褥瘡ケアにおける看護技術の基準化とその経済評価(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300242A
報告書区分
総括
研究課題名
褥瘡ケアにおける看護技術の基準化とその経済評価(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
真田 弘美(金沢大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 阿曽洋子(大阪大学医学部)
  • 足立香代子(せんぽ東京高輪病院)
  • 須釜淳子(金沢大学医学部)
  • 田中マキ子(山口県立大学看護学部)
  • 徳永恵子(宮城大学看護学部)
  • 廣瀬秀行(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  • 宮地良樹(京都大学大学院医学研究科)
  • 森口隆彦(川崎医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,563,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国における高齢者の褥瘡発生率は5~16%と報告されている。褥瘡は高齢者のQOLを脅かし、さらに発生後のケアに多額な医療費が支払われている現状がある。私達は、過去に褥瘡発生を予測する方法と予防する看護技術について研究を行ってきた。その結果褥瘡は適切な看護ケアを施せば確かに予防可能であることを褥瘡発生率の減少を通して明らかにしてきた。しかし、高齢化、基礎疾患の複雑さが加味して、全身状態の悪化した患者では、褥瘡の予防は難しく発生は未だ後を絶たない現状がある。特に高齢者の場合は、加齢とともに諸機能が低下していくために、一旦褥瘡が発生してしまうと、治癒過程に時間を費やし、あるいは治癒せず死亡するケースも多く、褥瘡は高齢者のQOLに大きく左右している。
本研究は、高齢者における褥瘡の早期治癒を目指して、褥瘡ケアの看護技術をシステム化し、看護師の意思決定を的確に行うことによる評価を、褥瘡治癒期間と経済性の側面から行うことを目的にする。
研究方法
以下の段階で進行するため研究期間を3年と予定した。1.褥瘡部ケア用創部アセスメントツールを作成する(2001年度)。2.褥瘡部ケア用創部アセスメントツールで判断された項目に適用するケア方法のアルゴリズムを作成する(2002年度)。3.褥瘡部ケア用創部アセスメントツールと褥瘡ケアアルゴリズムの妥当性を検証する。妥当性の評価は褥瘡治癒過程と費用対効果から行う(2003年度)。
2003年度は、褥瘡部ケア用創部アセスメントツールとケアアルゴリズムの妥当性の検討のために、プロスペクティブ調査を実施した。
研究デザインは、仮説検証型研究である。対象を褥瘡部ケア用創部アセスメントツールとケアアルゴリズム使用群(実験群)とDESIGNによる創部アセスメントと各施設のケア基準使用群(対照群)に分け、次の仮説を検証した。①実験群の褥瘡治癒は対照群より促進する、②実験群の褥瘡局所治療に要する費用は対照群より低額である、③実験群の費用対効果は、対照群の費用対効果に比べて高い。
対象は、病院、介護療養型医療施設、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設で治療または療養中の65歳以上の高齢者に発生した褥瘡とした。
調査内容は、調査施設の概要、患者の概要、褥瘡治癒過程、局所ケア費用である。患者概要には、デモグラフィックデータ、褥瘡危険リスク(ブレーデンスケール、K式スケール)、生化学データ、日常生活状況等を調査した。日常生活状況は、体位変換方法、体圧分散寝具の種類、栄養摂取経路、栄養摂取量、スキンケア方法を調査した。褥瘡治癒と看護ケアとの関係を検討するために、必要時動画による情報も加えた。褥瘡の概要は、部位、深度を調査した。褥瘡治癒過程は、厚労省褥瘡対策診療計画書に採用されている褥瘡状態判定スケールDESIGN(褥瘡経過評価用)の評点を調査した。DESIGNは、2002年に日本褥瘡学会学術教育委員会によって作成されたスケールである。これは、褥瘡の状態を7項目で数量化するもので、点数が低いほど褥瘡状態が良いと判断する。評定者間一致率による信頼性とconsensus method手法による内容妥当性は確認されている。また、褥瘡部面積も画像解析ソフトウエア用いて測定した。褥瘡局所ケアの直接費用は、活動基準原価計算(Activity-based Costing)により算出した。直接費用算出のために人件費、部材費、検査費を調査した。人件費は、局所ケアに要した1回あたりの所要時間(分単位)、職種別人数を調査した。部材費は、局所ケアに要した1回あたりの消耗品の種類と量、1週間あたりの局所ケア回数を調査した。検査費は、調査期間中の褥瘡部培養、骨髄炎診断のための褥瘡部X-P撮影の回数を調査した。部材費と検査費については、コストシートを作成し、単価を積算した。創傷被覆材に関しては、1cm2あたりの保険償還価格、薬剤は薬価から費用を換算した。