脳卒中患者の失認・失行と生活障害に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300213A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中患者の失認・失行と生活障害に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 龍太郎(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 今福一郎(横浜労災病院神経内科)
  • 村嶋幸代(東京大学大学院医学系研究科)
  • 永田智子(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
2,028,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳卒中患者の発症後早期から生じる失認・失行は、患者の日常生活動作能力、在宅生活適応の負の影響要因であることが知られている。急性期ばかりでなく慢性期についても、失認・失行に関連した生活動作・活動の評価は難しい。本研究は、失認・失行を有する初回発症脳卒中患者の急性期から慢性期における生活障害を簡便に評価しその意義を明らかにすること、リハビリテーション期における生活障害の特性を明らかにすること、それによって改善が顕著であった症例を臨床的に検討し、医療ケアの介入の可能性を探ることが目的である。
研究方法
脳卒中初発例のリハビリテーション期における生活障害特性の研究では都内のT老人専門病院リハビリテーション科にリハビリテーション目的で入院した脳血管障害初発例563例のうち、麻痺なし、両側麻痺、小脳・脳幹病変、左利きの計76名を除外した487例を分析対象とした。また、失認・失行症例の急性期からの追跡研究では、地域中核病院に入院した全脳卒中患者のうち、初回発症、失認・失行を有する右大脳半球損傷脳卒中患者9(梗塞7名、出血2名;男性6名、女性3名;平均年齢66.2±3.4歳)名を対象に、入院時の脳卒中の重症度別に、日本語版CBS(the Catherine Bergego Scale: Azouvi, P. et al. Neuropsych Rehab, 6: 133, 1996)、自己の障害への認識などを、入院(T1)、退院時(T2)、退院後1ヶ月(T3)、退院後3ヶ月(T4)、6ヶ月(T5)、12ヶ月(T6)の時経列の変化を分析した。日本語版CBS作成に当たっては、CBSの作者に許可を得て、医学系専門家による日本語への順翻訳および逆翻訳をおこなった。CBS得点の研究者観察と自己評価との得点差をAgnosiaとした。
結果と考察
脳卒中初発例のリハビリテーション期における生活障害特性の研究では、対象例の脳血管障害の種類は脳梗塞が約7割、脳内出血が約3割を占め、麻痺側は右側が55.2%、左側が44.8%であった。失行のある者は全体の14.1%で、失認のある者は全体の26.5%であった。このうち、28名(5.7%)は両者を合併していた。すなわち、34.9%が失認・失行の両者ないしいずれかが認められた。対象例は右利きであるので、麻痺側による頻度差、生活障害の違いを検討した。失行は、右側片麻痺では11%、左側片麻痺では15%に認められ、麻痺側による有意差は認められなかった。失認は、右側片麻痺では12%、左側片麻痺では44%もの高頻度で認められ、有意な左右差が認められた。ADL、IADL、入院期間の左右差はなく、MMSEは左側片麻痺の方が高値であった。各生活動作、機能障害の比較では、IADLの電話・買い物・服薬管理、ADLの食事摂取、洗顔、歩行、機能障害の手指・上肢・下肢のすべてについて左側片麻痺で有意な低下が認められた。
失認・失行症例の急性期から12ヵ月後までの追跡研究における全脳卒中患者72名中失認・失行の発症頻度は14.1% (11/72),初発の右大脳半球脳卒中患者の78.5%(11/14 )だった。更に、同意が得られた対象の9名(梗塞7名、出血2名;男6名、女3名;平均年齢66.2±3.4歳)のは、8名がNeglect、うち1名は半側身体失認を有し、1名は着衣失行を有していた。NIHSS(脳卒中の重症度:The National Institutes of Health Stroke Scale)は平均11.3±2.9点、軽度2、中等度4、重度3名と分類された。入院時のCBS平均得点14.5±7.2点だった。初回退院先は、軽度が自宅へ、中等度以上は転院していた。NIHSS重症度別のCBS時系列変化をみると、軽度例では、入院後早期に失認・失行が消失し、退院後の生活障害は認められなかった。