摂食・嚥下障害患者の「食べる」機能に関する評価と対応(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300211A
報告書区分
総括
研究課題名
摂食・嚥下障害患者の「食べる」機能に関する評価と対応(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
才藤 栄一(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 馬場 尊(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
  • 武田斉子(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
  • 鈴木美保(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,802,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年になって「咀嚼を伴う嚥下(食べる)は咀嚼を伴わない嚥下(飲む)とは別様式である」という極めて重要な概念が米国ジョンズ・ホプキンス大学とわれわれとの共同研究によって解ってきた。臨床上、嚥下造影で誤嚥を認めなくても、実際の食事ではむせ込んで誤嚥の存在が疑われる患者をしばしば経験するが、この嚥下様式の区別が明確でなかったため、その病態が理解できなかった。また、多くの嚥下障害食といわれる食品が開発されるようになってきたが、これらは全て「丸飲み食」であり咀嚼の概念に欠けている。一方、患者の「噛みたい」という要望は大きい。以上より、摂食・嚥下障害の評価・対応の精緻化には、咀嚼を含んだ嚥下、すなわち「食べる」機能の解明とその臨床応用が不可欠である。
本研究では、3年度計画で摂食・嚥下障害患者における「咀嚼を有する嚥下」への標準的対処法を体系化する。具体的には次の項目について研究を行う。(A)嚥下反射に及ぼす咀嚼の影響の定量的解明、(B)咀嚼負荷嚥下評価法の開発、(C)安全な咀嚼訓練方法の開発、(D)中咽頭での安全な食塊形成が可能な食品特性の同定。対象は、健常者および摂食・嚥下障害患者とし、方法は、嚥下造影、嚥下内視鏡による検討を中心とする。
これまで主に、咀嚼は歯科、嚥下は耳鼻咽喉科、と別個に研究されてきた。「食べる」行動を対象とした統合的研究は、生理学的・運動学的知見を利用して咀嚼・嚥下連関という新しい概念を生み出すという学問的意義はもちろん、摂食・嚥下障害患者の評価・対応の精緻化という臨床的成果に直結する。
Dysphagiaを、嚥下の問題を中心としながらも臓器レベルを超えて「摂食行為全体の問題(摂食・嚥下障害)」と捉えるようになったのはこの十数年のことである。以後、多面的な研究が行われるようになってきたが、咀嚼と嚥下はこれまで専ら別個に研究されてきた。
1997年Palmerらはヒトの嚥下におけるProcess Model (咀嚼嚥下モデル)という概念を提唱した。これは、液体の一口飲み嚥下と固形物の咀嚼嚥下とは様式が全く異なり、液体嚥下時の食塊は口腔で形成される一方、固形物の咀嚼嚥下時の食塊は中咽頭で形成されるという概念であった。この報告後、われわれはPalmerらと共に負荷法を工夫し、液体の咀嚼動態の観察により食物物性ではなく咀嚼運動自体が中咽頭での食塊形成の主要因であることを見いだした。また、液体と固形の混合物の咀嚼の際には、食塊が嚥下反射前に下咽頭にまで到達してしまうことを見いだし、誤嚥発生機序、臨床的対応法に大きな示唆を与えた(Saitoh ら 2001)。
この咀嚼嚥下の概念から再考すると、咀嚼は嚥下反射惹起に関して抑制的に働いている可能性を考慮すべきであり、特に咽頭期障害を有する摂食・嚥下障害患者にとっては咀嚼が直接的に誤嚥を誘発する危険性も危惧される。一方、患者の咀嚼への希望は強く、さらに、咀嚼嚥下における咽頭内での食塊形成が個人差のある現象であることも確認しており、その差の解析から適正な咀嚼のあり方を模索できるかも知れない。
つまり、従来の嚥下評価・対応が基本的には咽頭にのみ注目し「飲むこと:drinking」に対し行われてきたのに対し、本研究は、真の意味で「食べること:eating」へと視点を変換し、また、咀嚼負荷嚥下評価法、その訓練法や治療食などの概念を確立させることを目的とした。

研究方法
結果と考察
(A)咀嚼の嚥下反射に及ぼす影響の定量的解明
・「高齢健常者における咀嚼嚥下の検討」では嚥下造影(VF)を用いて咀嚼嚥下の加齢による変化の検証を健常若年群と健常高齢者群とを比較検討を行った。高齢者の嚥下は、若年者と異なっており、特に70歳以上では顕著な相違点があった。加齢が命令嚥下に大きな変化を及ぼしている可能性が示唆された。咀嚼を伴う嚥下では高率に下咽頭に食塊が進行することを観察した。これらは誤嚥の危険性を増加するものと考えられた。
