脳内グリシン受容体を標的にした頻尿改善薬としての排尿反射強化薬の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300233A
報告書区分
総括
研究課題名
脳内グリシン受容体を標的にした頻尿改善薬としての排尿反射強化薬の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
高濱 和夫(熊本大学大学院医学薬学研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 白﨑哲哉(熊本大学大学院医学薬学研究部)
  • 副田二三夫(熊本大学大学院医学薬学研究部)
  • 大川原正(熊本大学大学院医学薬学研究部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
6,844,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
排尿障害治療薬の開発は老年性痴呆などの治療薬の開発とともに、長寿社会の重要な課題である。この治療薬の開発の上で、排尿反射の中枢内神経伝達機序が十分解明されていない点が障害となっている。我々はこれまでにグリシン受容体が排尿中枢の一つ中脳水道中心灰白質(PAG)の尾側部において排尿反射を促進させることを示唆してきた。本度はその可能性をより明確にするために正常動物または病態動物を用いて以下のことを検討した。第1に、微小電極法により排尿反射に同期した排尿反射関連神経活動をPAGで記録することを試みた。第2に、PAGの急性単離ニューロンを用いて、グリシン応答性とグリシン誘発電流の特性を詳細に検討した。第3に、Fos蛋白質発現に対する牛車腎気丸の作用を検討した。第4に、中大脳動脈(MCA)閉塞動物を作成し、その排尿反射への影響を詳細に解析した。また、その評価系を用いてストリキニーネとデキストロメトルファンの作用についても検討した。さらにMCAの閉塞により、グリシン受容体α1サブユニットmRNAの発現レベルが変動するか検討した。第5にGIRKチャネルに選択性の高い化合物を探索するための基礎知見を得る目的で、鎮咳薬の鎮咳活性に関する「ピペリジノ基説」がGIRKチャネルの抑制に適用できないか検討した。
研究方法
1)PAGにおける排尿反射関連神経活動の記録(高濱担当):体重250-300gのSD系雄性ラットを用いた。麻酔下に膀胱カテーテルを設置し、連続シストメトリー法により膀胱内圧を記録した。同時に、頭蓋に小穴を開け、3次元マイクロマニピュレーターによりPAGとその周辺領域に微小ガラス電極を刺入し、単一ニューロン活動を細胞外記録した。電極刺入は、PaxinosとWatsonの脳地図に従い、記録後、電極からポンタミンスカイブルーを電気泳動してその位置を確認した。
2)MCA閉塞ラットの作成(高濱担当):体重250-300gのSD系雄性ラットの頚部を切開し、内頚動脈と外径動脈の分岐部から内頚動脈とWillis輪を経てMCAの分岐部までナイロン糸を挿入してMCAを閉塞した。
3)MCA閉塞ラットにおける排尿反射の測定(高濱担当):体重250-300gのSD系雄性ラットにまず膀胱瘻を設置し、1週間の回復期をおいた後、無麻酔下にシングルシストメトリー法で膀胱内圧を測定した。MCAを閉塞し、その0.5-1時間後または24時間後に再度無麻酔下に膀胱内圧を測定した。記録が安定した後、各薬物を静脈内投与し、膀胱内圧に対する影響を検討した。実験終了後、TTC染色により脳梗塞領域の容積を測定した。
4)Fos蛋白質の発現を指標にした牛車腎気丸の中枢内作用部位の検討(高濱担当):1.08%の牛車腎気丸を含む固形飼料(CE-2)で4週間飼育した8週齢のSD系雄性ラットを麻酔後、膀胱カテーテルを設置した。0.1%酢酸生理食塩液を膀胱内に2時間持続注入し、その後4%パラホルムアルデヒドで潅流固定して、視床下部から延髄までの脳とL6/S1領域の脊髄を摘出した。厚さ40μmの冠状凍結切片を作製し、免疫組織化学的手法によりFos蛋白の発現を調べた。
5)ラット脳単一ニューロンにおけるグリシンおよびGIRKチャネル電流の記録(白﨑担当):生後6-22日齢のWistar系ラットを雌雄の別なく使用した。グリシン誘発電流の記録にはbregmaより-7500~-9100?mのPAGから、セロトニン誘発GIRKチャネル電流の記録には背側縫線核からニューロンを急性単離し、ニスタチン穿孔パッチクランプ法を適用して、それぞれの電流を記録した。薬液投与は急速交換法(Y-チューブ法)にて行なった。
