Ras依存性の細胞老化機構の解明

文献情報

文献番号
200300224A
報告書区分
総括
研究課題名
Ras依存性の細胞老化機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道行(大阪大学微生物病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田中伸哉(北海道大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,140,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、老化の分子メカニズムを明らかにすることにより、老化に起因する多くの疾病に対する新規の治療標的分子を発見することにある。
研究方法
① プラスミド: pRaichu-Ras, pRaichu-Racについては既に報告した。pRaichu-Rasはアミノ末端から順に、YFP、スペーサー、Ras、スペーサー、RafのRas結合領域、スペーサー、CFPから成る。このRasからRafにいたる領域をp38と置換した。p38は、N末およびC末を削ったほか、さまざまな変異体をPCRで作製した。これらのプローブをpPirmond、発現される蛋白をPirmondと命名した。pIRM21はpCAGGS に由来する発現ベクターであり、3'側のマルチクローニング部位にinternal ribosomal entry siteと蛍光蛋白dsFP593の翻訳領域が含まれている。このベクターにp38の活性化因子であるMKK6および不活化因子であるMKP7をサブクローニングした。PCRの鋳型に用いるcDNAは西田栄介博士(京都大学)に供与いただいた。② 細胞および抗体: COS7細胞は福井泰久博士(東京大学)から、SVts8細胞は井出利憲博士(広島大学)から、Hs68細胞は原英二博士(徳島大学)から供与いただいた。COS7細胞は10%血清を含む低グルコースDMEM培地で培養した。SVts8細胞およびHs68細胞は、10%血清を含む高グルコースDMEM培地で培養した。SVts8細胞は通常、許容温度である34度で培養し、非許容温度である38.5度で培養することで老化を誘導した。Hs68細胞はecotropic receptorを組み込んだものを使用し、Rasの活性化型変異体をレトロウイルスを用いて発現させることにより細胞老化を誘導した。p38、リン酸化p38に対する抗体はセルシグナリング社より購入した。③ プローブ分子を用いたイメージング: Pirmondプローブ、またはRaichu-Ras、Raichu-RacプローブをCOS7細胞、SVts8細胞、Hs68細胞に発現させ、イメージングを行った。プローブはリポフェクション法またはマイクロインジェクション法により細胞に導入した。CoolSNAP HQ CCDカメラを備えたオリンパスIX70倒立型顕微鏡で観察し、CFPの蛍光画像および、CFPから黄色蛍光蛋白(YFP)への蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)により観察されるYFPの蛍光画像を取得し、この2枚の画像の蛍光強度比を図ることで、p38、Ras、Racの活性を測定した。フィルターセットは励起フィルター440AF21(Omega)、445DRLPダイクロイックミラー(Omega)、吸収フィルター480AF30および535AF26(Omega)を用いた。必要により細胞をアニソマイシン、EGF、PDGF(Sigma)で刺激し、活性変化を解析した。④ SYT-SSXのもつ細胞老化機構を哺乳類の培養細胞を用いた系およびマウス個体で検討: ヒト滑膜肉腫細胞株において老化関連βガラクトシダーゼ活性が増加しているか否かを検討する。また、様々な細胞株をもちいて、SYT-SSXがp21を誘導するか否かを検討する。さらにSYT-SSXトランスジェニックマウスを作製し、細胞老化の促進の有無を個体レベルで検討する。
結果と考察
結果=① p38活性モニター分子の老化細胞での実証検討: p38活性モニター分子Pirmondが、細胞老化の基礎研究で多用される系において設計どおりの機能を果たすかどうかについて、実証検討を行った。細胞老化メカニズムの実験系はreplicative senescenceとpremature senescenceに大別される。今回の検討では、それぞれSVts8細胞とHs68細胞をモデルとして用いた。SVts8細胞は、癌蛋白質SV40 LT抗原の温度感受性変異体により有限寿命の線維芽細胞TIG-3を不死化させた細胞であり、非許容温度での培養により速やかに老化する。また、有限寿命の線維芽細胞であるHs68細胞は、Rasの活性化型変異体をレトロウイルスを用いて発現させることにより老化を誘導できる。双方の老化細胞において、P
