高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300240A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
柿木 保明(国立療養所南福岡病院)
研究分担者(所属機関)
  • 西原達次(九州歯科大学)
  • 寺岡加代(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
9,295,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者にみられる口腔乾燥症や唾液分泌低下による摂食、咀嚼、嚥下といった口腔機能の障害や、嚥下障害の改善を効率的に予防するためのガイドラインと口腔症状や機能障害に対応した治療法のシステム化を確立し、高齢者、特に要介護高齢者の食事の支援からQOL向上を図ることを目的とする。また、口腔乾燥による嚥下障害に伴う誤嚥性肺炎の発生や口腔感染症を予防改善し、味覚障害の防止と経口摂取可能にすることで、栄養状態と全身状態を改善するとともに、医療費抑制につなげることも目的の一つとする。
研究方法
本研究では、高齢者の口腔乾燥の効果的な予防と治療法を確立し、高齢者のQOL向上をはかる目的で3つの分担研究を行った。1)口腔乾燥と唾液分泌低下の診断基準と治療法に関する研究(分担:柿木保明)では、口腔乾燥の自覚症状を中心に調査票によるアンケートと臨床診断基準、唾液湿潤度検査紙、口腔水分計による検査を実施し、口腔乾燥度の客観的評価方法について検討した。改良型口腔水分計の臨床応用について検討した。特別養護老人ホーム入居の要介護老人と勤労成人を対象としたアンケート調査と唾液湿潤度との比較を行い、要介護高齢者の口腔乾燥の実態を調査した。また、口腔腫瘍患者における口腔乾燥に関連する問題を検討した。特定疾患患者と重症児者の唾液の性状と口腔機能状態について、口腔乾燥症の各種検査法を利用し有用性を検討するための調査を行った。口腔乾燥の改善のため中国雲南省で生育するバビンロウに着目し、唾液分泌促進作用について検討した。口腔乾燥症の自覚症状と口腔乾燥度に関する調査研究を行った。放射線治療の方法及び照射線量と口腔乾燥について調査し、放射線治療後の口腔乾燥の実態について検討した。口腔乾燥における心理的要因に関する研究を行った。精神疾患患者及び高齢者における口腔乾燥の実態調査を行った。高齢者の自立度と口腔状態に対応した口腔ケア法を確立のため、有料老人ホーム入居者を対象に口腔乾燥度と口腔清掃状態の細菌学的な評価を行った。老人ホーム入所者を対象に、口腔状態を客観的に評価し、個々に対応したオーダーメードの口腔ケア法を提案するために調査を行った。新たに開発された唾液曳糸性測定器ネバメーターが口腔内環境の評価手段として有効であるかを検討した。このネバメーターを用いて曳糸性を測定し、自覚症状および臨床所見との関連性を解析した。中学生の安静時唾液を採取し、曳糸性測定器の各測定サイクルにおける測定値の意味合いを考察した。口腔乾燥患者の受け入れ状況についてアンケート用紙による調査を行った。基礎的観点からは、2)口腔乾燥症と生物科学的環境に関する研究(分担:西原達次)として、口腔乾燥が口腔内の環境にどのような影響を及ぼすかについて生物学的な観点から検討した。口腔内に装着する義歯に付着する真菌を除去するために、新たな義歯洗浄器の試作器を作製した。健常高齢者の口腔乾燥度について評価を行い、口腔環境と唾液分泌の関連について検討した。口腔乾燥症の発症機序を生理学的に解明するために実験を行った。味センサを用いて唾液中に含まれる代表的無機イオンによる味覚への影響を調べた。舌用LSFGのプローブ先端部を改良し、測定視野を拡大できるようにした。3)唾液湿潤度と総義歯作製に要する通院回数との関連性に関する研究(分担:寺岡加代)では、唾液湿潤度と通院回数との関連性を分析した。
結果と考察
1)口腔乾燥と唾液分泌低下の診断基準と治療法に関する研究(分担:柿木保明)では、検討を行った臨床診断基準、唾液湿潤度、口腔水分計は、口腔乾燥度や自覚症状、関連する問診項目と統計学的
