居住福祉型特別養護老人ホームにおけるケアと空間のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
200300219A
報告書区分
総括
研究課題名
居住福祉型特別養護老人ホームにおけるケアと空間のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
井上 由起子(国立保健医療科学院施設科学部)
研究分担者(所属機関)
  • 三浦 研(京都大学大学院工学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,605,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2002年より、個室・ユニットケアを基本とした小規模生活単位型特別養護老人ホーム(通称、新型特養)の整備がスタートし、2003年からはその運営がスタートした。1ユニットの入居定員は10人以下、居室の定員は1人とし、床面積は有効13.2 ㎡/室以上、共同生活室は有効2㎡×ユニットの定員以上の床面積としユニットごとに設ける、廊下幅は、原則として片廊下1.8m以上・中廊下2.7m以上、ただし、待避スペースを設ける場合には、片廊下1.5m以上・中廊下1.8m以上等の設備基準が設けられた。当然のことながら、これらの設備基準は一括処遇から個別ケアへというソフトの転換があってこそ活きる形態であり、その意味では、居住環境の質はハードとソフトの両面から捉えるべき事柄であろう。このように特養を「すまい」として整備するという基本方針はうち立てられた。本研究は、このような状況を背景に、今後の特養におけるケアと空間のあり方を明らかにすることを目的としている。具体的には、以下の3項目について調査研究を実施した。
1.新型特養におけるケアと生活の実態に関する研究
2.既存特養における居住環境の改善手法に関する研究
3.特養の地域展開の方向性に関する研究
研究方法
研究1:新型特養におけるケアと生活の実態に関する研究
①2002年度に補助申請を行った79施設の新型特別養護の平面分析に基づく平面特性の把握
②新型特養6施設について視察を行い、ケアと生活の実態を把握
③個室ユニットを原則とした特別養護老人ホームの使われ方
研究2:既存特養における居住環境の改善手法に関する研究
①既存改修を実施している施設への視察をとりまとめ居住改善の方向性を抽出
②この10年で整備された全特養の平面分析と新型転換の可能性について検証
③居住改善を実施している一施設を題材に具体的に改善を進める際のプロセスの要点整理
研究3:特養の地域展開の方向性に関する研究
①ユニットケアに取り組む施設の中で先進的に実施されている逆デイサービスの全国実態調査
②上記結果を受け、民家転用型の逆デイと、施設型の逆デイにおける建築空間の差異を解析
③ユニットケアに取り組む法人が運営する小規模多機能施設での生活実態の把握
結果と考察
研究1:新型特養におけるケアと生活の実態に関する研究
図面分析によれば、1人あたり延床面積は50㎡強、個人スペース:公共スペース=38:62である。居室の9割に洗面が、3割にトイレが設置されていた。ユニット間のつながりは、ユニットの独立性により7タイプに分類された。ユニットの独立性が高いがゆえに、ユニット単独で職員配置をせざるをえないプランが多数みられた一方で、ユニットの独立性を低くし、2ユニットで運営することを想定したプランが散見された。ケア方針を想定したうえで平面計画がなされているとも言えるが、一括処遇のままのサービスが可能なハードでもあるという危惧も抱えており、職員配置について指針を示す必要性がある。
平面分析後、6施設について現地視察を行った。ユニット定員は10程度であり、極端に小さいものは存在しない。ユニットの独立性の程度によって職員配置の組み方に変化が見られた。ユニットの独立性が高い5施設で、ユニット単位で職員配置が組まれ、職員比率は1.5?2.25:1であった。夜勤については、夜勤専従職員、勤務時間の短縮化と月回数の増加などで対応を講じている施設が多い。食事は4施設が委託だが、ユニット調理や会議への出席などを労務契約に結び、チームケアを目指していた。全ての施設でLANの構築が導入予定となっている。
先進事例一施設における行動観察調査から、滞在場所間の移動を自主的に行っているのは、痴呆が軽度で移乗が可能な方に限られ、移乗が出来ない場合や痴呆が重くなると、移動の自主性が失われ介護職員側から滞在している場所を決められる場合が多く、それに伴い無目的な行為が増えることが分かった。居室とリビングの動線が短いことや、介護者が一つの共有空間に滞在している時間が長いことが、移動介助や移動サポートを依頼しやすい環境を生み出していると推察された。
研究2:既存特養における居住環境の改善手法に関する研究
4600の既存特養のうち、数年のうちに全面立て替えを迎えるものが25%、施設補助基準面積が大幅にアップされた以降に建設されたものが26%、その中間時に建設されたものが50%であり、建設時期によってハード上の方針は異なると推察される。先進施設でのヒアリングから、ユニット(概ね20以下)に職員を固定させるとともに、様々な権限をユニットに移譲させ、施設職員自身がハードの改善の重要性に気づくことが継続的な居住改善を図るうえで重要であるとの結果が得られた。
