痴呆高齢者の自動車運転と権利擁護に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300192A
報告書区分
総括
研究課題名
痴呆高齢者の自動車運転と権利擁護に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
池田 学(愛媛大学)
研究分担者(所属機関)
  • 上村直人(高知大学)
  • 荒井由美子(長寿医療研究センター)
  • 博野信次(愛媛大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
12,675,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年交通事故において、被害者・加害者として高齢者の割合が増えている。2002年6月には改正道路交通法が施行され、痴呆症患者は行政から免許を停止されうることになった。しかし本邦では、痴呆症患者の自動車運転について十分な議論はなされていないだけでなく、高齢者や痴呆症患者の自動車運転についての地域住民の意識に関する十分な資料や痴呆患者の実態に関する調査もない。そこで初年度の今回は、痴呆患者の運転に関する啓発活動を行いつつ、介護家族や地方都市在住高齢者に、痴呆患者の運転に関する意識調査を施行するとともに、外来患者を対象に痴呆患者の運転実態を明らかにすることを目的とした。
研究方法
研究1(分担研究 池田)
愛媛県の地方都市の痴呆予防事業のモデル地区に在住し、事業に参加した高齢者のうち同意の得られた116名に対し下記の内容のアンケートを行った。
1)生活上、公共交通機関が必要か、2)運転免許をもっているか、3)現在運転をしているか、4)運転ができないと日常生活で困るか、5)痴呆症患者は運転をやめるべきだと思うか、6)やめるとすれば誰が決定するか、7)改正道路交通法で痴呆症患者の運転免許が取り消しとなる可能性があることを知っているか、などの項目について多肢選択問題によるアンケートを作成し、集会所で自記式にて実施した(有効回答数106名、有効回答率91.4%)。
研究2(分担研究上村)
研究1とほぼ同様のアンケートを痴呆を抱える家族の会高知県支部の会員を対象に実施した(有効回答数114名、有効回答率42%)。
研究3(分担研究 博野)
改正道路交通法が施行後に愛媛大学ならびに関連施設の専門外来を受診し何らかの痴呆性疾患と診断された患者の家族に対し、運転に関するアンケートを実施し、痴呆患者の運転実態について検討した。痴呆患者のうち、診察日までの1年以内に自動車ないしオートバイの運転の経験があり、同居家族から確実な情報が得られ、調査に同意を得た31家族より回答を得た。
研究4(分担研究 上村)
改正道路交通法が施行前に高知医科大学神経科精神科及び関連施設を受診した痴呆症患者30名を対象として、痴呆症患者の運転状況と運転に対する家族の対応、及び本人、主治医、家族の運転に対する意向について検討した。とくに、アルツハイマー型痴呆(AD)と前頭側頭葉変性症(FTLD)について、運転の実態を比較検討した。
研究5(分担研究 荒井)
発症前より自家用車の運転をしていた前頭側頭型痴呆(FTD)患者2名の各介護者に対して、対象患者の運転に関する問題について、半構造化面接による調査を行った。
結果と考察
1. 患者家族、地域在住高齢者ともに80%以上が、痴呆症患者は運転をやめるべきだという意見であった。痴呆症患者の運転を中断する場合、家族や医師が決定するのが良いという意見が多く、本人や警察に委ねるという意見は少数であった。また、痴呆症は行政から免許を停止されうることになったことを知っていたのは、20%にも満たなかった。痴呆症患者の運転免許が取り消しとなりうることを知っている人は少なく、啓発活動が必要である。
2. 改正道路交通法前後いずれにおいても、70%以上の患者が痴呆発症後も運転を継続しており、法改正後も変化のないことが明らかになった。家族が患者の運転を中止できない理由として、家族の痴呆患者の運転の危険度に対する意識の低さ、患者本人の運転に対する執着、痴呆患者の運転に家族が依存しているなどの点が明らかになった。また、免許の更新はほぼ全例でできており、実際に事故、もしくは事故に至らないまでも危険な運転をする痴呆患者を検出できていない可能性がある。
3.多くの痴呆症患者が痴呆発症後も運転継続をしていることが明らかとなった。痴呆の重症度にかかわらず、本人の運転継続の意向は強かった。中等度痴呆では、主治医と家族の間で運転継続の判断は一致率が高かったが、運転を継続している軽度レベルでは、主治医と家族の間でも判断が異なっていた。そのため、運転中断に当たっては痴呆症患者の運転能力に関する医学的実証研究に基づくガイドラインの作成が急務であると考えられた。
4.ADとFTLDでは、運転行動において大きな差異が認められた。ADは、行き先忘れ、車庫入れ失敗などであるが、FTLDでは、信号無視、わき見運転、車間距離が狭いなどであった。また運転行動の危険性もADよりむしろFTLDにおいて危険性が高いと考えられた。
5.FTD患者が運転を継続することは、極めて危険であることが明らかとなった。しかし、痴呆症状を発症したとしても、なかなか受診に至らないこと、生活上、自家用車による移動が必要であるにもかかわらず、家族が患者の運転に依存している場合には、簡単には患者の運転を中止させることができないことも、併せて明らかとなった。痴呆患者の運転中止に関わる介護家族の負担は、運転に執着する痴呆患者との間の軋轢のみならず、家族全体の移動手段の消失といった側面にも及んでいる場合があり、多方面からの支援が必要であろう。
結論
大部分の高齢者は、痴呆症患者は運転をやめるべきだと考えている。しかし、痴呆症患者の運転免許が取り消しとなりうることを知っている人は少なく、さらなる啓発活動が必要である。次年度は、今年度地方都市で実施した意識調査を、山間部、大都市部でも実施し、比較検討する。運転の実態調査では、多くの痴呆症患者が痴呆発症後も運転継続をしていることが明らかとなった。また、疾患によっても運転行動に大きな違いのあることが示唆された。今後さらに実態調査を継続し、疾患別、重症度別に特性を比較する。運転中止に関する介護者の負担が示唆された。今後多数例で調査するとともに、介入の方法についても検討する予定である。

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