ヒト胚性幹細胞(ES細胞)を用いた「寝たきり」高齢者に対する再生医療の開発

文献情報

文献番号
200300209A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト胚性幹細胞(ES細胞)を用いた「寝たきり」高齢者に対する再生医療の開発
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 裕(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 中山泰秀(国立循環器病センター研究所)
  • 仁藤新治(田辺製薬株式会社)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,504,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々は、“全能性"と無限の増殖能を有するマウスES細胞より内皮細胞と血管平滑筋細胞の双方への分化が可能な、“血管前駆細胞(vascular progenitor cells; VPC)"と我々が命名した細胞の単離同定に成功した。マウスES細胞由来VPCはVEGF受容体Flk1陽性細胞であった。脳卒中、心筋梗塞発症後はその急性期を除いてほとんど有効な治療法のないまま、文字通り“保存的"に見守るしかない状況であり、その結果「寝たきり」となる例が多いのが現状である。そこで本研究においては、我々の発見したES細胞由来血管前駆細胞のノウハウに基づき、日本で最初に研究を開始し、おそらく初となるヒトES細胞を用いた臨床応用を目指し虚血部での血管再生を試み、壊死に至りつつある心筋細胞や神経細胞を保護し再生させる心筋梗塞及び脳卒中に対する新しい再生医療を開発することをその目的とする。
研究方法
研究方法及び結果=
1.ヒトES細胞からの血管前駆細胞(vascular progenitor cells; VPC)の同定単離とヒト血管構築
ヒトES細胞(HES-3)は、未分化な状態で約半数の細胞がFlk1を発現していた。これらのFlk1陽性細胞はすべて未分化マーカーTRA1が強陽性であった。この未分化ヒトES細胞を線維芽細胞系ストローマ細胞株OP9細胞との共培養系にて分化誘導を行うと、Flk1陽性でかつTRA1陰性である細胞群が出現した。これらのFlk1陽性TRA1陰性細胞をコラーゲンIVコートディッシュ上にて再培養したところ、血管内皮細胞及び血管平滑筋細胞の両方が出現した。これらの細胞は3次元培養にて管状構造を形成し、ヌードマウス皮下への移植にて毛細血管網を構築した。
2.ヒトES細胞由来血管前駆細胞(hES-VPC)の体外大量増幅技術の開発
①血管ホルモン、アドレノメジュリン(adorenomedullin; AM)トランスジェニックマウスの開発とAMの虚血時血管再生作用の証明:
AM 前駆体遺伝子からはAMのみならず、生理活性作用を有するPAMP(proadrenomedullin N-terminal 20 peptide)も産生される。AM単独での効果を解析するために、PAMPが不活化されるよう塩基置換した変異型AM遺伝子を用いて肝細胞特異的に発現するSerum amyloid P (SAP)プロモーターと結合したコンストラクトを構築し、AMが単独で過剰発現するトランスジェニクマウス(Tg)マウスを作成した。
AMTgマウスF1 3ラインでヒトAM血中濃度の上昇を認めた。11コピーのTgマウスで成熟型AMは24±4 fmol/mlまで上昇し、ヒトでの投与の際得られる血中濃度に匹敵していた。大腿動脈結紮下肢虚血モデルにおいて、AMTgマウスでは血流回復が有意に促進した。
②糖尿病性壊疽モデルでのAMの血管再生治療効果の検討
Streptozotocin (STZ)を5~10日間マウス腹腔内投与したところ、4週後に高血糖(平均308mg/dl)を認めた。下肢虚血モデルにおいて、高血糖マウスにおける結紮肢の血流改善は対照に比し70%に抑制され、またcapillary densityは約70%に減少していた。
STZにより糖尿病化したAM Tgにおける検討では、AMTgにおける血流回復は野生型に比べ約50%促進されていた。
③AMのES-VPCの内皮細胞への分化誘導作用の発見
マウスES細胞由来Flk1陽性VPCをウシ胎児血清(FCS)のみを培養した場合にはαSMA陽性血管平滑筋細胞が95%以上を占めPECAM-1陽性の内皮細胞はほとんど出現しなかった。FCSにVEGFを投与すると内皮細胞が全体の約30%に誘導された。AMはVEGFとの併用において10-9M?10-6Mの範囲で濃度依存的な内皮細胞誘導作用を認めた。またFCS+VEGF+ AM10-7Mによって認められた内皮細胞誘導作用はAM受容体アンタゴニストであるAM22-52の添加によって阻害された。
3.hES-VPC移植の試みと治療効果の検証
①マウス中大脳動脈閉塞脳卒中モデルの確立とAMの虚血脳での血管保護再生、神経再生治療効果の検討
12週齢マウスに対し、シリコンコートを施した塞栓子にて、中大脳動脈起始部を20分間閉塞した。