irmondを用いて生きた細胞でp38MAPキナーゼの活性をモニターできることが確認できた。平行して行った生化学的解析により、SVts8細胞では細胞老化に伴うp38活性の上昇が見られたが、Hs68細胞では形態・増殖速度から判断して明らかに老化が誘導されている場合についてもp38活性の上昇が見られなかった。② ヒト滑膜肉腫細胞株を用いた細胞老化: ヒト滑膜肉腫細胞株、SYO-1、HS-SY-II、Fuji、FU-SY-1においてはβ-Gal活性が約3倍以上増加していることが明らかとなった。対照としてはU251、SK-OV3、HeLa、HCT116、NIH3T3、3Y1細胞を用いた。ウエスタンブロット法にて滑膜肉腫細胞のFujiとSYO1において著明にp21WAF1/CIP1の蛋白発現の増加が認められた。次に、p21WAF1/CIPのプロモーターの活性化状態をルシフェラーゼアッセイを用いて検討したところ、滑膜肉腫細胞4種類すべてにおいて、他の癌細胞株に比較して10倍から40倍の活性化を認めた。さらに、SYT-SSX発現ベクターをヒト線維芽細胞株に一過性に導入した場合にもp21WAF1/CIP1のプロモーターの活性化を認めた。③ SYT-SSXの安定発現による細胞の増殖抑制:SYT-SSXはp21WAF1/CIP1の発現を誘導することが示されたが、細胞増殖能に対する影響を調べるためSW13細胞を用いてSYT-SSXの安定発現株を作成したところ細胞増殖能の低下を認めた。
考察=癌遺伝子産物であるG蛋白Rasの恒常的活性化型は、初代線維芽細胞においては癌化の誘導は行わず、むしろ細胞の老化を誘導する。この老化誘導がp38MAPキナーゼを介することが明らかにされた。また継代数を重ねることによる細胞老化においても、p38の活性化が関与するという報告も行われている。本年度行った生化学的解析により、SVts8細胞では細胞老化に伴うp38活性の上昇が見られたが、Hs68細胞では形態・増殖速度から判断して明らかに老化が誘導されている場合についてもp38活性の上昇が見られなかった。このことは細胞老化に関わるメカニズムが予想以上に複雑なものであることを示唆している。その場合、p38活性化の場所やタイミングについてさらに詳細な解析が必要になると思われる。本研究で開発されたp38のプローブは、その要請に応えるツールとして有用である。今回の検討ではp38のプローブによって細胞の老若によるp38の活性化パターンに有意な差を認められなかったが、その点は、イメージング技術の進歩と、プローブに使用している蛍光蛋白質の改良によって見込まれる感度の向上により、さらに正確な検討が行えるものと考えている。本研究により、p38MAPキナーゼの活性を老若の細胞で生きたまま比較検討する系を確立することができた。今後の技術的進歩によりさらに感度が向上することが見込めるので、老化の分子メカニズムを細胞の情報伝達経路の視点から解明するツールとしてますます有用になると考えられる。また、細胞を生きたまま観察できるという点を生かして、薬剤スクリーニングの系に組み込んで使用できる可能性もあると考えられる。我々はこれまでに滑膜肉腫原因癌遺伝子SYT-SSXがhBRMと結合し癌化を誘導することを明らかにしてきたが、本研究ではSYT-SSX分子に着目し細胞老化のメカニズムの検討を行った。昨年度までの当該研究においてSYT-SSXはSW13細胞においてはp21の発現を誘導することを報告してきたが、本年度は、滑膜肉腫細胞株4種類全てにおいて老化関連β-Galが活性化する事が明らかとなった。またSYT-SSXのトランスジェニックマウスにおいては体重増加の抑制がみられたことからSYT-SSXは細胞増殖抑制能を有することが考えられた。今後はこの内因性の増殖抑制能を利用した。腫瘍の老化促進治療法の開発に発展させたい。
結論
p38MAPキナーゼの活性を老若の細胞で生きたまま比較検討する系を確立することができた。また、クロマチンリモデリング因子に結合するヒト滑膜肉腫原因キメラ癌遺伝子産物SYT-SSXと細胞老化の関連が明らかとなった。

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