寿命制御遺伝子に関する分子遺伝学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300223A
報告書区分
総括
研究課題名
寿命制御遺伝子に関する分子遺伝学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
白澤 卓二(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 古関明彦(千葉大学医学部)
  • 本田修二(東京都老人総合研究所)
  • 安井明(東北大学加齢医学研究所)
  • 村松正明(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
11,492,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
線虫の長寿ミュータントであるDaf-2を用いて、長寿に関連する遺伝子(長寿関連遺伝子)を探索・単離し、これらの遺伝子および遺伝子産物を分子生物学的に解析する事により、個体の寿命決定の分子機構を明らかにする。また、Daf-2、Clk-1等の線虫の長寿変異をマウスの染色体に導入した長寿マウスを遺伝子工学的に作製し、哺乳類の個体寿命の遺伝子操作の可能性を検討する。
研究方法
1)インスリン受容体変異マウスの解析:インスリンシグナルとカロリー制限による寿命シグナルの交差性について検討することを目的とした。カロリー制限には生後4週齢のマウスを用いた。カロリー制限群(CR)の給餌量は、自由摂取群(AL)の摂取量の60%量とし、週3回、月、水、金曜日に給餌した。CR群およびAL群の体重を4週毎に測定した。
2)クロック遺伝子改変マウスの解析: clk-1欠損マウスのホモ接合体の胎生致死の原因がアポトーシスである可能性について検討した。ミトコンドリアの膜電位を測定する為、胎生10.5日の胎児の細胞をJC-1で蛍光染色し、共焦点顕微鏡を用いて590 nmと 530 nmの蛍光強度を測定し、両者の比を求めた。さらにチトクロームCの局在、核の凝縮・断片化、TUNEL染色について検討した。
3)組織特異的MnSO欠損マウスの解析:Cre-loxp systemを用いて膵臓b細胞特異的MnSOD欠損マウスを作製した。このマウスを用いて、糖負荷試験(絶食14時間後、グルコースを2g/kgの濃度で腹腔内投与し、投与後0分、15分、30分60分、120分後の血糖を測定)抗グルカゴン、抗インスリン抗体を用いての免疫組織化学染色、ミトコンドリア呼吸鎖複合体NADH oxidase、 Succinate dehydrogenase (以下、SDHと省略)、Cytochrom c oxidase(以下、COXと省略)の活性染色を行った。また、デジタル顕微鏡を用いてランゲルハンス島の面積を測定した。
結果と考察
(1)インスリン受容体変異マウスの解析:インスリン受容体変異マウスの体重および各臓器の重量を比較検討した結果、インスリン受容体変異マウスは野生型マウスに比べて雌で9.9%、雄で10.0%体重が減少していた。また各臓器を比較すると脂肪が特異的に減少していることが判明した。しかしながら16週齡マウスの食餌摂取量は遺伝子型間に有意な差は認められなかず、インスリン受容体変異マウスで観察された体重減少は食餌摂取量の減少によるものではないことが明らかとなった。次に60%のカロリー制限を行った。その結果、カロリー制限により、インスリン受容体変異マウスの体重は自由摂取群(AL)の体重と比較すると雌では16.9%、雄では29.0%減少した。しかしながら、インスリン受容体変異マウスの雄ではカロリー制限によって34匹中3匹が死亡したことから本研究のように4匹飼育でカロリー制限を行う条件下では、体の小さい生存競争により死亡する可能性が考えられた、雌では、4匹で飼育するこことによる問題は発生していない。以上の結果からでカロリー制限を行う場合は1匹飼育で行うことが理想的であると考えられた。
2)clk-1欠損マウスの解析:ホモ接合体マウスのE10.5の胎児の細胞のミトコンドリア膜電位は野生型マウス由来細胞に比べ有意に低く、アポトーシスに特徴的な歪で凝縮、断片化した核が多数認められた。またホモ接合体マウスの細胞ではTUNEL陽性細胞が全身のあらゆる部位で観察された。clk-1遺伝子はミトコンドリア電子伝達体であるユビキノンの合成酵素であり、clk-1欠損マウスではユビキノンが全く合成されず、前駆体であるデメトキシユビキノンが存在している。今回の研究によりデメトキシユビキノンでもわずかに電子伝達系が機能していることが、JC-1による蛍光染色で明らかになったが、正常な高い膜電位を維持するには不充分と考えられた。また、ヘキスト染色やTUNEL法による染色結果から、clk-1欠損マウスでは、全身の細胞にアポトーシスが誘導されており、その直接原因がclk-1欠損によるミトコンドリア膜電位の低下である可能性が示唆された。
3) 臓器特異的MnSOD欠損マウスの解析:膵臓b細胞特異的MnSOD欠損マウス(bKOマウス)の解析を行った。その結果、定常時における血糖値、血中インスリン濃度には、対照マウスと有意な差は見られず、免疫組織化学染色によりbKOマウスのランゲルハンス島でのインスリン合成も確認された。しかしながら、グルコース負荷試験の結果、bKOマウスでは血糖値の低下に遅延が認められ、潜伏期・境界型糖尿病状態であることが判明した。またミトコンドリア呼吸鎖複合体の活性染色を行ったところ、SDHの活性が顕著に低下していることが判明した。これらの結果は、MnSODを欠損したことによりミトコンドリア呼吸鎖酵素複合体が酸化ストレスを受け、機能低下を起こしたものによると考えられた。またbKOマウスのランゲルハンス島は過形成しており、これは糖負荷時のインスリン分泌低下を代償するために起きたのではないかと考えられた。以上のことから、MnSODは糖尿病感受性遺伝子であり、b細胞においてMnSODを欠損すると、インスリン分泌に障害が生じることが示唆された。
結論
(1)インスリン受容体変異マウスの解析:インスリン受容体変異マウスを用いてカロリー制限を4匹飼育で実施することは困難であることが判明したため、今後は1匹飼育で行う必要がある。また、総合報告書に記述したように、インスリン受容体変異マウスの酸化ストレス耐性能は野生型マウスと比較して酸化ストレス耐性が高く、食餌制限することによって相加的に酸化防御能を増強した。
(2)クロック遺伝子欠損マウスの解析:clk-1遺伝子産物はミトコンドリア電子伝達体であるユビキノンの合成酵素であり、clk-1欠損マウスではユビキノンが全く合成されず、前駆体であるデメトキシユビキノンが存在している(前年度報告)。本年度の研究結果から、clk-1欠損マウスでは、ミトコンドリアの膜電位の低下が引き金となり、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出が起こり、全身にアポトーシスが誘導され、最終的に胎生致死になることが示唆された。(3)臓器特異的MnSOD欠損マウスの解析:膵臓b細胞特異的MnSOD欠損マウスを作製し、表現型の解析を行った。免疫組織化学染色の結果から、bKOマウスのランゲルハンス島では正常なインスリン、グルカゴンの合成が認められた。しかしながら、糖負荷試験を行うと血糖の低下に遅延が観察され、インスリンの分泌に障害が起きていることが示唆された。以上からbKOマウスは潜伏期・境界型糖尿病であることが判明した。またランゲルハンス島のSDHの活性が顕著に低下し、過形成をおこしていることも明らかとなった。今年度の結果から、本研究で作製した組織特異的MnSOD欠損酸化ストレス傷害と老化、疾患の関係を明らかにする有効なツールであると期待される。

公開日・更新日

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