新規腸管増殖・再生因子のクローニングに関する研究-腸管臓器再生薬の実用化-

文献情報

文献番号
200300353A
報告書区分
総括
研究課題名
新規腸管増殖・再生因子のクローニングに関する研究-腸管臓器再生薬の実用化-
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
岩倉 洋一郎(東京大学医科学研究所ヒト疾患モデルセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター生化学部)
  • 井上修二(共立女子大学家政学部栄養生理学研究室)
  • 塩田清二(昭和大学医学部第1解剖学教室)
  • 中里雅光(宮崎医科大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
48,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
視床下部腹内側核(VMH)破壊ラットでは腹部臓器(胃、小腸、大腸、肝、膵)の細胞増殖が引き起こされ、また、部分切除肝の再生が促進されることが分かっている。興味深いことに、膵では外分泌細胞の増殖と再生、及び内分泌細胞(ラ氏島)のβ細胞の選択的増殖と再生が促進されることが報告されている。本研究では、視床下部破壊に伴う、腹部臓器細胞増殖、再生促進現象に着目し、これらの活性を有する増殖・再生因子を同定し、その機能を解明するとともに、この新規増殖・再生因子あるいは、そのアゴニストを利用した消化性潰瘍薬、肝・腸・膵再生薬(膵内分泌細胞再生では糖尿病薬)の開発を目的とした。最近、臓器再生に受精卵由来の胚性幹細胞や骨髄由来の多能性幹細胞の活用が注目されているが、胃粘膜・小腸・大腸・肝・膵組織細胞の再生をターゲットとする薬の開発はいまだ未開拓の分野である。当グループの研究者らは、VMH破壊によって腹部臓器組織細胞増殖能が亢進し、組織細胞再生能亢進につながることを生理学、形態学的に確認した。本因子を胚性幹細胞あるいは多能性幹細胞と共に、あるいは単独で使用することにより、劇症肝炎、肝炎、肝硬変、切除肝、胃・十二指腸潰瘍、切除膵、慢性膵炎、糖尿病(β細胞再生)、短腸症候群、クローン病などの再生治療をより効果的に進めることが期待できる。   
研究方法
① IL-1Ra 欠損マウスは我々が作製したものを8代以上C57BL/6に戻し交配したものを用いた(Horai et al., J. Exp. Med., 1998; 2000)。グルタミン酸一ナトリウム(MSG)或いは食塩水を新生仔期のマウス()に7日間腹腔内に投与し(4 mg/BWg)、離乳後の体重変化、脂肪重量、血中インスリン濃度に対する影響を検討した。② 神経支配によるインスリンの分泌制御機構に関与する遺伝子を同定するため、IL-1Ra欠損マウス、及び野生型C57BL/6マウスをMSG及び生理的食塩水処理によって膵臓で発現変動する遺伝子をAffimetrix社製のGenechipを用いて解析した。③ Wistar系雄ラット(5週齢)を用いて、ジメチルニトロサミン(DMN)溶液(1%、1 ml/kg)を週連続3日間腹腔内投与し、薬剤性肝硬変モデルラットを作製した。また、グレリン(3、30 ?g/kg)または生理的食塩水を毎日1日1回皮下投与した。DMNおよびグレリン投与を5週間行い、肝障害の程度を解析した。さらに、DMN投与を6週間、およびグレリン投与を8週間行い、生存率に改善効果を検討した。④ Wistar系雄ラット(11週齢)を用いて、エーテル麻酔下に肝臓の70%を切除した。切除前後3日間に1日2回グレリン(30 ?g/kg)または生理的食塩水を皮下投与し、切除後4日目に残肝の再生能を評価した。
結果と考察
① MSG投与による視床下部・弓状核神経破壊が引き起こす肥満、インスリン分泌亢進に、IL-1が関与していることを初めて明らかにした(Matsuki et al., J. Exp. Med., 2003)。この結果は、従来炎症、免疫のメディエーターと考えられていた、IL-1が、インスリン分泌制御に関与することによって、生体の恒常性、エネルギーバランスの維持に関与することを示したもので、きわめて重要である。この結果は、肥満、糖尿病の治療に新たな手がかりを与えるものである。VMH破壊ラットにおける肥満、高インスリン血症モデルにおいては、脳幹部を通る迷走神経系の活性化によってこれらの異常が引き起こされることが、当研究班の分担研究者である井上らにより報告されている。
