高齢者の筋・骨格系の痛みに対する鍼灸及び徒手的治療法の除痛効果に関する基礎的および臨床的研究

文献情報

文献番号
200300221A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の筋・骨格系の痛みに対する鍼灸及び徒手的治療法の除痛効果に関する基礎的および臨床的研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
水村 和枝(名古屋大学環境医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 杉浦康夫(名古屋大学大学院医学研究科)
  • 猪田邦雄(名古屋大学医学部保健学科)
  • 肥田朋子(名古屋大学医学部保健学科)
  • 川喜田健司(明治鍼灸大学)
  • 勝見泰和(明治鍼灸大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
12,320,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者はしばしば腰痛・下肢痛を始めとした筋・骨格系の痛みを有し、それは高齢者の活動を制限し、QOLに大きな影響を与えている。これらの痛みの発生機構を科学的に解明し、適切な治療法を提示することは、高齢化社会を迎えている現在、大きな課題である。そこで若年および老齢ラットに筋肉痛・関節痛のモデルを作成し、このモデルを用いてその痛みの神経機構および鍼灸・徒手的治療法の除痛機構を解明する。また、最も有効性の高い方法について臨床的に明らかにする。
研究方法
動物実験にはラットを用いた。後肢筋(長指伸筋、腓腹筋)に伸張性収縮を負荷して遅発性筋痛を作成した。1部のラットは、これを大腿動・静脈結紮による虚血下で行った。筋痛の存在は、Randall-Selitto法による圧痛覚閾値の測定、収縮負荷筋の電気刺激に対する反射性筋電図を用いた。遅発筋痛状態の筋からの求心神経活動記録は、長指伸筋―総腓骨筋神経摘出標本を用いて行った。疼痛の筋機能への影響を調べるための慢性疼痛は、坐骨神経絞扼によって作成した。カラゲニン筋炎は、腓腹筋にカラゲニンを注入することによって作成した。ヒトを対象とする実験は4群行った。皮膚表面麻酔の圧痛覚への影響を調べるためには、1側の前腕にキシロカインパッチを1時間貼付し、他側にキシロカインの含まれていないパッチを貼付してコントロールとし、貼付の前後で疼痛閾値を測定した。若年被験者(13名)で伸張性収縮負荷により遅発性筋痛を作成し、収縮負荷後1日目にバイブレーション治療を実施した。高齢の腰痛患者(18名)に対しては無作為に2群(トリガーポイント治療群(平均年齢71.9±3.7歳)、経穴治療群(平均年齢73.8±7.0歳)に振り分け、治療は週1回とし、治療期間(A)と無治療期間(B)を3週ずつ計6週(AB:計6週)行うことを1クールとし、それを2クール(ABAB法:計12週)行った。また、もう1群の高齢腰痛患者(9名、70.5±14.3歳)を無作為に2群にわけ、トリガーポイント治療(A)とコントロールとしてのSHAM治療(鍼管をたてるだけで、鍼を刺さない。B))を無治療期間(C)を間にはさんで交互に実施した(ACBCまたはBCAC)。各治療は週1回実施し、3週を1クールとした。膝痛を持つ高齢者(8名、平均年齢84.8±5.8歳)は無作為に2群(徒手的治療群と運動治療群)にわけ、徒手的治療法と運動療法のいずれかを原則として週2回で3週間行い、3週間の無治療期間をはさみ、その後もう一方の治療を行った。
結果と考察
1)より臨床像に近いモデルを作るため、実験的筋痛の慢性化を試み、大腿動・静脈の結紮による虚血状態で伸張性収縮(ECC)を負荷することが有効である。また、このモデルにおいて運動負荷側の筋の電気刺激で誘発される反射性の筋電図活動にwind- up様の現象が見られ、その現象は非運動負荷側の刺激でも見られたため、中枢性の感作によるものと考えられた。これは関連痛の新しい実験モデルになりうると考えている。2)また遅発性筋痛が出現するECC負荷後2日目のラットの求心神経活動では、運動負荷筋のC線維受容器の自発活動には変化がなく、機械刺激に対する反応閾値は低下し、機械反応の大きさが増大していた。これはECC後の遅発性筋痛に自発痛がほとんどなく、圧痛が主体であるという現象とよく一致する。3)ECC負荷を81週齢のラットに行い、筋痛(圧痛閾値の低下)の時間経過が若年動物と異なるか調べた。まだ例数が少なくはっきりした結果ではないが、筋痛出現時期が1日遅い傾向があった。4)慢性疼痛が筋機能に
及ぼす影響を慢性疼痛モデル動物(坐骨神経絞扼ラット)について調べ、筋の萎縮、筋張力の低下、筋線維タイプの変化(速筋の遅筋化、遅筋の速筋化)、筋小胞体のCa2+取り込み速度の低下を明らかにした。5)ラット腓腹筋に分布するP2X3、TRPV1、CGRPを発現する神経の走行、分布を明らかにした。6)ラットのカラゲニン筋炎作成によって生じる脊髄後角ニューロンの受容野の変化はWDR、NSニューロンにのみ生じ、もとからある受容野の反応性に変化はなかった。炎症部位を支配する後根神経節においてASIC1のmRNA発現が増大していた。7)筋痛覚の信頼性の高い測定法を確立するため、刺激プローブの形状と刺激圧力の伝達深さとの関係を、有限要素法を用いたコンピューターシミュレーション、皮膚表面麻酔下での3種の大きさのプローブによる圧痛閾値測定で調べ、先端が大きな(今回の結果では>4mm)プローブであれば、筋痛覚がかなりよく反映されることを明らかにした。8)若年者に作成した実験的筋痛に対するバイブレーション治療(運動1日後に実施)の効果を、項目を絞って再度調べた。バイブレーション治療は疼痛感や関節可動域改善に有用であった。9)高齢の腰痛患者(平均年齢70歳前後)で圧痛点・トリガーポイントを検索し、今年度はコントロール群(Sham治療群)を置き一般的な経穴に対する置針とトリガーポイント部への置針と比べ、トリガーポイント置針がより有効であることを明らかにした。10)デイケアに通所し膝に痛みを有する高齢者(平均年齢85歳)に徒手的治療と運動療法を行った。対象数もまだ少なく、合併症も複数あることもあり有意な改善は見られなかった。評価方法についての問題点がいくつか明らかになった。
本年度の実験により臨床像により近い筋痛モデルの作成が可能になり、また麻酔下でも中枢性痛覚過敏の指標となる現象が見つかったため、脊髄における細胞外記録との併用により筋痛に対する鍼治療の実験的解析が今後可能になると考えられる。また、筋痛の末梢神経機構の一部が明らかになったので、今後加齢動物での変化など、さらにその詳細を調べていく。慢性疼痛が筋機能に大きな影響を与えることがあきらかになり、痛みを取ることが日常生活活動(ADL)や生活の質(QOL)を保つ上で重要であることが認識された。また、筋痛覚閾値の測定法におけるプローブ形状の重要性が明らかになった。今後さらに太った人、やせた人、若年者と高齢者などの組織特性の違いも考慮に入れて、汎用性のあるプローブの形状、またはそれぞれにあった形状を確定し、臨床の場で応用できる形にする。若年者の実験的筋痛症状の一部にバイブレーション治療が有効であった。高齢者の腰痛に対しては、トリガーポイントに置針することが経穴に置針するよりも有効であることが明らかになった。
結論
本研究により、筋痛に関する基礎的な研究と臨床治療とを結ぶ橋が具体的にできて来た。今後さらに両者の連携を深めることにより、治療の神経機構が解明され、より有効な治療法を探ることが可能になると考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-