CBSの観察ではT1で低値、T2以降0点だった。CBSの自己評価は観察と同様だった。障害への認識:全経過を通しAgnosiaスコアは0点だった。中等度例では全経過を通しNeglect行動があり、退院後1ヶ月から6ヶ月では、これら生活障害を認識し、精神的疲労を示していた。CBSの観察では全経過を通しNeglect行動がみられ、T3以降、徐々に改善がみられた。T3で、背後からの刺激にキョロキョロして振り返れないものがいた。障害への認識は、T1からT5までAgnosiaスコアが高いものと、T3以降自分なりに障害を認識するものの認識の程度に変動がみられるものがいた。重度例のうち1名は脳ヘルニアを起こし、発症後5ヶ月後に永眠された。残り2名は、全経過を通し重度な失認が継続し、退院後早期にはCBS得点の悪化がみられ、自己の病状や障害への気づきが乏しかった。CBSの観察では、入院時から高値で、退院後早期には生活行動の拡大と共に、更に悪化がみられ、T6でも中等度だった。また、T0からT3まで、左側からの刺激にキョロキョロと辺りを見回して動作の集中が途切れた。移動時、車椅子に体をぶつけてしまうこと、麻痺側を体幹の下敷きにすることで、肩関節、膝関節の脱臼、麻痺側の打撲、擦過傷が絶えなかった。CBSの自己評価では、入院中は障害を軽度に評価し、退院後6ヶ月までも中等度に評価し、自分の病状や健康障害への認識、気づきの回復が乏しかった。障害への認識では、全経過を通しAgnosiaスコアが高く、麻痺や障害への認識が乏しく、T4では、麻痺側を脱臼するという健康傷害すら認識できなかった。
先行研究に一致して、我々の研究においても半側空間無視(失認)そのものはADL総合スコアや入院期間について有意な影響を認めなかったが、IADLを中心とする生活機能については影響を及ぼし、左側片麻痺で失行・失認が存在する場合には主として上肢を用いる生活機能が障害されることが明らかになった。一般に、利き手が障害を受けるほうが日常生活動作に不自由を与えるものと考えられるけれども、左側片麻痺の場合、利き手の機能が保持されているにも関わらず上肢を用いる日常生活動作が影響を受けやすいという事実は在宅生活援助の観点から留意すべきである。居室での活動を中心とする日常生活においては上肢を使うさまざまな動作が基本となっており、しかも周囲の援助者がその状況を理解しなければ患者、援助者ともに多大なストレスを抱えるものと思われる。急性期からの失認・失行追跡研究の対象例は9例であったが、脳卒中の失認・失行に関する時系列変化研究は先行研究にほとんど見られず、意義あるものと考える。入院時のCBS平均得点15点(最重度30点)は決して低値ではなく、中等度のNeglect行動を示すことから、右大脳半球損傷脳卒中患者ケアを提供するにあたっては、あるべき障害として考慮すべきだろう。
入院時の脳卒中の重症度分類に基づくと、入院時軽度者は、Neglectが早期に消失するという従来の知見と一致している。入院時中等度以上の場合、急性期から慢性期にもNeglect行動と生活障害が継続することが考えられる。また、中等度と重度では、その生活障害の変化に違いがあることを示した。退院時早期の生活行動拡大と共にCBS得点の変化では、中等度は徐々に改善する一方、重度では悪化がみられ、健康障害への認識の違いが出現することから、時期的変化と生活障害の違いが生じうることに着目する必要性が考えられる。更に、入院後早期から慢性期までの生活障害を予測し得ると考えられるだろう。
結論
失認・失行をもつ脳卒中患者の追跡研究においては、主にNeglect患者の評価法として用いられているスケールCBSの日本語版を作成し、このCBSによるNeglect行動分析を中心にした生活障害の変化を明らかにした。対象とした初回発症右大脳半球脳卒中患者の急性期CBS平均得点は、15点(1~24)で最大スコア30点の中間レベルにあり決して低値ではないこと、中等度以上の症例では12ヵ月後も失認・失行関連障害が持続することが示された。また、行動障害の認識低下が広くみられ、介護関係に影響することがわかった。リハビリテーション期における生活障害特性分析の研究では、発症1,2ヶ月を経過した脳卒中初発例でも35%に失認・失行の両者ないしいずれかが認められること、左側片麻痺例では利き手である右上肢機能が保たれ認知機能もある程度維持されているにもかかわらず上肢関連動作が右側片麻痺例よりも劣っていることが示された。右大脳半球脳卒中患者では、急性期から在宅での生活実態を念頭に置いた患者と介護者への援助を計画していくこと、そのためにCBSのような簡便な評価法の利用が有用であることが示唆された。

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