび好中球が浸潤するが、一方、nrf2欠失マウスでは、これら炎症性細胞の浸潤延長が認められ、炎症の治癒過程が遅れることを発見した。そこで、炎症消退期にプロスタグランジンの1つで、親電子性を有する15d-PGJ2が誘導されることから、同物質がNrf2の活性化をもたらすという仮説をたて、その検証を試みた。その結果、15d-PGJ2はNrf2を活性化し、その標的遺伝子群の発現を誘導することが明らかになった。また、15d-PGJ2はKeap1に共有結合性に反応することにより、Nrf2の活性化をもたらすことを見いだした。これは、内在性のNrf2活性化因子を初めて同定したものである。
結論
Nrf2-Keap1制御系の分子メカニズムを解析し、Keap1が酸化ストレスのセンサー分子であり、アクチン細胞骨格を足場にして機能することが確認された。また、Nrf2欠失マウスの易発癌性が皮膚と膀胱の実験系において確認されたことから、Nrf2-Keap1系が薬物の晩発性毒性発症の抑制にも重要であることが実証された。AhRR欠損マウスとnrf2::AhRR2重欠損マウスに対する発癌実験からも、Nrf2制御下にある酵素・蛋白質群の重要性が示された。さらに、内在性のNrf2活性化物質として15d-PGJ2を同定し、同物質によるNrf2の活性化が、炎症消退に重要であることを明らかにした。

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