6)MCA梗塞ラットの脳内グリシン受容体およびc-fos mRNAレベルの測定(副田担当):体重250-280gの正常および脳梗塞ラットから脳を摘出し、実体顕微鏡下でPAGおよびLDT領域をダイセクションした。PAGはbregmaから-7000μmの位置を境界として吻側部と尾側部に分けた。ダイセクションしたPAGおよびLDTは左右に分け-80℃で保存した。AGPC法によりRNAを抽出し、グリシン受容体α1およびc-fosに特異的なプライマーを用いてRT-PCR解析をおこなった。
(倫理面への配慮)
上記のすべての実験は、「動物実験に関する日本薬理学会指針」に従い実施されており倫理的に問題はない。
結果と考察
1)PAGにおける排尿反射関連神経活動の記録(高濱担当):PAGおよびその周囲から排尿期に活動電位の発火が増加するニューロン(Type I)と逆に減少するニューロン(Type II)の大別して2種類のニューロン活動が記録された。これらはbregmaより-8000~-8300??mの部位に多く見出され、Type Iの分布は、グリシン感受性部位と近いことが判明した。
2)PAGニューロンのグリシン応答性およびグリシン誘発電流の特性の解析(白﨑担当):bregmaより-8300 ?mの位置を基準に前後800 ?mを任意に中間部と尾側部とした。中間部と尾側部の腹外側PAGおよび尾側背内側PAGにおいて、検討した全てのニューロンがグリシン誘発電流を惹起した。腹外側PAGニューロンのグリシン誘発電流の特性は、脊髄やBarrington's核を含む他の領域のニューロンにおけるそれとほぼ同じであった。
3)Fos蛋白質の発現を指標にした牛車腎気丸の中枢内作用部位の検討(高濱担当):牛車腎気丸の慢性投与ラットではコントロールラットに比べて、2時間の酢酸溶液膀胱内持続注入中に発現する排尿回数が有意に減少し、排尿間隔が延長した。これらの動物でFos蛋白質の発現を検討したところ、Barrington's核とL6/S1の後角、背側交連、副交感神経核の4部位において、Fos陽性細胞数の有意な減少が観察された。視床下部視索前野、PAG、青班核などそのほかの排尿反射関連核では変化が認められなかった。
4)MCA閉塞ラットにおける排尿反射の測定(高濱担当):MCA閉塞の1時間後には膀胱容量の減少、排尿潜時の短縮、排尿閾値および膀胱コンプライアンスの低下、尿道抵抗の上昇、尿流率の減少が惹起された。これらから、過活動膀胱様と排尿困難様症状を同時に示すものと考えられた。これらの影響は閉塞24時間後にも持続していた。ストリキニーネはMCA閉塞直後と24時間後のいずれにおいても、上記症状に影響を与えなかった。しかし、MCA閉塞24時間後において、鎮咳薬のデキストロメトルファンが過活動膀胱様症状を改善した。
5)MCA閉塞ラットにおけるグリシン受容体およびc-fos mRNAレベルの測定(副田担当):MCA閉塞ラットにおいて、PAGおよびLDTにおけるグリシン受容体α1 mRNAレベルは、調べた全ての部位で正常動物とほぼ同じであった。また、c-fos mRNAレベルも同様に正常動物とほぼ同じであった。
6)ピペリジノ基説関連化合物の合成(大川原担当):先に述べた「ピペリジノ基説」をもとに市販では入手できない4つの化合物(ピコペリダミン、AH-1、イソチアンブテン、Piperijine,1-(o-methoxy-?-methylphenethy) HCl)を各々,数工程で合成し,500 - 1,000 mg を合成した。
7)ピペリジノ基説関連化合物のGIRK電流に対する作用(白﨑担当):構造内にピペリジノ基を持たない母化合物イソチアンブテン、AH-1およびメトキシフェナミンに比べ、アミノ基としてピペリジノ基が導入されたチペピジン、ピコペリダミンおよびPiperijine, 1-(o-methoxy-?-methylphenethy) HCl は低濃度でセロトニン誘発GIRK電流を抑制した。
結論
1)PAGにおける排尿反射関連神経活動の記録からin vivoで示されたグリシン感受性部位が排尿反射関連部位とほぼ一致することが明らかとなった。しかし、in vivoにおけるグリシン感受性部位は、単にグリシン感受性ニューロンの分布だけでは説明できないことも明らかとなった。
2)MCA閉塞による過活動膀胱様症状と排尿困難様症状に、グリシン受容体は関与しないことが示唆された。
3)MCA閉塞24時間以降に投与したデキストロメトルファンが、過活動膀胱様症状を改善すること、ならびに、ピペリジノ基説がGIRKチャネル抑制作用にも適用できる可能性が高いことが示された。

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