高齢者の機能性消化管障害に対する漢方薬の効果(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300249A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の機能性消化管障害に対する漢方薬の効果(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
福土 審(東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野教授)
研究分担者(所属機関)
  • 鹿野 理子(東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野助手)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,380,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米では消化管機能の基礎的検討と機能性消化管障害の病態研究は極めて重視されている。機能性消化管障害とは、器質的疾患によらずに、消化器症状が慢性に持続する疾患群であって、その頻度は全人口の10-15%を占め、罹患者のQOLを著しく障害し、有効な治療手段に乏しく、医療費に与える損害も甚大である。その研究は多岐に渡るが、内臓知覚を嚆矢とする脳腸相関が注目されている。一方、主要先進国が急速に高齢化しつつあることから、高齢者の機能性消化管障害が増加し、その重要性が認識され始めている。しかし、高齢者の機能性消化管障害の根拠ある克服法は、未だ十分には開発されていない。急速に高齢化しつつあるわが国において、いかに簡便にかつ低いコストで高齢者の生活の質 (QOL)を高め、介護者の負担を軽減させるかは、重要な問題である。しかし、高齢者の機能性消化管障害が正面から研究されたことはこれまでほとんどなかった。一方、高齢者は、薬物代謝機能が低下しており、長期にわたり安全に服用できる薬剤が必要である。上記を満足する治療法として、漢方薬の科学的研究が急務である。大建中湯は、人参、山椒、乾姜の3種の生薬と膠飴からなる漢方薬である。人参は吸収されて効力を発揮し、消化管運動亢進作用を有する。胃粘膜・腸管に直接作用する山椒は、抗痙攣作用を有し、乾姜は、鎮痛作用、腸管輸送促進作用、抗消化性潰瘍作用、膠飴は、軟便化作用、栄養補給作用を有する。これらより、機能性消化管障害に対する大建中湯の効果が期待される。疫学研究により、代表的な機能性消化管障害であるIBSの有病率が、高齢者においても高い傾向にある。大建中湯の消化管機能に対する効果を検討することは、高齢者の福祉にとって有用であると考えられる。また、腸管刺激を誘発した際に生じる内臓知覚に、高齢者に多い抑うつ、不安、失感情症傾向を中心とする心理・性格的因子が関与する可能性が高い。以上から、本年度の研究目的は、以下の2つの仮説を検証することである。第一に、高齢者における機能性消化管障害の改善をはかるために、ストレス病態としての消化管知覚過敏を漢方薬・大建中湯を投与することで改善させることができる。第二に、内臓知覚に、高齢者に多い抑うつ、不安、失感情症傾向を中心とする心理・性格的因子が影響する。
研究方法
Wistar ratのオスを用いた。大建中湯は、人参、山椒、乾姜を5:3:2で調合したエキスと膠飴を1:8の割合で混ぜ作成した。容量は300mg/kg/5mlとし、経口投与した。vehicleとして5mlの蒸留水を用いた。筋電図電極を外腹斜筋に縫合した。大腸伸展刺激には、長さ7cm、直径2.5cmのポリエチレン製バッグを用い、肛門から直腸に挿入し、固定した。これをバロスタットに接続して伸展刺激を負荷した。20秒間の段階的な伸展刺激(10, 20, 40, 60, 80 mmHg)を180秒おきに計15分間施行した。大腸伸展刺激に対するvisceromotor response(VMR)は、基線測定時の筋電図電圧を超えたスパイク数と定義した。VMRは、内臓知覚の指標として広く用いられている。基線測定時の筋電図電圧を超えた振幅も併せて測定した。さらに、消化管壁のコンプライアンスを評価した。不安関連行動は、高架式十字迷路(Elevated Plus-Maze: EPM)で評価した。コントロール群;vehicle+無刺激、伸展刺激群;vehicle+伸展刺激、大建中湯投与群;大建中湯+伸展刺激の3群を設け比較検討した。伸展刺激の60分前に、水5mlまたは大建中湯300mg/kg/5mlを経口投与した。20秒間の段階的な伸展刺激(10, 20, 40, 60, 80 mmHg)を180秒おきに計15分間施行した。大腸伸展刺激の30
