WHIPを中心にしたWerner症候群の早期老化の分子機構の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300226A
報告書区分
総括
研究課題名
WHIPを中心にしたWerner症候群の早期老化の分子機構の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
榎本 武美(東北大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 多田周右(東北大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,605,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウェルナー症候群(WS)は早老症の代表的疾患で、若年期より、白髪、動脈硬化、糖尿病、骨粗鬆症など老化に関連した種々の症状を発症し、平均寿命は約46才である。その死因の主なものは癌、脳血管障害などで、健常人と変わらず、ウェルナー症候群では神経症状を除く種々の老化現象が加速されていると考えられる。このウェルナー症候群は一つの遺伝子の変異で引き起こされることがわかっており、老化のメカニズムを分子レベルで研究するための非常によいモデルとなると考えられる。ウェルナー症候群の原因遺伝子は1996年に同定され、大腸菌のRecQに相同性の高いタンパク質をコードすることが明らかにされたが、この遺伝子産物(WRN)がどのような過程で、どのような機能を果たすのかは依然不明のままである。本研究は、我々が発見したWRNに結合するWHIPを解析の中心に据え、WRNが機能する過程を同定し、WRN、WHIPの機能を解明することにより、ウェルナー症候群患者由来の細胞で観察される染色体の不安定化の原因を分子レベルで明らかにすることを目的にしている。
研究方法
1) 出芽酵母のDNA polymerase δの温度感受性変異株にWHIP、RAD18、MMS2、SGS1、RAD52などの変異を導入したり、野生型や変異したPCNAを発現させることにより、WHIP、WRN(酵母ではSgs1)の機能を解析した。
2) DT40 細胞を用いて、WHIP、WRN遺伝子破壊株や、これらの遺伝子とDNAの複製、修復、組換えに関わるタンパク質をコードする遺伝子との二重破壊株を作製し、それぞれの遺伝子の単独破壊株の増殖や、種々のDNA傷害剤に対する感受性、SCEの頻度等を比較することにより、これらの遺伝子によりコードされるタンパク質相互の機能的関連を解析するとともに、WHIPやWRNが機能する経路の同定を試みた。3)アフリカツメガエル卵抽出液を用いたDNA複製・修復系で、DNA傷害時のWRNやWHIPの動態を解析した。
結果と考察
1) 酵母を用いたWHIP、WRN(Sgs1)の機能の解析
DNA複製酵素であるDNA polymeraseδのサブユニットの変異株を用いて、DNA polymeraseδとyWHIPとの機能的を調べた。DNA polymeraseδ変異株の増殖の温度感受性やHU感受性は、yWHIPの破壊により抑制され、複製後修復に関与するRAD18、MMS2遺伝子を破壊することによっても抑制された。以上の結果や、野生型及び変異型PCNAをDNA polymeraseδ変異株に発現させて解析した結果より、yWHIPはRad18、Mns2が関与するポリユビキチン化とは異なる機構で鋳型スイッチを行っていることが示唆された。一方、SGS1遺伝子の破壊により、DNA polymerase δの温度感受性変異株の増殖能は著しく低下した。
2) WHIPとWRN及びRAD18との関係
DT40 細胞を用いてWHIP単独破壊株、WHIP/WRN、RAD18/WHIP二重変異株を作製して解析を行った。その結果、カンプトテシンによる 傷害の修復やSCE 形成においては、WHIPは WRN とは異なる経路で機能していることが明らかになった。一方、RAD18とWHIPはカンプトテシンによる 傷害の修復においてはなんらかの機能的関連をもつことが明らかになった。
3) WRN と非相同末端結合修復との関係
DNA 二重鎖に生じた切断(double strand breaks, DSB)は修復が行われないと細胞は致死となる。この DSB を修復する修復系として、相同組換え経路 (homologous recombination; HR) と非相同組換え経路 (non-homologous end joining; NHEJ) が存在する。そこで、WRNとNHEJ に関与するKU70との二重変異株WRN/KU70を作製し、WRNとNHEJとの関係を解析した。その結果、DNA トポイソメラーゼ II阻害剤であるエトポシド、ICRF-193 によるDNAの傷害の修復に機能するNHEJにWRNは関与していないことが示唆された。一方MMSによる傷害に対しては、KU70 の下流で、KU70 の DSB を認識する能力に依存して働くことが示唆された。
