霊長類を用いて作出した老人病モデルによる新規治療法の開発と評価-脳・感覚器疾患等を中心にして-

文献情報

文献番号
200300232A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いて作出した老人病モデルによる新規治療法の開発と評価-脳・感覚器疾患等を中心にして-
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 寺尾恵治(国立感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 久和 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 鈴木通弘(社団法人予防衛生協会)
  • 吉田高志(国立感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 小野文子(社団法人予防衛生協会)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
17,745,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会の到来に伴い、神経系疾患、感覚器疾患、生活習慣病などは高齢者に種々の負担をかける。しかし、これらの老年性疾患は原因が複雑であり、加齢性の機能減退、環境因子、遅発性の遺伝子発現、ホメオスターシスの破綻、ストレスの蓄積などが複合して発症する。
こうした疾患のメカニズムを解明するには、長寿で、生理・代謝機能、脳・神経系の構造と機能が人に類似するサル類を用いる必要がある。筑波霊長類センターのカニクイザル(一部は正常老化のモデルとしてエイジングファームとして維持している)は、生年月日、家系、履歴、生化学データがそろっており、こうした複合因子の解析に適している。本研究では老人病克服のため、霊長類を用いて老人病モデル新規治療のための基盤研究を進めた。
研究方法
研究方法と結果:
a)アルツハイマー病モデルに関する研究
シナプスを介して、神経回路網を形成することが明らかな胎仔大脳皮質初代培養系を用いてAβの神経系細胞に対する影響を検索した。ラットおよびカニクイザルの培養系にAβ40と、凝集性・細胞毒性が高いAβ42を培養液中に添加した。その結果、ラットおよびカニクイザルともに神経細胞に対するAβ暴露の影響は見られなかった。しかし、Aβ添加培養14日目のラット初代培養系ではGFAPの有意な上昇が見られ、ラット、カニクイザルともにApoE蛋白の有意な上昇が見られた。このことからAβにより引き起こされる脳内変化はグリア系細胞によるものであることが示唆された。GFAP上昇はカニクイザル初代培養系では見られず、ApoE上昇率もラットに比べて低かったことから、霊長類よりもげっ歯類の方がAβに対するグリア系細胞の反応性が高いことが示唆された。
b)網膜変性症、緑内障に関する研究
緑内障性神経障害の発症機序を明らかにするため、5年以上かけ作成したカニクイザルの緑内障モデル、8ヶ月かけ作成した緑内障モデルと正常眼で、視神経における一酸化窒素合成酵素の発現を検討した。正常眼では,構造型一酸化窒素合成酵素が観察され、誘導型合成酵素は検出されなかったが、8ヶ月モデルでは視神経の障害が著明な部分を主体に誘導型合成酵素の発現増加が確認された。しかし5年モデルにおいては誘導型合成酵素の発現増加は軽度であった。
加齢黄斑変性(AMD)モデル動物を確立し、病態機序の解明・治療法の開発を行うため、カニクイザルの加齢性と遺伝性の2種の黄斑変性について解析を進めた。加齢性モデルでは、ドルーゼン形成に関与する網膜局所での慢性炎症の原因を明らかにするため、血清中の抗網膜自己抗体の検索を行った。その結果、数種の抗原に対する自己抗体が疾患個体で認められた。遺伝性モデルではヒト遺伝性黄斑変性の原因遺伝子座について連鎖を検索した。STGD1, STGD3, STGD4, ARMD1, DHRD, Sorsby's fundus dystrophy,VMD2, MCDR1, CORD5, CORD8, CORD9の11遺伝子座について連鎖解析を行ったが、全てについて有意なLODスコアは得られず、EFEMP1, VMD2遺伝子についても疾患と関連した多型は認められなかったため、本モデルは新規遺伝子の変異が原因であると考えられた。
c)パーキンソン病モデルに関する研究