分後にEPMの測定を5分間行った。EPMの測定直後に断頭して血液を採取し、血漿ACTHとcorticosteroneをラジオイムノアッセイで分析した。さらに、内臓知覚と抑うつの関連を健常者44名で検証した。X線透視下において、カテーテルに連結したバロスタット用ポリエチレンバッグを、下行結腸まで挿入し、留置した。カテーテル末端をバロスタット本体に接続したコンピューターならびにソフトウエアを介して腸内バッグに送気した。本研究では、腸管刺激として、バッグ内圧が0mmHg、20mmHg、40mmHgの3つの強度の刺激を用いた。刺激はそれぞれ約2分間行い、刺激の順番は被験者ごとにランダムとした。内蔵知覚の評価は、各刺激の直後にordinate scaleを用いて、腸管刺激により生じた腹部不快感、腹部膨満感、腹痛、便意、ストレス、眠気、不安感を0-10点で評定させた。機能性消化管障害の50%以上にみられる性格傾向のアレキシサイミア(失感情症)をTAS-20で、心理的な健康度と苦痛をPsychological General Well-Being (PGWB)で計測した。TAS-20とOrdinate Scale との相関、PGWBとOrdinate Scale との相関について、重回帰分析を用いて検討した。p値は0.05未満の場合を有意とし、Pearsonの相関係数をもとめた。(倫理面への配慮) 本研究は東北大学医学部倫理委員会ならびに東北大学医学部動物実験委員会の審査を受け、承認済みである。全ての被験者に対して、検査前に十分な説明を口頭および文章で行い、文書でインフォームドコンセントを得た。
結果と考察
伸展刺激により刺激強度依存的なVMRが認められた。低強度の刺激である10と20mmHgでは、伸展刺激群と大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。一方、中から強強度の刺激である40、60、80mmHgでは、伸展刺激群に比し大建中湯投与群のVMRが有意に低く抑えられた。特に80mmHgでは、大建中湯投与群のVMRが伸展刺激群に比しおよそ1/3に減弱していた。同様に、ベースラインを超えた振幅も低強度の刺激である10と20mmHgでは、伸展刺激群と大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。80mmHgでは、大建中湯投与群の振幅が伸展刺激群に比しおよそ1/3に減弱していた。すなわち、大腸伸展刺激誘発性のVMR(下部消化管知覚)に対する大建中湯の効果が認められた。一方、段階的伸展刺激に対する平滑筋の圧-容量曲線は、伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。また、60mmHg伸展刺激に対する適応速度についても、伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。すなわち、平滑筋コンプライアンスと60mmHg伸展刺激に対する適応速度対する大建中湯の影響は本実験では証明されなかった。伸展刺激に対する血漿ACTHレベルは、10mmHg伸展刺激のコントロール群と10-80mmHg伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。同様に、血漿corticosteroneレベルもコントロール群と伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。EPMにおけるオープンアーム滞在時間のパーセンテージは、10mmHg伸展刺激のコントロール群と10-80mmHg伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。同様に、EPMにおける総移動距離は、10mmHg伸展刺激のコントロール群と10~80mmHg伸展刺激群、大建中湯投与群で有意な差は認められなかった。すなわち、大建中湯は大腸伸展刺激誘発性の下垂体副腎皮質反応ならびに不安関連行動に影響を与えなかった。機能性消化管障害と心理傾向に関しては、40mmHgの腸管刺激時に生じた感覚のうち、TAS-20総点と相関したものは、腹部膨満感、不安感であった。下位尺度では感情の同定困難と腹部不快感、腹部膨満感、腹痛、便意、ストレス、眠気、不安感のすべてのスケールとの相関が認められた。感情伝達困難と相関するスケールはなく、外的志向とは眠気のみが相関した。0mmHg、20mmHg の刺激時のOrdinate scale と相関するTASスケールはなかった。また、腸管刺激時に生じた感覚のうち、PGWBの総点と腹痛との相関傾向がみられた。下位尺度のうち、不安と眠気、抑うつと腹痛、自己コントロール感とストレス、不安、一般的健康感と眠気との相関がみられた。良好な健康
感、活力、と相関するスケールは見られなかった。0mmHg、20mmHg の刺激時のOrdinate scale と相関するPGWBスケールはなかった。以上から、高齢者で抑うつが増えることで内臓知覚過敏を呈するIBSも増加することが示唆された。
結論
平成15年度厚生労働科学研究費により、以下の成果を得た。(1) 機能性消化管障害のモデル動物を用い、機能性消化管障害に対する漢方薬大建中湯の内臓知覚制御効果を証明した。(2) 腸管刺激の際に生じる内臓知覚に、加齢現象と密接な関係を持つ心理・性格的因子が関与することを明らかにした。以上の成果から、漢方薬による高齢者の機能性消化管障害の改善が期待できる。高齢者の機能性消化管障害の病態を解明して、それを克服することは、わが国の高齢者医療の福利厚生に繋がるものと考えられる。

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