加齢に伴う多臓器障害発症機序と予防に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300225A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢に伴う多臓器障害発症機序と予防に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 直記(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 下澤達雄(東京大学)
  • 石神昭人(東京都老人総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,732,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴い全身の臓器に様々な障害が出現し、臓器機能の低下が生じ高齢者の生活の質(QOL)が低下するばかりではなく医療経済学的にも重要な問題となっている。本研究は加齢に伴う多臓器障害の発症機序をゲノム・蛋白質レベルで解析し、予防法の開発に資する研究成果を得て実際の高齢者医療に外挿することを目的としている。
加齢に伴う生体分子の減少と臓器障害に関する研究は多数あるが、ほとんどは既知の分子を中心に行われている。あるいは特定の限られた臓器にしか出現しない分子について行われている。従って多臓器障害の発症機序を解析するにはubiquitousに発現する分子あるいは血液循環する分子を対象に解析することが望ましいと考えられる。本年度は3つの生体分子が加齢に伴い分子、細胞、組織、臓器にいかなる影響を与えているのかを解析した。その3つの生体分子は1)主任研究者が発見した老化抑制分子であるSMP30、2)分担研究者の下澤等がその欠損モデルマウスを確立した血管作動性分子アドレノメデュリン、3)分担研究者の石神等により大部分の遺伝子が解析されたpeptidylarginine deiminase(PAD)により翻訳後修飾を受けた脱イミノ化蛋白質である。このように本プロジェクトに関与する研究者がそれぞれの研究で国際的競合において優位に立つ成果が得られている分子を対象としている点が独創的であると確信している。
研究方法
①老化抑制分子SMP30については欠損動物の長期飼育による臓器障害を病理形態学的に観察した。またアポトーシスを誘導しやすい喫煙および薬剤障害に対する感受性について解析した。SMP30分子に関しては酵素活性の検討と高次構造解析を産業技術総合研究所千田俊哉研究員との共同研究で行った。初代肝細胞培養法によりSMP30が有する抗酸化機能について解析した。研究成果の臨床応用を進めるために臨床検査試薬の開発を開始した。高感度のSMP30測定系に用いるためのモノクローナル抗体を作製した。 ②血管作動性分子アドレノメデュリン欠乏病態の解析は加齢、低酸素刺激、大腿動脈周囲カフ装着モデルを用いて、それぞれインスリン抵抗性、肺高血圧、動脈炎に対するアドレノメデュリンの治療効果を検討した。 ③翻訳後修飾がPADによりなされた分子の同定をアルツハイマー病脳において行った。抗脱イミノ化蛋白質抗体による免疫染色と質量分析器による脱イミノ化蛋白質の同定を行った。
結果と考察
①老化抑制分子SMP30の解析:SMP30欠損マウスは外的な傷害に対して障害の閾値が低下することを明らかにした。マウスモデル系に強制的に喫煙をさせるとSMP30欠損マウスでは野生型に比較して気管支上皮のアポトーシス数が顕著に多いことが認められた。また抗ガン剤のシスプラチン投与では尿細管上皮の核変性が野生型(正常)マウスに比較し顕著となった。この結果は高齢者の薬剤障害に重要な貢献をすると考えられた。またSMP30欠損マウスは医薬品開発の際に薬剤障害のスクリーニングに応用することが可能であることがわかった。我々の作製した短寿命となるSMP30欠損マウスを長期間観察し「普通の老化」に認められる形態学的な指標を求めた。その結果、欠損マウスでは野生型に比較して早期に典型的な老化の形態学的な指標となる「リポフスチン」と「老化関連β-galactosidase」が出現することがわかった。この事実は我々が考えるところの「普通の老化」の出現が促進される唯一のモデル動物であることが明らかとなった。「リポフスチン」と「老化関連β-galactosidase」の出現は形態学的観察によりSMP30欠損マウスに観察されるミトコンドリアの変成に関連する現象であることが示唆された。ミトコンドリアの変成はライソソームの異常に連結し「老化関連β-galactosidase」の発現を誘導すると考えられた。
肝臓におけるSMP30分子の発現は中心静脈周囲に免疫染色法により強く発現していることがわかった。この結果は肝臓内における血流分布の影響を受けている可能性があることから初代肝細胞培養法によりSMP30発現の加齢変化を解析した。初代肝細胞培養ではSMP30発現が充分な細胞と全く発現していないものとの2群に分けられたところからSMP30の発現様式から老化型と若齢型に分類でき、中間型が極めて少ないことがわかった。これは細胞の老化への移行様式を考える際に重要な現象である。データベースによる解析を行いSMP30と相同性を有する遺伝子を同定した。その結果、SMP30はアミノ酸配列の一部に相同性を示すものにparaoxonase 1があることを見いだした。そこでSMP30とparaoxonase 1の基質特異性を解析した。その結果、基質特性が一部は共通するも基本的に異なることを明らかにした。医薬品開発のための基礎資料となる結晶化によるSMP30の高次構造解析に成功した。とくに塩化カドミニウムによる共結晶化が有効であった。高次構造の解析は米国に於いても実施されていたが本研究グループは彼らに先駆けて成功した。臨床検査医学への応用に資するための検査試薬に用いるためのモノクローナル抗体を現在まで5クローン樹立した。最も適切なモノクローナル抗体の組み合わせによるELISA法による高感度検出法を企業と共同で開発している。 ②血管作動性分子アドレノメデュリンによる病態の解析:アドレノメデュリンは我が国で発見された血管作動性分子であり下澤等がその欠乏モデルマウスを開発した。その結果、酸化ストレスに対する抵抗性の低下に起因して心血管系疾患ばかりではなく糖尿病も出現することが明らかとなった。これらの結果を基にしてアドレノメデュリンの酸化ストレスに対する抵抗性について解析を行った。アドレノメデュリンを欠乏マウスに投与することにより種々の症状が改善された。また酸化ストレスの指標が低下することを証明した。異常の結果、抗酸化を介した生活習慣病および老年病の治療薬の可能性を明らかにした。 ③脱イミノ化蛋白質を中心とした解析:脱イミノ化酵素PADはペプチド内のarginine残基をcitrullin残基に転換する酵素であるが、その酵素により様々な蛋白質が脱イミノ化を受けて傷害された組織に検出される。2つのアミノ酸は電荷が大きく異なるために抗原性にも大きな変化が生ずる。本研究においてはアルツハイマー病患者脳の海馬領域を非アルツハイマー病患者脳と比較すると脱イミノ化蛋白質が顕著に増加していることを明らかにした。脱イミノ化蛋白質の存在は症状の強さと相関しており今後の臨床応用の可能性が示唆された。この事実は他の臓器障害にも応用が可能であり臓器障害の定性化と定量化法開発に貢献する新しいアプローチであることが明らかとなった。
結論
老化抑制分子SMP30は老年病態に重要な因子であることを確定した。またその欠損モデルマウスは老化研究および医薬品開発に有用であることが明らかとなった。
血管作動性分子アドレノメデュリンは糖尿病を含めた生活習慣病を抑制する分子であることを明らかにした。その機序は酸化ストレス抑制によるものであり今後の医薬品への応用の可能性が展望された。脱イミノ化蛋白質の同定は臓器の傷害の程度を反映することから老年病態の定性化・定量化に応用できることを明らかにした。

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