大脳基底核部ドパミン神経系の維持・再生に関する研究

文献情報

文献番号
200300228A
報告書区分
総括
研究課題名
大脳基底核部ドパミン神経系の維持・再生に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小川 紀雄(岡山大学大学院医歯学総合研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 田中健一(就実大学薬学部医療薬学科)
  • 岩井一宏(大阪市立大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,732,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢人口の急速な増加にともなって「寝たきり」状態の発生機序の解明と予防が強く求められている。ヒトが独立して動作・歩行できるということは想像以上に精緻なメカニズムに支えられており、なかでも大脳基底核部のドパミン(DA)神経系はこの巧妙な協調運動の調節機構の中核をなしている。これらの背景から、生理的老化ならびに神経毒などの病的傷害の共通の機序と考えられる酸化ストレスによって大脳基底核部に特異的に発現誘導される遺伝子およびその遺伝子産物(以下、新規分子)を探索・同定する。得られた新規分子によるDA神経細胞傷害機序への関与をタンパク質の処理機構を中心に、遺伝子改変細胞ならびにモデル動物を用いて解析し、遺伝子レベルから丸ごとの個体レベルまで総合的に検討することで、「寝たきり」老人の発生の予防に役立てる。本年度は、DA関連酸化ストレスによって大脳基底核部に特異的に発現誘導される分子として同定したp53関連分子PAG608について、その細胞内動態と機構、中枢神経系での発現動態を詳細に検討した。また、4種類のイムノフィリンリガンド(IPLs)の神経保護作用とその分子機序解明を行い、α-シヌクレインに対する神経保護作用を検討した。さらに、既存のIPLsよりも強力な神経保護作用を有する非免疫抑制性IPLs候補物質の探索を試みた。酸化された鉄代謝の制御因子IRP2を選択的に識別するユビキチンリガーゼとして同定したHOIL-1の酸化蛋白質の分解における役割を解析すべく、HOIL-1結合蛋白質の解析を行い、HOIL-1ノックアウト細胞を作成し、その機能について検討した。
研究方法
①His標識野生型PAG608発現ベクター、GFP標識野生型PAG608発現ベクター、C末端あるいはN末端を欠失させたHis-変異型PAG608発現ベクターを作成した。これらをPC12細胞に導入し、6-OHDA暴露によるGFP陽性細胞数を蛍光顕微鏡で解析し、Hechest33342核染色を行った。さらに、樹立したPAG608アンチセンスcDNA高発現PC12細胞株およびPAG608のアンチセンスオリゴヌクレオチドを導入したB65細胞に、メタンフェタミン(METH)を暴露し、細胞生存率を測定し、核染色を行った。②6-OHDA投与による片側パーキンソン病モデルにL-DOPA/carbidopa投与を行い、脳切片を用いたPAG608の免疫染色を行った。③U251細胞を用いて、4種類のIPLs (FK506、rapamycin、GPI1046、V10367)の過酸化水素の細胞毒性に対する細胞保護作用について、(1)細胞生存率、 (2) Hechest33342染色、 (3)アポトーシス関連分子mRNA発現、(4) caspase-3、-8および-9活性、(5)細胞内GSH濃度、(6)GDNFおよびBDNF活性をそれぞれ測定・評価した。また、α-シヌクレイン過剰発現SH-SY5Y細胞株に4種類のIPLsを添加し、細胞生存率を測定した。④IPLsと同様の神経保護作用が期待できるジペプチドをSH-SY5Y細胞に添加し、細胞内GSH濃度とGDNF、BDNF遊離量を測定した。⑤HeLa S3細胞のS100ライセートからアフィニティー精製したHOIL-1含有画分を抗HOIL-1抗体で免疫沈降し、ペプチドマスフィンガープリント法にてHOIL-1結合蛋白質の検索を行った。⑥HOIL-1リガーゼの機能を解析するために、ニワトリHOIL-1 cDNAの同定を行い、ニワトリDT40細胞を用いてHOIL-1ノックアウト細胞の作成を行った。
結果と考察
①DA神経細胞死におけるPAG608の細胞内動態とその機構について検討し、PAG608が核と核小体に集積し分布していること、PAG608が第一ジンクフィンガードメインを介して結合することで核や核小体に移行するという細胞内動態、さらに、この核内移行が酸化ストレスによるアポトーシスの過程に必要という障害機構を明らかにできた。ま
た、酸化ストレスが関与するMETHによるDA神経細胞死についても、PAG608の遺伝子発現抑制により阻止されたことからも、PAG608はL-DOPAや6-OHDAによるDA細胞障害のみならず、酸化ストレスによるDA神経のアポトーシス発現過程に共通して関与していると考えられる。②免疫染色により、PAG608がパーキンソン病モデルの大脳基底核部においてL-DOPAにより特異的に発現誘導される分子であることを確認できた。また、PAG608の恒常的な脳神経運動核での発現という興味深い知見も得た。③非免疫抑制性IPLsのFK506アナログGPI1046ならびにV10367が、神経保護作用を有することを確認した。それらの神経保護作用に、細胞内GSH濃度の増加作用を主に介した抗酸化作用と神経栄養因子BDNFおよびGDNFの活性化による神経再生作用が関与していることを明らかにした。また、それらの作用はFKBP12に依存していないことを見出した。④既存IPLsよりも強力なGSH増加作用、神経栄養因子活性化作用を呈する非免疫抑制性IPLsの候補物質を数種類見い出した。強い神経保護作用を示す新しい低分子非免疫抑制性IPLsとして応用が期待できる。⑤HOIL-1と結合する蛋白としてペプチドマスフィンガープリント法により、未知のRING finger蛋白質を同定した。これをHOIL-1と強制発現させたところ、両者はヘテロ多量体を形成することが明らかになった。⑥HOIL-1ノックアウト細胞を樹立できた。予備的な段階ではあるが、HOIL-1は蛋白質の凝集を抑制する可能性を示唆する結果を得ることができた。HOIL-1の神経変性疾患への関与について、HOIL-1ノックアウト細胞および現在作成中のHOIL-1ノックアウトマウスを用いてさらに解析を進める。
結論
本年度の研究により、p53によって発現誘導されるPAG608は酸化ストレスによるDA神経のアポトーシス発現過程に共通して関与していること、第一ジンクフィンガードメインを介して核や核小体に局在しており、その核内移行が酸化ストレスによるアポトーシス誘導過程に必要であることを明らかにできた。組織学的検討により、PAG608はパーキンソン病モデルの大脳基底核部においてL-DOPAにより特異的に発現誘導されていることを再確認した。また、IPLsの神経保護作用には免疫抑制作用ならびにFKBP12は必要なく、GSH増加作用、神経栄養因子の活性化作用ならびに抗アポトーシス作用が重要であることを明らかにした。さらに、GSH増加作用と神経栄養因子の活性化作用を指標に、神経保護作用の力価が既存の非免疫抑制性IPLsより強い候補物質の探索を行い、数種類の候補物質を得ることができた。これらの候補物質が根治的な治療薬を持たない多くの神経変性疾患患者への福音となることが期待できる。酸化蛋白質を選択的に識別するリガーゼとして昨年度同定したHOIL-1の機能解析のために、HOIL-1結合蛋白質の解析を行い、HOIL-1ノックアウト細胞を作成した。予備的な実験ではあるが、HOIL-1は未知のRING finger蛋白質と結合すること、蛋白質凝集を抑制する可能性が示唆された。蛋白質凝集はパーキンソン病などの神経変性疾患に特徴的なものであるので、今後はHOIL-1のそれら疾患における役割の解析を進めたい。

公開日・更新日

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