詳細な納入価格や検査費用が不明、あるいは著しく算定が困難場合は、市場価格の推計値を用いて計算を行った。分析は、1週間あたりの相対創面積変化とDESIGNの得点変化を実験群と対照群とで比較した。費用は、1日あたりの褥瘡1部位に対する局所ケアに要した人件費、部材費、検査費、全費用を実験群と対照群とで比較した。さらに、同種の効果を有する技術比較をする場合に用いられる費用効果分析を行った。この方法は、同一の効果を得るためにかかる費用を比較分析するもので、本研究では創1%縮小に必要な費用とDESIGN総点1点変動に要した費用を、群内全患者に要した局所費用合計/群内全患者の創変化合計で算出し、実験群と対照群とで比較した。また、増分費用効果についても検討した。
倫理的配慮は、疫学研究に関する倫理指針(平成14年7月1日施行)に従った。情報源として診療記録、看護記録、褥瘡対策に関する診療計画書を使用することについては、各施設の責任者宛に文書による依頼を行い、許可を得た。個人情報に関する保護はすべてデータをコード化することで確保した。また、生化学データは、本調査のために採血したデータでなく、対象の診療上必要と主治医が判断した採血データから、調査項目と合致した採血項目の検査値を使用した。
結果と考察
協力依頼したのは35施設で、そのうち調査協力が得られたのは30施設であった。さらに1例以上の分析可能なデータを収集できた施設は、実験群6施設、対照群17施設であった。
実験群は63名、平均年齢は81.1歳であった。診療科は内科が77.8%と最も多く。主な疾患は脳血管障害19.9%、高血圧症以外の循環器疾患15.2%の順であった。対照群は88名、平均年齢は80.0歳であった。診療科は内科が50.0%と最も多く、主な疾患は、その他を除くと、脳血管障害12.2%、悪性腫瘍10.0%であった。
実験群が対照群より1週間あたりの平均DESIGN総点変化、平均相対面積変化が有意に大きく、褥瘡治癒が促進していたことを示している。調査開始時の実験群と対照群の患者背景、ブレーデンスケール合計点、K式スケール合計点、バイタルサインに有意差はなく、かつ生化学データも同等と判断され、実験群と対照群の褥瘡治癒過程の差に患者の内的因子が影響したとは考えにくい。実験群と対照群とでは、褥瘡部位に有意差があり、実験群は踵部の褥瘡が多い特徴があった。踵部の褥瘡は、体幹部に発生した褥瘡と比べると血行が不良で治癒が遅いと考えられるが、実験群の方が対照群より治癒促進したのは、褥瘡部ケア用創部アセスメントツールと褥瘡ケアアルゴリズムの効果であると考える。褥瘡部ケア用創部アセスメントツールとケアアルゴリズムは、創変化をとらえ、治癒過程の良・不良の判断とその要因を抽出し、ケア選択するシステムである。要因は看護ケア要因と他の全身状態低下からくる要因に大別されており、局所の薬剤選択よりも、圧迫・湿潤・ずれ等の看護ケア要因が褥瘡治癒に大きく影響していたことが示唆された。看護ケア要因のどの要因が褥瘡治癒に影響していたか、今後分析予定である。また、他の全身状態低下からくる要因を分けることで、早期に他職種とのコラボレーションが図れたことも治癒促進に影響したと考えられる。一方、対照群はDESIGNによる褥瘡状態評価と各施設のケア基準を実施しており、各施設のケア基準の差が創傷治癒に影響したことも考えられる。しかし、平成14年より実施された褥瘡対策未実施減算導入1年後の調査であり、日本褥瘡学会の褥瘡対策の指針などが出版され、基本的な褥瘡管理は同様であったと考える。
実験群が対照群より、褥瘡1部位の局所ケアに要した1日及び1週間当たりの人件費、部材費、全費用が有意に低額であった。これは、創治癒が促進することで必要な薬剤、創傷被覆材、その他の創処置に必要な消耗品の使用量が少なくなること、処置時間が短時間になることが影響していたと考える。
費用対効果、増分費用効果から、実験群で使用された褥瘡部ケア用創部アセスメントツールと褥瘡ケアアルゴリズムは、対照群のDESIGNによる創傷評価と施設のケア基準より、費用効果的であることが明らかになった。これは、実験群が対照群より創治癒が有意に促進し、かつ全費用が有意に低かったためである。
結論
褥瘡部を直接観察し、創傷状態から褥瘡ケアを導くという意思決定を用いた従来にない褥瘡部ケア用創部アセスメントツールと褥瘡ケアアルゴリズを開発した。その妥当性を、23施設の褥瘡を保有する65歳以上の患者を対象に前向きに調査し、DESIGNによる褥瘡状態評価と施設のケア基準実施群と比較し、以下の結果を得た。①実験群は対照群より有意に褥瘡治癒が促進した。②実験群は対照群より有意に局所ケアに関する費用が低額であった。③実験群は対照群より費用効果的であった。④褥瘡の深度、病床種別の違いで分析した結果、褥瘡部ケア用創部アセスメントツールと褥瘡ケアアルゴリズムは、皮下組織より深部にいたる損傷の褥瘡、療養型病床で療養する高齢者に発生した褥瘡に、より費用対効果をもたらすことが示唆された。

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