高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300207A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
深田 伸二(国立長寿医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 錦見 尚道(名古屋大学医学部)
  • 北川 雄光(慶応義塾大学医学部)
  • 磯部 健一(国立長寿医療センター)
  • 瀬川 郁夫(岩手医科大学)
  • 真弓俊彦(名古屋大学医学部)
  • 新井 利幸(名古屋大学医学部)
  • 安井章裕(愛知県済生会病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
9,734,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者手術の安全性向上のためには、厳格な手術適応の決定、低侵襲手術法の開発、さらに高齢者に頻発する特有の術後合併症の予防が必要である。高齢者術後合併症として重要なものは、誤嚥性肺炎などの呼吸器合併症、深部静脈血栓症及び肺塞栓症などの循環器合併症、術後肝不全、術後せん妄などの精神障害などが挙げられる。これらに対して術前の予測、発症早期の対応などを研究することが急務である。さらに臨床面からのアプローチに加えて、手術ストレスに対する防御能に関わる遺伝子の検索など基礎的な研究も加えることにより、テイラード・メディスンに基づく高齢者術後合併症発生予測の可能性も探っていきたい。以上の事柄を踏まえて、内科、外科さらに基礎医学を総合的に検討し、高齢者術後合併症に対する術前評価と予防に関する指針をつくり、今後の高齢者手術の安全性を向上させることを目的とする。
研究方法
初年度における80歳以上の全身麻酔下腹部手術(461症例)のretrospectiveな検討により、術後呼吸器合併症、術後せん妄と深部静脈血栓症・肺塞栓症の予防・早期発見の高齢者における重要性を確認した。そこで、重症化しやすく生命予後に直接関係する呼吸器合併症に対しては、その早期診断と予防に関して外科的、麻酔科的見地から、肺動脈塞栓症・深部静脈血栓症に対しては、循環器内科的、血管外科的見地から、術後せん妄と肝不全に関しても多方面から検討することとした。術後呼吸器合併症に対しては、周術期の血中サイトカイン動態から見た術後合併症早期診断法としての術後血清HMGB-1の検討、及び術後菌血症早期診断法としてのreal time PCR法の開発(北川)。ICU入室高齢者周術期呼吸管理患者の乳酸菌などのプロバイオティクス周術期投与による腸内細菌叢modificationがもたらす呼吸器合併症や予後への変化の検討(真弓)。深部静脈血栓症・肺塞栓症に関しては、「下肢深部静脈血栓症・肺塞栓予防のためのプロトコール」の作成と運用の評価(錦見)。肺血流シンチグラムによる高齢者整形外科手術後の深部静脈血栓症と無症候性および顕性肺塞栓症の発症頻度の調査と低用量アスピリンの予防効果の研究(瀬川)。術後肝不全に関しては、肝臓胆汁排泄蛋白MRP2の発現の評価、及びマウス閉塞性黄疸モデルにおけるサイトカイン産生性の検討による高齢者肝切除後肝不全予防の研究(新井)。酸化ストレス、虚血ストレスによるミトコンドリアの遺伝子の老化による変化と、血流遮断によるERストレスに関するマウスを用いた基礎的研究(磯部)。術後せん妄に関しては、75歳以上の高齢者全身麻酔腹部手術例79例の257項目についてのprospectiveな 検討、及び80歳以上の64例についてのprospectiveな各種心理テストとせん妄係数についての検討(安井)を行った。
結果と考察
初年度における80歳以上の全身麻酔下腹部手術患者(461症例)のretrospectiveな検討では、術後合併症が48%に発症し、その内訳は術後せん妄(23%)、呼吸合併症(8%)の順であり、特に呼吸器合併症では1/3が入院死亡した。血栓・塞栓性病変は2%に合併した。高齢者では合併症を起こすと入院期間が有意に延長し、退院後も「寝たきり」などADLが著しく低下したものを10例(2%)に認め、改めて本研究の重要性が再確認された。 今年度の研究結果は以下のごとくである。術後呼吸器合併症に対して、血中サイトカインの1種であるHMGB-1が手術侵襲に伴う臓器障害の進展に関与し、術前の血清HMGB-1高
値症例で、合併症発生を高頻度に認めた。血清HMGB-1の術前値や経時的推移の観察が術後合併症発症の予測、重症度の指標になりうるものと期待された.real time PCR法を用いた血液検体から25菌種を同時にスクリーニングする術後菌血症早期診断法の併用により高齢者術後肺合併症の早期診断・早期治療の可能性が示された(北川)。プロバイオティクス投与による「腸内細菌叢modification」により、良性の腸内細菌が優位に増加し有害な細菌は優位に減少した。術後呼吸器合併症などの感染性合併症は非投与群では52.2%に生じたのに対し、投与群では19.0%にしか生じず、入院期間や感染性合併症の減少が示唆された(真弓)。深部静脈血栓症・肺塞栓症に対しては、「深部静脈血栓症・肺塞栓症予防のためのプロトコール」により457例中凝固制御因子(Protein C, Protein S)欠乏症患者を4名発見し、プロトコールの有用性が明らかとなった(錦見)。手術前からの低用量アスピリン投与により、非投与群の下肢深部静脈血栓症10例(22.8%)、無症候性肺塞栓症3例(6.8%)に対し、投与群ではそれぞれ2例、1例であった。高齢日本人外科手術後には、無症状ではあるが高率に下肢深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症が発症していることが判明し、術前からの低用量アスピリン投与が下肢深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を予防する可能性が示唆された(瀬川)。術後肝不全に対しては、手術ストレスに最も影響を受ける肝ミトコンドリアDNAのdeletionが老化に伴い上昇し、ERストレスによる蛋白合成のシャットオフからの回避に働くGADD34の発現が年齢とともに低下する傾向から、高齢者術後肝庇護の重要性が示された(磯部)。胆汁排泄蛋白MRP2の発現障害が肝不全発症に関与し、高齢者ほど肝MRP2蛋白の発現が低下すること、黄疸時の感染抵抗性低下にはKupffer細胞の産生するIL-10が関与することが判明し、高齢者の肝切除後肝不全予防のためには、積極的な術前処置が必要であることが示された(新井)。術後せん妄に対しては、75歳以上の高齢者全身麻酔腹部手術例79例を prospective に検討した結果、「痴呆」などの術前状態、「1週間後手放し歩行可能」などの術後ADLと有意に相関した。しかし、80歳以上で各種心理テストとせん妄係数についての検討では、予想に反して「STAI」などの不安の状態を含めて、個人の性格とは相関はみられなかった(安井)。
結論
高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防のため、呼吸器合併症に対しては、血清HMGB-1の術後合併症発症の予測指標としての可能性、real time PCRによる菌血症迅速スクリーニングシステムによる早期診断の可能性、プロバイオティクスの周術期投与による入院期間と感染性合併症の減少の可能性が示された。肺動脈塞栓症や深部静脈血栓症に対しては、その早期診断及び発症前診断と予防に関して手術前からのアスピリン投与による発症予防の可能性、「下肢深部静脈血栓症・肺塞栓予防のためのプロトコール」による高齢者術後循環器合併症の減少の可能性が示唆された。肝不全に対しては、高齢者においては特に手術時の肝庇護が重要性で、高齢者肝切除後肝不全の予防のためには積極的な術前処置が必要と考えられた。術後せん妄に対してはprospectiveな検討で「痴呆」などの術前状態、「1週間後手放し歩行可能」などの術後のADLと有意に相関することが判明した。これら結果の総合的検討により、3年度には高齢者手術の安全性の向上及び各種術後合併症の予防に対する予防指針の作成を目標としたい。

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