4) WRNと相同組換え修復との関係
WRN は HR経路と何らかの関係があると考えられるが、それを示す決定的な証拠は得られていない。そこで、HRに関与するXRCC3あるいはRAD52とWRNとの二重破壊株、 WRN/XRCC3、WRN/RAD52を作製した。WRN/XRCC3二重破壊株はシスプラチン、カンプトテシン、MMSなどのDNA傷害剤に対して、単独破壊株より高い感受性を示した。この結果は、WRNがこれらのDNA傷害剤により生じる損傷に対して、XRCC3が関与するHRとは異なるDNA修復経路において機能していることを示している。しかしこのことは、WRNがHRに関与することを完全に否定するものではない。DT40細胞においてXRCC3はRAD52と合成致死性を示し、両者はHRにおいて相補的に機能することが報告されている。したがってWRNはRAD52の関わるHR経路で機能している可能性が考えられる。我々はすでにWRN/RAD52二重変異株の作製に成功しているので、WRN と RAD52 との関係が近い将来解明できるものと思われる。
5) WRN と 複製後修復との関係
WRNがDNA polymerase δと結合することが報告されている。また、酵母を用いた解析から、WHIPとRad18の両者がDNA polymerase δと機能的関連をもつことが示唆された。そこで、RAD18/WRN二重変異株を作製し、このRAD18/WRN 二重変異株の示す DNA 傷害剤に対する感受性をそれぞれの遺伝子の単独破壊株と比較した。RAD18/WRN二重破壊株のシスプラチン、UV、MMSに対する感受性はRAD18単独破壊株の感受性と同程度であり、カンプトテシンに対する感受性はRAD18、WRNそれぞれの単独破壊株の感受性よりも高かった。この結果は、WRNがシスプラチン、UV、MMSによる傷害に対してはRAD18と同じ経路で機能しており、カンプトテシンによる傷害に対しては別経路で機能することを意味している。 WRNはDNA polymeraseδをはじめとして、複製因子であるPCNA、FEN-1、RPA、と相互作用することが報告されている。この事実を考え合わせると、WRNは、RAD18が機能する鋳型スイッチ型の複製後修復経路で機能している可能性が考えられる。
6)アフリカツメガエル卵抽出液を用いた cell-free系による解析
DNA傷害認識・修復過程を再現した無細胞実験系を用いて解析をすすめた。WRNがDNA複製の進行に応じて一過的にクロマチン上に移行すること、aphidicolin等によりDNA複製の正常な進行を抑制した場合にクロマチン上に強く結合すること、caffeineの添加によるチェックポイント機構の阻害によりWRNの結合量がさらに増大することなどが判明した。また、WRNがDNA二本鎖切断の生成に応じてDNA複製とは関係なくクロマチン上に結合し機能することが示唆された。
結論
酵母のDNA polymerase δの温度感受性変異株や複製後修復に関わるタンパク質の変異株を用いた解析から、Rad18、Mms2によるPCNAのポリユビキチン化によるDNA polymerase δの鋳型スイッチとは異なる機構でWHIPが鋳型スイッチを行っている可能性が示唆された。また、DT40細胞の遺伝子破壊株を用いた解析の結果から、カンプトテシンによるDNAの傷害の修復やSCEの形成に関しては、WHIPとWRNはそれぞれ別の経路で機能していると考えられる。WRN と非相同末端結合修復との関係では、WRNがKU70の下流で機能することが明らかになり、WRNがKU70によりDNAの傷害部位へリクルートされる可能性が示唆された。WRN と 複製後修復との関係では、WRNがシスプラチン、UV、MMSによる傷害に対してはRAD18と同じ経路で機能していることが明らかになった。RAD18が含まれるDNA複製後修復系でWRNが機能することを示す報告はどこにもなく、WRN の DNA 修復における機能を知る上で、重要な発見をしたことになる。以上の本年度の研究成果により、WRNの機能に関する20年来の謎「WRNがどのように複製に関与しているのか、あるいは複製中に遭遇した傷害の修復にどのように関与しているのか?」の解明にむけ、さらに大きく前進することができた。

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