に有意の関連性が認められ、臨床において有用な評価ツールになると考えられた。改良型口腔水分計の新しい診断基準値として29.0以上を正常範囲、25.0未満を口腔乾燥、25.0~26.9を低下、27.0~27.9をやや低下、28.0~28.9を境界領域とするのが適当と思われた。要介護者は健康な成人に比べ、舌、口蓋及び頬において唾液分泌の減少が観察されると共にアンケートの調査結果から要介護者の方が口腔乾燥感を持っている実態が浮き彫りになった。口腔乾燥者は認知機能や嚥下機能が低値を示し、塩分味覚閾値が上昇しているものが多かった。特定疾病患者の唾液の性状と口腔内状態は,口腔乾燥の臨床分類基準のような主観的評価に複数の診断指標の利用により,疾患の特徴や口腔の機能状態もある程度予測できると推察できた。高齢者の口腔乾燥の改善に中国雲南省で生育するバビンロウの有用性が示唆された。常用薬だけでなく要介護高齢者の病態も唾液低下と口腔乾燥症の要因への関与が示唆された。口腔癌の放射線治療により口腔乾燥症状がみられ、口蓋の乾燥度が強く認められた。CES-Dにおける因子分析の結果から口腔乾燥には、心理的要因が多く含まれていることがわかった。唾液湿潤度測定用具(エルサリボ)の使用により、これまで測定が困難であった対象者であっても口腔乾燥状況を客観的指標として把握でき、患者管理に有用であることが示唆された。口腔乾燥度の高い高齢者は、Mutans連鎖球菌、乳酸桿菌ともに多く、含嗽水の混濁度も高いことが認められた。口腔乾燥状態にある高齢者はカンジダ数が有意に多かったことから、保湿及びリハビリを中心とした口腔ケアの必要性が示唆された。唾液曳糸性測定器ネバメーターは精度、再現性ともに良好であった。安静時唾液の曳糸性と粘性には正の相関がみられた。唾液分泌速度や緩衝能は1回の測定ではその個人の代表値にはなり得ないことが示唆された。中学生の安静時唾液における曳糸性の特徴を解析した結果、曳糸性を決定する唾液の分子配列の違いが測定値に影響を与えると考えられた。口腔乾燥症の検査、診断治療に関しては、約9割の施設で受け入れ態勢が整っていることが示された。2)口腔乾燥症の生物科学的環境と評価に関する研究(分担:西原達次)では、基礎的検討を主に行った。口腔内に装着する義歯に付着する真菌の除去にオゾン水と超音波処理の併用が有効であることを踏まえて、新たな義歯洗浄器の試作器を作製した。健常高齢者における口腔機能と口腔乾燥の関連については、義歯による機能回復を含めた口腔機能の良否が、唾液分泌および唾液による口腔の湿潤状態を左右することが示唆された。口腔乾燥症の発症機序に関する生理学的研究によって、口腔乾燥感はナトリウム受容によっても引き起こされることが示唆された。味センサを用いた調査によって、唾液中の重炭酸イオンの増減が味覚に影響を与えていることが示唆された。舌用LSFGのプローブ先端部の改良により舌表面を背後から圧迫し血流が低下する様子を観察できた。3)唾液湿潤度と総義歯作製に要する通院回数との関連性に関する研究(分担:寺岡加代)では、総義歯作製の治療回数には患者の重症度が最も関与することが示され、治療回数増加の一因として唾液湿潤度の低下が認められた。
結論
若年者層に比べて、高齢者では口腔乾燥感を自覚する者が有意に多く、食事機能や嚥下機能低下の予防という観点からも、より簡便で再現性の高い診断方法や検査機器の応用が必要と思われた。特に、唾液湿潤度検査紙や水分計、唾液曵糸性試験機などの積極的な臨床応用が必要と思われた。口腔乾燥は薬剤とも関連しており、副作用情報の提供も重要と考えられた。口腔乾燥は、食事機能などの口腔機能低下や嚥下機能低下とも関連していることが示唆され、食欲低下や意欲の低下等との関連もみられた。唾液分泌機構については、中枢性浸透圧受容器と口腔乾燥症との関わりが示唆された。唾液分泌減少患者の唾液と食物のうま味に関する基礎研究では、味覚センサの応用が可能であるということが示唆された。さらに,口腔乾燥に伴う粘膜血流の変化を明らかにするため、舌および口腔粘膜
の血流量を測定する機器の開発を試み、味を含めた食物のさまざまな性状の違いにより,舌の血流量が変化することが明らかとなった。医療経済学的な検討については、基礎的検討を実施し口腔乾燥による臨床症状や関連症状の改善が、医療費抑制につながると考えられた。

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