αトコフェロール転送蛋白遺伝子変異による酸化ストレス病態の解明

文献情報

文献番号
200300197A
報告書区分
総括
研究課題名
αトコフェロール転送蛋白遺伝子変異による酸化ストレス病態の解明
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
水澤 英洋(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 横田隆徳(東京医科歯科大学)
  • 新井洋由(東京大学)
  • 内原俊記(東京都神経総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
45,630,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
中枢神経系の酸化ストレス負荷モデルであるαTTPノックアウトマウスとアルツハイマー病のモデルである変異APPトランスジェニックマウスとをかけあわせることにより、認知機能障害などの表現型に及ぼす影響を検索し、アルツハイマー病の病態生理における酸化ストレスの及ぼす影響を明らかにするとともに、より良いアルツハイマー病のモデルマウスの作製を目指す。生体内で最も強力な抗酸化物質とされるビタミンEを欠損するαTTPノックアウトマウスを、さらに食餌中のビタミンEを厳密に管理した条件で長期飼育し、多数例で細胞、組織さらに個体レベルでの変化を検索し、老化や寿命への酸化ストレスの関与を明らかにする。また、酸化ストレスの関与する病態である脳梗塞や多系統萎縮症におけるタウ分子の変化についても検討する。基礎的研究として、αTTPは肝臓に取り込まれたビタミンEを血中に再分泌することで生体内のビタミンEレベルを維持しているが、この再分泌がクロロキン処理により阻害されることを活用してαTTPを介するビタミンE輸送機構の詳細を明らかにする。
研究方法
αTTPノックアウトマウスとアルツハイマー病モデルマウスのTg2576を自然交配させ、(APP hetero)×(αTTP-/-)、(APP hetero)×(αTTP+/+)、(APP WT)×(αTTP-/-)、(APP WT)×(αTTP+/+)の4種の遺伝子型の産仔を得た。さらに食餌中のビタミンE量を調整することにより、(APP hetero)×(αTTP-/-)ビタミンE欠乏食群、(APP hetero)×(αTTP+/+)正常食群、(APP WT)×(αTTP+/+)正常食群を準備し4ヶ月齢雄マウスでモリス型水迷路試験を用いて学習記憶能力を解析した。
長期酸化ストレスの老化や寿命に及ぼす影響の研究には、既にC57/JB6系に8世代以上交配したαTTP-/-雄の精子を用いて同系野生型 αTTP+/+雌の卵に体外受精し、卵割確認後受精卵を別の雌に移し妊娠を継続してαTTP+/-の雌個体を得て再び採卵し、αTTP-/-雄の精子にて体外受精を行い長期飼育に用いる多数の雌個体(αTTP+/-、αTTP-/-)を作出した。これらの個体を対照群αTTP+/+と共に精製飼料に基づくビタミンE欠乏食群と添加食群に分けてSPF環境下で飼育し観察した。酸化ストレスが病態に関与する脳梗塞や多系統萎縮症(MSA)の研究では、それぞれのヒト剖検脳を用い様々な溶媒で順に可溶化し別に抽出したPHF画分と一緒に電気泳動後、種々の抗tau抗体でウエスタンブロットを行うとともにホルマリン固定・パラフィン包埋切片を用いて免疫組織化学的にも検索した。
肝細胞のαTTPを介するビタミンE輸送機構の研究は、肝細胞系と非肝細胞系培養細胞、αTTPと相同性のある脂質結合蛋白とのキメラ蛋白、テトラサイクリン-off システム、アデノウィルスなどを用いてαTTPの局在小器官、それに必要な配列などを検索した。クロロキンの経口投与がマウス血清ビタミンE (α-トコフェロール)やコレステロール濃度に与える影響も検討した。
(倫理面への配慮)
本研究は、平成13年度のヒトゲノム・遺伝子解析研究の倫理指針に準拠し倫理審査委員会において承認されており倫理面への配慮は十分になされている。また、動物実験は本学の規定にもとづき動物実験委員会の承認を得ており動物愛護の観点からも十分に配慮されている。