居室基準面積が10.65㎡以上である1995年度以降に整備された特養図面615施設の図面をもとに、平面計画の把握と、新型特養への転換可能性を分析した。現状の個室率は従来型23.6%、GC型48.1%、一食堂あたりの定員数は従来型43.7名、GC型14.4名であった。新型転換可能性を「ほぼそのまま」「内部改修のみ」「一部拡張」「大幅拡張」「転換不可」「不明」の6パターンにわけ、2ユニット以上転換できるかどうかで分析した。結果として、「ほぼそのまま」10.2%、「内部改修のみ」5.0%、「一部拡張」15.3%、「大幅拡張」16.1%、「転換不可」39.7%、「不明」13.7%となった。新型転換が難しいことが示され、新型に合致したハードを整備するのであれば、多くのケースで定員増を伴わない拡張や定員削減が必要である。個室率と食堂分散とでは、個室率が新型転換の可否に影響を与えていた。新型転換できない施設の殆どが、食堂の分散化(定員16名以下)は可能であった。ユニットケアを行う既存施設の多くが、個室化よりも食堂分散がハード要件として重要であると認識していることからも、入居者のための居住改善という視点からみれば、新型転換するか否かではなく、まずは、食堂分散を実施することが必要と思われる。
研究3:特養の地域展開の方向性に関する研究
平均的な逆デイサービスは以下のようなものであった。①利用者数10名以下、職員3名以下。②痴呆性でかつ身体的な自立度の高い入居者が多い。③実施頻度は週5日以上が半数強であった。④1日の流れは、朝食後母体施設を出発し、逆デイ先で昼食をはさんで過ごし、その後母体施設に戻るというものであった。宿泊を行っている施設はなかった。⑤移動は車で5?20分という施設が8/10施設であった。いずれの実践例においても、人員配置を含む、施設全体の取り組みが必要条件と言える。
椅子式通所施設と座式通所施設の行動観察調査から、座式通所施設では職員と入居者が平座位という床面に座る姿勢の割合が高くなるのに対して、椅子式通所施設では、職員と入居者の姿勢が異なり、職員は入居者より目線が高い立位の割合が高い。座式通所施設では利用者も職員も視線の高さが低く、そして同じ高さの姿勢を保った生活を行っていた。それは、立ち上がったり移動したりすると場の空気が乱れてしまい、わずかな移動でも、四つん這いや膝を付いたまま移動するという理由によるところが大きい。今後は大規模施設においても民家の特性と取り込むことが求められる。
小規模多機能居住施設での実態調査からは以下の結論が得られた。①一人あたりの延べ床面積が新型特養に較べて小さい(26.7㎡)が空間の質に大差はなかった。②ケア体制については二種類のスタッフ(常駐、訪問)が存在する。訪問スタッフは個人としての生活を支え、常駐スタッフは集まって暮らすことの価値を見いだす支援を行っている。③居室の滞在頻度が高く、利用者は訪問スタッフとの関わりを基に、個別的な生活を送っている。ただし、地域の人、家族、他の一般住人など、様々な人の出入りがあることが普通の暮らしをもたらしている。
結論
1.新型特養におけるケアと生活の実態に関する研究
新型特養の図面分析から、ソフトについての理解がないままにハードを整備する危険性が明らかとなった。とりわけユニットのかたちと職員配置の事前検討が欠かせない。現地視察からは、運営サイドと設計サイドがチームとして計画にあたってゆくことの重要性と、そのための情報提供の必要性が明らかとなった。ユニットのかたち(規模や独立性)については施設運営者との、浴室・トイレ・食堂の計画においてはケアスタッフとの協働が欠かせない。一施設における行動観察調査からは、移動の自主性を維持するためには、居室と共有空間の動線が短いことが重要であることが分かった。スタッフと入居者間の物理的距離を短くし、サポートを依頼しやすいような環境を作り出すことも重要である。
2.既存特養における居住環境の改善手法に関する研究
既存特養の居住環境の向上にあたっては、個別ケアの導入後に、居室の個室化、食堂分散を図ることの重要性が示唆された。図面分析からは、新型への転換が極めて難しいことが明らかとなった。居住環境改善のためには、新型転換のみならず、食堂分散をはじめとする小規模化(浴室、汚物処理室、介護単位など)や個室とは別のかたちで居室のプライバシーの向上を進めることが重要である。
3.特養の地域展開の方向性に関する研究
逆デイサービスの実態把握から、その実施には十分な職員配置が求められるといえる。また、民家に見られる床座は、人間工学的な分析からも、利用者と介護者の視線や居合わせ方を柔軟な多様性をもたらすことが明らかになった。今後の小規模多機能を含む施設計画において、座式生活の特長を取り入れる必要性が重要である。小規模多機能居住の調査からは、住宅と介護を別個に供給するシステムの価値が見いだされた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-