舌機能評価を応用した摂食嚥下リハビリテーションの確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300212A
報告書区分
総括
研究課題名
舌機能評価を応用した摂食嚥下リハビリテーションの確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
赤川 安正(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 津賀一弘(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
  • 菊谷 武(日本歯科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,323,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、医師、歯科医師、言語療法士、看護師といった様々な職種が摂食嚥下障害に取り組んでいる。このような臨床現場からの要望の一つに、摂食嚥下リハビリテーションの最も対象となる口腔期の簡便で客観的な診査・診断法と、それに基づいたリハビリテーション療法の確立があげられる。我々は、摂食嚥下の口腔準備期、口腔期に主役となる舌に注目し、特に食塊の送り込みに必要な舌圧の客観的評価に関する研究を積み重ねている。現在までに、臨床応用可能な舌機能の客観的評価法としてディスポーザブルプローブを用いた舌圧測定装置を開発し、舌圧の臨床的指標の探究、加齢による影響などの研究を行ってきた。そこで今回、本装置を摂食嚥下障害への診断ならびにリハビリテーションプログラムの作成に利用すべく本研究を企画した。この簡便な舌圧測定の結果を指標とした舌機能評価が確立されることにより、現在まで術者の経験により行われていた舌運動の評価が日常性を持って客観的に行え、高齢者のケア現場における食事形態や栄養状態と舌圧の関係をより大規模に探究することができる。もう一つの利点として、この装置を用いて口腔機能圧をビジュアルフィードバックすることで、高い訓練効果も期待できる。
以上より本研究は、従来よりさらに小型で簡便に舌機能を評価するための舌圧測定装置を開発し、舌機能評価法を確立すること、舌を中心とした口腔機能と高齢者の食事形態、栄養状態との関係を検討すること、さらに舌圧のリハビリテーション法を確立することを目的とした。
研究方法
研究1:被験者は広島大学歯学部学生及び教職員94名(若年群:19-30 歳、男性43名、女性51名)と介護老人施設に入所している者45名(高齢群:51-95歳、男性14名、女性31名)とした。若年群には最大舌圧及び吸引圧、高齢群には最大舌圧の測定をそれぞれ行った。測定器は小型圧力センサー内蔵型舌圧測定装置( ALNIC社製試作機PS-03 、総重量253 g、90(W)×135(L)×35(H)mm )を新たに開発し、ディスポーザブルのプローブ(受圧部用風船:外形18mm、体積3.2ml)を接続して測定した。最大舌圧については被験者に最大の舌圧にて口蓋皺壁に7秒間、プローブの受圧部を押しつぶすよう指示し、吸引圧については受圧部を7秒間、最大の力で吸引するよう指示した。
研究2:被験者は介護老人保健施設(宮崎県)入居者のうち、調査を行うことのできた、65歳以上のもの61名(男性17名 女性44名)とした。調査項目はADL、意識レべル、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS‐R)、残存歯ならびに義歯の使用状況、開発した簡易舌圧測定装置による最大舌圧および食事形態とした。統計学的解析にはχ2検定ならびに一元配置分散分析を用いた。
研究3:介護老人保健施設(広島県)一般療養棟入所者のうち、調査を行うことのできた65歳以上のもの66名(男性21名 女性45名,平均年齢82.3歳)を対象とし、全身状態(ADL,痴呆性老人の日常生活自立度判定基準を含む)、口腔内状態,食事形態を調査するとともに、簡易舌圧測定装置による最大舌圧を測定した。なお食事形態は普通食(ご飯+軟菜・普通)、おかゆ(おかゆ+軟菜・普通)、キザミ食(全粥+きざみ)、ミキサー食の4群に分けて検討した。
研究4:対象は特別養護老人ホームに入所する要介護高齢者83名とした。舌の運動機能は運動速度、運動範囲、運動の力として最大舌圧を評価した。対象者のうち血清アルブミン3.5g/dl以下もしくは過去半年間の体重減少率が5%以上の者をエネルギー低栄養状態protein-energy malnutrition(PEM)のリスク群とした。さらに,PEMのリスク群以外の対照群との間、舌圧との関係を検討した。
研究5:広島大学附属病院を受診し舌運動障害と摂食障害を訴えられた30歳代男性を対象とし、ディスポーザブルの口腔内プローブを用いた舌のリハビリテーションを行った。
結果と考察
研究1:最大舌圧は若年群で36.7±8.7 kPa(平均±1 S.D.以下同様) 高齢群で25.1±9.6 kPaとなり、若年群に比べ高齢群で有意に低かった(p< 0.001 )。吸引圧は若年群で平均11.5±5.8 kPaとなった。このように、開発した本装置を使用することにより、場所を選ばず約7分間という短時間で簡便に舌圧および吸引圧を測定することができた。本測定装置は医療や介護・リハビリテーションの現場においても、舌や口腔機能を日常的な簡便さで数値表示し、評価することができた。
研究2:食事形態は普通食相当が50名、ソフト食相当が11名であった。食事形態の相違と年齢、性別、意識レベルおよび口腔内状態とのあいだに有意差は認められなかった。しかしながら食事形態とADL、HDS‐Rならびに最大舌圧のあいだに有意差が認められた。最大舌圧とHDS‐Rの間に相関関係が見られた。これは測定時の指示が通じず最大舌圧が低下したと考えられた。ゆえにHDS‐Rが20点以上の被験者の食事形態と最大舌圧の関係をみると、最大舌圧は普通食相当群が平均20.9kPa、ソフト食相当群は平均6.1 kPaで有意差を認めた。以上より最大舌圧が高齢者の食事形態を決定する要因の1つとして考えられることが明らかとなった。
研究3:各食事形態の人数は普通食:29名、おかゆ:14名、キザミ食:19名、ミキサー食:4名となり、年齢や性別に偏りはなかった。ADLの低下とともにミキサー食が有意に増えていた(p<0.01)。また、痴呆が高度になるにつれ食事形態が有意に軟らかいものへと移っていくことが明らかとなった(p<0.01)。ADLおよび痴呆の影響を除いた上で、舌圧が食事形態の決定に影響しているのか否かを検討するために、ロジスティック回帰分析を行ったところ、両者間に有意な関係(p<0.05)が認められ、食事形態決定に舌圧が関わることが追認された。
研究4:舌圧は運動速度や運動範囲と強い関連を示した。また舌圧や運動速度、運動範囲などが示す舌の運動機能は摂取している食形態やむせなどの食事の際に見られる観察項目と関連を示した。さらに舌圧においてPEMリスク群は対照群に比べて有意に低い値を示し、身体機能とPEMとの関係には有意な相関を認めた。以上より、口腔機能とくに舌の機能は要介護高齢者の栄養状態と関連を示し、低栄養の予防のためには、全身の筋力強化と同様、口腔ならびに舌に対するリハビリテーションの必要性を示唆する結果を得た。
研究5:リハビリテーション開始時には約1kPaであった最大舌圧が1年間で20 kPaまで回復し、嚥下の口腔期が改善されて食物残渣も減少し、発音も明瞭になることが明らかとなった。
結論
上記の結果より示された舌圧と食事形態の明確な関係や舌圧とPEMの関係は舌圧が摂食・嚥下の際に重要な力であることを証明するだけではなく、舌に対するリハビリテーションの必要性を示唆しており、さらに少数例ではあるがリハビリテーションの可能性に示唆を得ている。現在,舌のリハビリテーションを被験者に協力を得て舌圧のトレーニングを行っており,現在良好な結果がでつつある。これらについて更に被験者の規模を拡大し最終的には舌機能評価を応用した摂食嚥下リハビリテーションの確立を目指す。

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