結果と考察
研究結果=水迷路試験の結果、(APP hetero)×(αTTP-/-)ビタミンE欠乏食群、(APP hetero)×(αTTP+/+)正常食群、(APP WT)×(αTTP+/+)正常食群の順で学習記憶能力が劣っている傾向が示唆された。長期酸化ストレスに関する研究では、多数の個体を確保するため2回の作出作業を行い、総計で雌のαTTP-/-167匹、αTTP+/-220匹を得、αTTP+/+180匹と共にビタミンE欠乏食群と添加食群に分けて飼育した。すでに遺伝子改変の欠乏食群に後肢の脱力、引きずり、体幹の回旋、運動量の低下などの有症状例と死亡例が、添加食群に有症状例がみられた。野生型では食餌に拘わらず有症状例はなかった。脳梗塞やMSA脳に沈着したタウは正常脳と同じ分子量でTris可溶性画分にみられ、tau2陽性のバンドは0.1%TritonXにより消失する(抗ヒトタウ抗体陽性バンドは残存)が洗浄すると再び可視化できた。
クロロキン処理によるαTTPの顆粒状変化は後期エンドソーム膜への局在化により生じ、それにはαTTPのN末端から21~50番目の極性アミノ酸ドメインが必要であった。非肝臓系細胞ではαTTPの恒常的過剰発現株は樹立できず、強制的発現はむしろ有害と思われたがビタミンE の添加により変化は抑制された。クロロキン投与は血清ビタミンEのみを約50%に低下た。
考察=本研究により、大脳の慢性的酸化ストレス負荷はアルツハイマー病の病態を増悪させる可能性が示唆され、今後の神経病理学的検索さらにはこれが新しいよりよいアルツハイマー病マウスモデルとなることが期待される。
体外受精を2回繰り返すことによりほぼ同時期に多数の遺伝子改変個体αTTP+/-およびαTTP-/-を得、さらに初めてSPF環境下で飼料のビタミンE含有量を正確に制御することにも成功した。このモデル系はかつて誰もなし得なかった「正確なαTTP遺伝型とビタミンE量を制御した酸化ストレス状態下で多数の哺乳類個体を長期観察する」というものであり、老化や寿命の研究としては最適なものの一つと期待される。酸化ストレスモデルとしての脳梗塞やMSAの脳に沈着したタウ蛋白の変化は可逆性であり、線維形成前の極めて初期のタウ沈着形態を反映している可能性がある。
αTTPの後期エンドソーム膜への局在化はαTTPに特異的であり、N末端から21~50番目までの極性アミノ酸領域が必要である。αTTPの局在化は肝細胞に特異的であり肝臓の後期エンドソーム膜上には何らかの特異的なαTTPの受容体が存在するものと思われる。肝臓に取り込まれたビタミンEが効率よくリポ蛋白質へとリサイクリングされるには、αTTPの関与する特別なビタミンE輸送機構が必要と考えられるが今回その一端を解明できた。
結論
酸化ストレスモデルのαTTPノックアウトマウスとアルツハイマー病モデルマウスの掛け合わせにより、アルツハイマー病の発症機序に脳の慢性的酸化ストレスが関与している可能性が示唆された。今後その確認とメカニズムの解明さらに新しいアルツハイマー病モデルマウスの誕生が期待される。
αTTP遺伝子型とビタミンEレベルを正確に制御した慢性的酸化ストレスの加齢や寿命に対する影響を観察できる哺乳類(マウス)の多数個体からなる実験コホートを確立し解析を開始した。すでに症状を呈したり死亡した個体もあり酸化ストレスの影響が考えられるが、今後できるだけ長期間観察を継続し詳細を明らかにする。酸化ストレスが関連するとされる脳梗塞とMSA脳でタウ蛋白に可逆性の変化が生じその沈着が起こることを明らかにした。
αTTPはクロロキンにより肝細胞内でN末端から21~50番目の極性アミノ酸領域を介してATP依存性に後期エンドソームに局在化することを明らかにした。このαTTPの局在化は肝細胞に特異的であり、非肝臓細胞に強制発現すると細胞形態が変化することが判明、それがビタミンEで復活することも明らかとなった。また、クロロキンはin vivoげ血中ビタミンEレベルを約50%に低下させることを明らかにした。これらにより肝細胞内でのαTTPによるビタミンEの輸送機構の一端が明らかになり今後の解明へ向けて大きな進歩といえる。

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