・「咀嚼嚥下の個人差要因に関する形態学的検討」では、個人差のある現象である咀嚼嚥下での食塊の嚥下前咽頭進行について、喉頭蓋の形態の個人差との関係性を検討した。本研究では、嚥下前咽頭進行の個人差と関連する形態学的個人差が無いか否かを検討するため、個人差として目立つ喉頭蓋の形態の差異(接触型、非接触花弁型、非接触筒型)に注目して比較検討した。形態と深達度との関係は、全体として接触型で深達度がやや浅く筒型でやや深い傾向を認めたが、統計的に有意であったのは混合物の咀嚼のみであった。
・「複数の嚥下様式の検討」では この報告を基礎にこれまでの液体の命令嚥下と固形物や混合物の咀嚼嚥下に、我々が日常的に行う液体のコップ飲み、ストロー飲みの嚥下様式を加え、これらの複数の嚥下様式について嚥下前食塊進行を基準に検討し、コップ飲み、ストロー飲みの特徴や難易度について検討した。咽頭への深達度を基準に各嚥下様式の難易度を考えてみると、難易度の低いものはクッキーあるいはコンビーフの咀嚼嚥下、難易度の高いものは混合物の嚥下でほぼ同等の難易度として、液体のコップ飲みとストローのみが考えられた。液体の命令嚥下は中間的と考えられた。
(B)咀嚼負荷嚥下の評価法の開発
・「ビデオ内視鏡検査による嚥下前咽頭進行の評価」では、嚥下造影(Videofluorography:VF)とビデオ内視鏡検査(Videoendoscopy:VE)を同時施行し、その同期画像を用いて高齢者の嚥下時におけるwhiteout開始時点と舌骨運動開始時点の時間差を検討した。また、VEとVFとにおける食塊先端位置の同定のされ方の違いについて検討した。Whiteoutの開始と舌骨運動開始の時間差には被験物間による有意差は認めなかった。また、 VEはVFで観察できない少量の食塊を同定可能で、食塊の咽頭進行の同定についてはより感度の高い検査法であると考えられた。VEは、嚥下前咽頭進行を十分に評価できる手法であると考えられた。
・「ビデオ内視鏡検査見による誤嚥要因の再考」では若年健常群の咀嚼嚥下を含めた嚥下運動の所見から誤嚥要因を考察した。 VEを使用し咀嚼嚥下を含めたいくつかの嚥下様式を観察しwhiteout、喉頭蓋の飜転と復位、披裂間切痕の閉鎖の同定と食塊進行の観察を行った。
・「ビデオ内視鏡検査による咀嚼負荷嚥下法 - 摂食・嚥下障害患者例への応用 -」では本年度の研究課題4・5で行われたビデオ内視鏡検査(Videoendscopy; VE)の手法を踏まえて、摂食・嚥下障害例にVEによる咀嚼負荷嚥下法を試行した。VEによる咀嚼負荷嚥下法は摂食・嚥下障害例にも臨床上有用であると考えられた。
・「咀嚼負荷嚥下法における被検食物の検討」では咀嚼負荷嚥下法の精緻化の目的で、高齢者を含めた健常成人を対象に被験食物の検討を行った。混合物の嚥下反射前の中咽頭以降への進行は高率であり、年代間に有意な差がみられなかった。クッキーでは下咽頭に進行する割合が年代ごとに増加しており、かつ全ての領域が認められたこと、また、位相時間については 喉頭蓋谷集積時間や下咽頭通過時間の年代間の差がより明確であることなど特徴があり、嚥下動態の変化をとらえやすいと考えられた。従って、咀嚼負荷法を施行する場合では、混合物とクッキーが合目的であると考えられ、混合物は高い難易度の負荷として、クッキーは嚥下前咽頭進行を検討する負荷として適当と考えられた。混合物の咀嚼嚥下は固形物単体の咀嚼嚥下とは別様式である可能性も考えられた。
(C)安全な咀嚼訓練方法の開発
・「咀嚼嚥下時のSGSとSupersupraglottic Swallow(SSGS)の嚥下動態を予備的検討として内視鏡的に観察し、その応用可能性を探った。咀嚼嚥下では、自覚的にも他覚的にも難易度が増し、SGS以外は遂行困難であった。
・「咀嚼時間・回数と嚥下前咽頭進行の関連の検討」では咀嚼運動と食塊の咽頭進行の関連を明らかにする目的で、咀嚼時間、回数と嚥下前咽頭進行の関連について検討した。咀嚼を伴う嚥下への対応は、下咽頭へ食塊を進行させないということを第一の命題とすれば、咀嚼効率を増すような手段の応用が一法と考えられる。適合の良い義歯の使用、咀嚼筋群や舌筋の筋力訓練は有用で、食物形態では咀嚼時間、回数を減少させかつ離水しない食物形態が有用と考えられた。
・ 「咀嚼嚥下における体位効果の検討」では、嚥下法と並んで広く嚥下障害患者に使用されている対応法である体位調整について。特に、chin downと呼ばれる「顎を引く」姿勢の咀嚼嚥下での利用を考え検討を行った。
結論
咀嚼の嚥下反射に及ぼす影響の定量的解明、咀嚼負荷嚥下の評価法の開発、安全な咀嚼訓練方法の開発について、一定の見解を得ることができた。平成16年度は、咀嚼訓練方法の開発を精緻化し、さらに中咽頭での安全な食塊形成が可能な食品特性の同定について検討を行う予定である。

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