高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル作成に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300231A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル作成に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
  • 上月正博(東北大学医学系研究科内部障害学分野)
  • 野原隆司((財)田附興風会北野病院循環器内科)
  • 樋口満(早稲田大学スポーツ科学部)
  • 勝村俊仁(東京医科大学衛生学公衆衛生学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
16,055,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、日常生活の文明化に伴う身体運動量の減少および高齢社会は、糖尿病、肥満、高血圧症などを代表とする「生活習慣病」を増大させ、我が国における主要な死因である心筋梗塞や脳梗塞の増大のみならず、老人医療費の一層の増大を招いている。食習慣、運動習慣の是正、改善は「健康日本21」で述べられているように、生活習慣病に対する予防、治療の根本原則となっている。しかし、高齢者の日常生活活動の特徴や身体諸機能の変化、障害を正確に、しかも系統的に評価した研究は皆無に等しい。すでに、私共はこれまでの長寿科学総合研究事業において、種々検討を加え、その研究成果を解説書「高齢者運動処方ガイドライン」として、平成14年7月に出版(南江堂)した。しかしながら、高齢社会を迎えているにも拘わらず、高齢者に普遍的に認められる日常生活活動の特徴や身体諸機能の変化や障害を考慮に入れた実践的且つ安全な運動指導マニュアルがない現状であった。本研究では初年度において、高齢健常者に対するチューブやローイングを利用したレジスタンス(筋力)トレーニングと歩行などの有酸素運動の併用による脂質代謝改善効果、高齢糖尿病患者における漢方薬(牛車腎気丸)やACE阻害薬のインスリン作用増大作用、また、高齢心不全患者(心駆出率40%以下)に対するAT(無酸素閾値)レベルの運動処方の有効性、高齢肺気腫患者の運動機能や精神心理機能の把握と呼吸リハによる運動機能の改善、加齢に伴う運動筋酸素濃度の低下(筋血流量の減少)を明らかにし、2年度では、対象者数を増加させ、介入期間を延長し、新たな介入方法も追加し、種々検討を加えた。本年度は、本研究では、初年度、2年度の研究を継続・発展・応用させ、種々の身体状況の高齢者がより安全に且つ有効的で実践的な健康増進が可能となる方法やそのメカニズムにさらに検討を加えた。
研究方法
本研究は高齢者を対象としているので、可能な限り非侵襲的な研究方法を用いた。まず、カテゴリー別に担当対象を分けた。すなわち、佐藤は高齢糖尿病患者に対し、他動的運動機器(ジョーバ(商標)、(株)松下電工)を用いた身体運動を負荷し、インスリン感受性の変動の評価をeuglycemic hyperinsulimenic clamp(正常血糖クランプ)法にて測定した。また、同運動を3ヶ月間実施させ、他動的運動機器を用いた運動トレーニングがインスリン抵抗性を改善させ得る可能性について検討を加えた。上月は、肺機能低下者の呼吸運動にともなう胸郭内構造の動態をCT動画にて観察する試みを行った。野原は心不全を伴った高齢者を対象に、低負荷運動が、血管に関わる因子、すなわち、神経体液性因子(norepinephrine、NO、BNP)、自律神経活動(BRS)、血管の硬さ(PWV)、血管破綻因子(TNF-alpha、IL-6、hs-CRP、HSP-60)、血管成長因子(HGF、b-FGF)に与える影響を検討した。また、心不全アンケート(SF36(心不全)、QOL-I、II、III、STAI)を運動療法期間前後で実施し、QOLに与える影響を確認した。樋口は障害が少なく肥満者でも行いやすいと考えられるローイング運動が、呼吸循環器系機能、筋量、骨量を増強させ得る可能性と、各種運動・スポーツが閉経後中高年女性の身体組成、呼吸循環器系機能と糖・脂質代謝指標に及ぼす影響についての検討を行った。勝村は年齢と身体トレーニング状況の異なる対象者の比較から、身体トレーニングおよび加齢による全身有酸素能変化のメカニズムの解明
を試みた。倫理面への配慮:研究対象者については、人権擁護上最大限の配慮を行った。すなわち、研究対象者全員に医師による厳重なメディカルチェックを実施した。また、研究方法の概要、予想される危険性、不利益の排除について、文書でもって説明し、インフォームドコンセントを文書にて得た。さらに、研究計画は研究を実施する各大学、研究施設の倫理委員会に報告し、承認を得た。研究期間中、事故や問題等は生じなかった。
結果と考察
今年度も、健常者や糖尿病患者、呼吸障害、心不全を有する種々の健康レベルの高齢者を対象に、内分泌代謝学的、運動生理学的、呼吸循環器学的、筋代謝学的観点から種々非侵襲的な評価を行い、以下の成績を得た。すなわち、他動的運動機器ジョーバ(商標)は急性的にグルコース消費を増大させること、また、他動的運動機器を用いた身体トレーニングは骨格筋のインスリン感受性を増大させることを確認した。このことは、他動的運動機器を用いた運動が、他の歩行、ジョギング、自転車運動など通常の有酸素運動と同様に加齢によるインスリン抵抗性の改善に有用であることを証明している。この事実は高齢者のみならず、高高齢者や超肥満者など、自発的・自立的運動が困難な対象においてもその有益性を期待させるものであった。高齢呼吸障害者(肺気腫患者)の呼気時の気流制限は気道の易虚脱性に基づく現象であり、息切れの主要な生理的要因となっている。この現象はこれまで生理学的な理論によって説明されてきていたが、不明な点が多かった。本研究は電子ビームCTにより、従来のCTよりも速い撮像時間で高解像度の画像を得ることが可能になり、換気運動の最中のダイナミックな気管支の状態を観察することに成功した。その結果、健常人では認められない現象、すなわち、安静換気時においても呼気時に気道径や内腔面積の減少が生じることが確認できた。リハビリ実施上息切れの理解は非常に重要であり、本法での画像により、一般的なCOPDの息切れに対する理解が深まることが期待された。心不全における高齢者の低負荷運動は安全で運動耐容能改善に効果的であり、心不全を悪化させることなく、副交感神経活性の改善をはじめNO、BNPの改善・改善傾向が確認できた。これは突然死を含めた予後改善に結びつくものと考えられ、心機能の改善も積極的に期待できるものであった。ローイングを愛好している高齢男性は対照群よりも呼吸循環器系機能が高く、全身および身体各部の筋量も多くなっていたことから、高齢男性におけるローイング運動が呼吸循環器系と骨格筋系の両者の改善に効果的である可能性が示唆された。また、閉経後の女性が骨折を予防するには筋・骨格系の強化が重要であり、骨密度を高める運動・スポーツとしては重力負荷がかかる各種球技系スポーツが推奨されているが、ローイング運動も高齢女性の筋・骨格系強化に効果的であることを実証した。さらに、閉経後中高年女性において、日常的な中等度運動の実施は高強度運動の実施と同等に血中脂質状態を改善させることを認めた。このことは、肥満を有していなければ、中等度の身体運動においても、高い健康状態を保ちうる可能性を示している。加齢に伴う全身有酸素能の低下には、心機能の低下が関与している可能性が示された。しかし、日常的な身体トレーニングにより、加齢による活動筋への酸素供給機能低下を予防することが可能であり、全身有酸素能の低下を抑制することができると考えられた。
結論
今年度の本研究成績は、初年度、2年度に引き続き、加齢に伴う内分泌・代謝系、呼吸・循環器系、筋・骨格系の退行性変化に対して、身体トレーニングの有効性、重要性、必要性を支持しており、「高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル」の作成に有用なevidenceを提供した。

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