MPTP投与によりパーキンソン病モデルが作成できることは知られている。しかし、投与中止後の慢性型パーキンソンモデルを安定的に作成する方法は未だ確立されていない。MPTPの急性毒性に肝毒性が影響している可能性を考え、肝機能をモニターしつつMPTPの投与量および投与間隔を微調整することにより安定的に慢性型パーキンソンモデルを作成する方法開発した。その結果20 頭のカニクイザルで18頭がMPTP投与中止後1ヶ月間スコアー2以上の症状を持続した。これらの結果からMPTP投与中止後も安定的なパーキンソン症状を一ヶ月以上持続するモデルを作成することが可能となった。
d)肥満に関する研究
霊長類センターの成熟カニクイザルを対象として、脂肪代謝とその調節機構について、レプチンとアディポネクチンに注目して解析を行った。性成熟が完了した動物(メス44頭;オス40頭)で、DEXAで測定した体脂肪率と血中レプチン/アディポネクチン比の値を比較した。その結果、雌雄とも体脂肪率40を境として血中レプチン/アディポネクチン比の値が顕著に増加した。血中レプチン/アディポネクチン比の値は肥満を解析するための指標として有用であると考えられた。
e)エイジングファームに関する研究
Aging Farm(老化動物育成ファーム)の確立は老化や老人病を実験的に研究するために必要な条件である。老人病に代表される異常老化のメカニズムを明らかにするために、老人病モデル動物の解析を行うと共に、正常な加齢動物のデータベースを構築する目的でカニクイザルによるAging Farmの解析を行った。1998年に導入した55頭における個体情報とともに縦断的調査結果について解析した。5年間に死亡した17例中10例で糖尿病の基礎疾患を持っており、これらの自然発症性の疾患はヒトの老化や老人病のメカニズムを明らかにする研究の基盤として重要である。さらに、新規診断技術開発、治療法開発研究における、国内の研究資源として有用である。
結果と考察
考察:
高齢社会に伴い増加する痴呆症、パーキンソン病、感覚器疾患、肥満・糖尿病等は高齢者に多くの負担をかける、これら高齢者のQOL問題の克服は厚生労働科学の主要課題である。しかし、これら老年性疾患は原因が複雑で、加齢に伴う多臓器機能減退、晩発性遺伝子発現、ホメオスターシス機構の破綻、環境因子などが複合して発症する複合性疾患である。こうした疾患の発症機序の解析には、長寿で、生理・代謝機能、脳・神経系の構造・機能がヒトに類似する霊長類が適している。霊長類センターのカニクイザルは各個体の生年月日、家系、個体病歴、生化学データなどが全て揃っており複合因子の解析には最適である。
本研究班では重要なヒトの老年性疾患に関し、霊長類を用いて自然発症モデル及び実験モデルの開発とモデル系を用いた治療研究を進めている。また、研究基盤確立のためサル類のエイジングファームを作成し、わが国の老齢ザルを用いた共同研究資源とするとともに、正常老化に関するデータベース作成も進めている。これらの成果は、患者への直接的な還元が期待されるし、またトランスレーショナル研究としての意義も高い。また長寿科学研究の専門家への研究資源の提供、情報提供としても役立っている(プライメートネットワーク)。また長寿センターとの共同研究、感覚器センターとの共同研究も進んでおり、本研究班の成果は広く活用されている。
結論
2030年には高齢者が人口の15%をしめる社会になる。これは先進国でわが国が最初であり、高齢社会に伴う弊害の克服は重要な課題である。特に老人病の増加は高齢者の孤立化や社会的負担増を招く。
本研究では老人病克服のため、霊長類を用いて老人病モデル新規治療のための基盤研究を進めた。アルツハイマー病モデルでは、サル類脳の加齢性の変化とアルツハイマー関連蛋白質の発現について解析し、また初代神経培養系を用いてAβ蛋白に対する神経細胞、グリア細胞の反応性をげっ歯類と霊長類で比較した。網膜変性疾患では遺伝性のコロニーに関しては責任遺伝子の解析を、加齢性に関しては自己抗体と抗原蛋白の解析を進めた。パーキンソン病モデルでは、MPTPの投与により発症モデルを作成できるが、個体差が大きく、また肝障害の副作用が激しかった。肝機能をモニターしながらMPTPを投与することにより、安定なモデル系作成のための条件が確立された。霊長類の肥満とレプチン及びアポネクチンの関連を解析した。その結果、血中レプチン/アディポネクチン比の値は、カニクイザルの肥満を解析するための指標として有用であると判断された。エージングファーム個体(55頭)のデータベース化を進めた。5年間に死亡した17例中10例で糖尿病の基礎疾患を持っており、自然発症性老人病の研究に、また早期診断技術、治療法開発研究に有用な研究資源であると思われた。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)