しかし、このMSGモデルにおいては、交感神経系のシグナルにも感受性を示したことから、交感神経の欠落によるインスリン産生抑制の解除が、高インスリン血症の原因となっていることが示唆された。② マイクロアレイ解析により、IL-1の下流で膵臓における多くの遺伝子の発現が制御されていることがわかった。過剰のIL-1シグナルによって多くの遺伝子発現が亢進するのに対し、MSG処理により交感神経を遮断することにより逆に多くの遺伝子の発現が抑制されることがわかった。これらの遺伝子の中には既にインスリン分泌に関与することがわかっているガラニンやisletアミロイド蛋白質などが含まれており、変動の認められた遺伝子の中に新規のインスリン分泌制御蛋白質遺伝子が含まれている可能性が高い。また、VMH破壊によるインスリン分泌の亢進には膵β細胞の増殖が関与していることが知られており、IL-1Ra欠損マウスにみられるインスリン分泌の亢進も膵β細胞の増殖が関与していることが考えられる。従って、これらの遺伝子の中には、膵β細胞の増殖に関与するものも含まれている可能性が高い。今後MSG 処理マウス及びIL-1Ra欠損マウスでともに変化のみられた遺伝子について、膵β細胞増殖に及ぼす影響を検討する予定である。③ グレリンは新規のGH分泌促進ペプチドであり、下垂体からのGH分泌促進だけでなく、循環器への作用、エネルギー代謝調節、骨粗鬆症の抑制などの生理作用を持つことを明らかにしている。VMH破壊に伴う胃粘膜上皮細胞の増殖に一致して、胃粘膜のグレリン合成・分泌がおきることから、グレリンは胃や小腸粘膜上皮細胞の増殖に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。グレリンの腸管増殖・再生因子としての意義を明らかにするため、グレリンの肝生理機能および肝病態の制御に対する作用を検討するとともに、薬剤性肝硬変モデルラットや肝部分切除ラットに対するグレリンの治療効果についても検討した。その結果、薬剤性肝硬変モデルラットや肝部分切除ラットにおいて、グレリンが肝機能改善効果および肝細胞増殖作用を有し、薬理学的にも治療効果を発揮することが明らかとなった。④ 胃から分泌されたグレリンは、そのシグナルが迷走神経求心路、延髄弧束核を経由し中枢神経系に伝達され、GH分泌刺激や摂食促進作用を発揮する。さらに、その信号を今度は迷走神経遠心路を介して、胃や十二指腸、肝、膵などの消化器臓器に伝達する。この情報伝達機構は、グレリンの自律神経を介した様々な調節機構に関与しているものと思われる。一方、自律神経系を介する肝生理機能の調節系も明らかとなっている。迷走神経系の活動により肝細胞増殖は促進され、肝血流量も増加する。臨床上、迷走神経の役割は重要であり、肝部分切除後に誘導・促進された肝細胞の再生機構は迷走神経切除によって抑制される。グレリンの肝再生促進作用は、GH欠損ラットにおいても認められたことから、GHを介さない機序によるものと考えられた。また、ラット肝においてはグレリン受容体の発現はほとんど認められないことから、グレリンの作用は迷走神経系を介したものと思われる。HGFやGHなどの成長因子は直接肝細胞に作用してその増殖を促進するが、グレリンのように遠心性に迷走神経系を介して肝細胞増殖を活性化するものは他にない。また、迷走神経を介した肝血流量増加作用も見出されており、このことはグレリンが自律神経系を介して肝機能調節に関与していることを示唆するものである。自律神経系を介した肝生理機能の調節についてはすでに報告があり、肝細胞増殖作用ばかりでなく、肝線維化抑制や肝血流量増加、肝細胞保護作用など多彩な作用が認められている。また、迷走神経系の活動と肝細胞前駆細胞の発現調節との関連も報告されている。今回の結果は、グレリンを用いての肝硬変や劇症肝炎などの疾患の新たな治療法開発の可能性を示すものである。
結論
視床下部破壊によって膵臓で誘導される遺伝子を網羅的に解析し、インスリン分泌に直接作用するもののほか、β細胞の増殖に関与すると考えられる興味深い遺伝子を見いだし、現在、その機能を検討してい
る。インスリン分泌調節は交感神経を介する経路で行われており、我々はこの経路がIL-1によって調節されていることを初めて明らかにした。膵臓で誘導される遺伝子の網羅的解析によって、生理状態においても膵臓における多くの遺伝子の発現がIL-1によって調節されており、IL-1がインスリン分泌調節や膵β細胞の増殖に関与していることが示唆された。これらの結果は、IL-1活性の制御により、インスリン分泌や膵β細胞の再生をコントロールできる可能性を示しており、糖尿病や肥満の治療に新たな手掛かりが得られた。 グレリンの腸管増殖・再生因子としての意義の検討を行った結果、薬剤性肝硬変モデルラットや肝部分切除ラットにおいて、グレリンが肝機能改善効果および肝細胞増殖作用を有し、薬理学的にも治療効果を発揮することが明らかとなった。これらの結果は、グレリンの肝硬変や劇症肝炎などへの治療応用の可能性を示すものである。本研究により、グレリンが腸管や肝臓などの増殖や再生に関わる新規因子として、再生治療薬に繋がるものと考えられる。今後、さらに未知の腸管増殖・再生因子についても検索していく予定である。

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