AMTgマウスの基底核虚血域において毛細血管密度は野生型と比較して術後7日目から有意に増加し、虚血域の脳血流も有意に増加した。
AMTgマウスでは虚血基底核での神経脱落が減少しており、梗塞域の大きさもAMTgマウスで有意に減少した。またグリオーシスもAMTgマウスで軽減していた。BrdUとNeuNが二重陽性となった細胞数を定量すると、AMTgマウスで増加しており、AMTgマウスにおいて梗塞後の神経再生の促進も認めた。
②ES-VPCのセルプロセシングおよびティッシュエンジニアリングによる有効移植法の開発
恒常的にLacZを核内で発現させた未分化ES細胞より、95%以上の純度でFlk1陽性細胞を単離した。この段階の細胞(undifferentiated VPC)は、VEcadherinやPECAM1といった内皮細胞マーカーは発現していなかった。更に、このFlk1陽性細胞をVEGF存在下に3日間再培養した。この段階の細胞(differentiated VPC)は、内皮細胞及び血管平滑筋細胞からなる細胞集団であった。
マウス下肢虚血モデルを作成し、0.3~1.2×106個のVPCを計10カ所に分けて筋注した。undifferentiated VPCは移植部位にcell aggregateを形成し、血管腫様構造を形成していた。differentiated VPCをPBSに浮遊させ、虚血下肢に移植した場合、cappilary loop様にLacZ陽性部位を認めた。更に、I型コラーゲンに浮遊させたdifferentiated VPCを移植場合、LacZ/PECAM1両者陽性細胞が脈管構造を形成し、αSMA 陽性細胞で囲まれる成熟した血管であった。
更に、VEGFあるいはbFGFをI型コラーゲンに混ぜてdifferentiated VPCと共に移植した結果、コラーゲンのみに浮遊させて移植した場合と比較し、LacZ陽性部位は更に大きくなっていた。発達した脈管構造を認め、LacZ/PECAM1両者陽性の脈管は、より多くのαSMA 陽性細胞で囲まれていた。
4.hES-VPC含有ハイブリッド人工血管の開発のための基盤技術の最適設計と動物実験による予備的検討
hES-VPCを用いたハイブリッド人工血管の開発をめざし、人工血管基材としてセグメント化ポリウレタン製の連通孔を有するスポンジ状の管状構造物を作製した。また血管接合具として、円形孔を配した血管接合具を開発した。作製したコンプライアント人工血管基材(内径約2mm)の内腔内に、マウス血管内皮細胞を播種しハイブリッド型人工血管を作製した。これをヌードラットの腹部大動脈(内径約1.5mm)に移植した。術後、ほぼ全てが開存し高い信頼性を有する移植システムが確立された。更に、分化誘導したマウスES細胞を用いて同様にヌードラットに移植を行った。開存が得られた一部の場合において、血流下でのPECAM1陽性細胞への分化を認めた。
5.マウスES細胞由来血管前駆細胞によるin vitro血管発生分化系を用いた機能的データ解析システムの開発及び新規血管細胞分化関連遺伝子の網羅的探索
今回マウスES細胞由来血管前駆細胞によるin vitro血管発生分化系を用いた機能的データ解析システム特願S508-03-15)を開発し、マウスES細胞の血管分化のアレイデータと各種フィーダー細胞での遺伝子発現パターンを対比解析した。
約36,000種類の遺伝子情報から血管細胞分化誘導遺伝子群を選び出した。フィーダー細胞のうち、OP9細胞株の遺伝子発現プロファイリングデータ解析から、機能未知遺伝子を含む25種類の遺伝子が発生過程のマウス血管形成部位での発現がembryo whole mount stainingにより確認された。
結果と考察
考察と以上本年度は、ES細胞由来VPCの臨床応用を目指し、昨年度成功したサルES細胞からのVPCの同定のノウハウをもとに、ヒトES細胞からのVPCの同定単離に成功した。また、ヒトES細胞由来VPC移植のための有効なセルプロセシング法の確立を目指し、アドレノメジュリン(Adrenomedullin; AM)に注目しAM過剰発現トランスジェニックマウスを開発し、脳卒中モデル動物を確立して、AMの血管再生、虚血脳保護再生治療効果を見いだした。更に、AMのES細胞由来VPCから内皮細胞への高効率分化誘導作用を発見した。また、人工血管の基材としてセグメント化ポリウレタン型スポンジ状管状構造体を設計し、また多孔質ステンレス製接合具を作成し、この人工血管のヌードラットへの移植に成功した。更に、マウスES細胞由来血管前駆細胞によるin vitro血管発生分化系を用いて、独自の遺伝子発現解析システムを開発し、新規の血管発生分化に関連する遺伝子を同定中である。今後、AMあるいは構築したデータベースによる新規血管発生分化誘導遺伝子を用いたヒトES細胞由来VPCのセルプロセシングを行い、大量調整したヒトES細胞由来血管細胞の直接の移植あるいは、開発した人工血管への播種による脳卒中及び心筋梗塞に対する細胞移植再生治療法の開発を推進していきたい。
結論

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