アルツハイマー型痴呆診断・治療・ケアガイドラインを用いた老人保健及び福祉に従事する人材の育成・研修に関する研究

文献情報

文献番号
200300191A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー型痴呆診断・治療・ケアガイドラインを用いた老人保健及び福祉に従事する人材の育成・研修に関する研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
本間 昭(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田子久夫(福島県立医大)
  • 中野正剛(福岡大第5内科)
  • 浦上克也(鳥取大学医学部)
  • 繁田雅弘(都立保健科学大)
  • 天野直二(信州大学医学部)
  • 長田久雄(桜美林大大学院国際学研究科老年学専攻)
  • 太田喜久子(慶応義塾大看護医療学部)
  • 加瀬裕子(桜美林大経営政策学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,007,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
文献等既存の医療情報を整理、評価し、日本人の特性に配慮したEBMに準拠したアルツハイマー型痴呆(AD)の診断・治療・ケアに関する保健・福祉・医療関係者のためのガイドラインを作成する。また、第三者評価を実施し、ガイドラインの有用性を検討する。
研究方法
平成13年度~14年度に作成された、ADの診断、画像所見の利用、鑑別診断のための生物学的マーカーの利用、認知機能障害に対する薬物療法、認知機能障害以外の精神症状・行動障害に対する薬物療法、非薬物療法・アプローチ、ケア、ケア・マネジメントの8領域を含むガイドラインについて保健・医療・福祉関係者を対象として改訂を行った。先のガイドラインについては日本老年精神医学会に委託をし、評価委員会においてAGREE project の基準に従って評価を実施した。
結果と考察
平成13年度~平成14年度に作成されたアルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアに関するガイドライン(一般向け)の第三者評価を行った。第三者評価は日本老年精神医学会に委託し評価委員会(委員長ほか5名)がAGREE PROJECT の基準に従って実施した。23項目の質問項目からなるAGREEプロジェクトによる診療ガイドライン評価基準を用いた結果は、明瞭な内容となった。条件付で推奨すると、強く推奨するを合わせると、診療手順の実際は4/5、画像所見の解釈は4/5、神経心理学的検査は4/5、生物学的指標・鑑別診断は5/5、薬物療法は5/5、精神症状・行動障害は5/5、非薬物療法的アプローチは5/5、ケアマネジメントは2/5、看護ガイドラインは1/5であった。以上より、前者の7つのカテゴリーではほぼ良好な結果と評価されたが、後者の2つのカテゴリーつまり、ケアガイドライン(ケアマネジメント)および診療ガイドラインは、不十分であると結論された。保健・医療・福祉関係者のためのアルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアガイドラインの有用性の検討では、町田市の居宅ケアマネジャー102人に対して、保健・医療・福祉関係者のためのアルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアガイドラインに沿ったモデル研修事業を毎月1回1年間にわたり実施した。本研修では本ガイドラインの有用性を検討するために、アルツハイマー型痴呆患者の問診ビデオを用いて、問診に含まれる痴呆症状をObservation List for early sings of Dementia (OLD)を用いて各参加者に評価することを求めた。1例については研修前後で正答率の変化を比較し、3例については正答率を検討した。経時的変化の検討(N=83)では一回目の正答率は13.3~100%、二回目の正答率は9.6~100%であった。3例の正答率(N=102)の分布はそれぞれ、10.8~100%、1.0~100%、9.8~99.0%であった。これらの結果から中等度以上のアルツハイマー型痴呆であれば、痴呆を疑うことができ、軽度の場合にはオーバーダイアグノーシスになる傾向が示された。痴呆の存在を疑うことがOLDの目的であることを考えれば十分に達成できていることになる。しかし、研修方法と内容について今後さらに検討する必要があることが示された。保健・医療・福祉関係者のためのガイドラインを作成したがアウトラインを以下に示す。①診断の手順のガイドラインでは、痴呆の診断基準ならびにアルツハイマー型痴呆(アルツハイマー病;AD:Alzheimer's type dementia)の診断基準の信頼性と妥当性、痴呆の重症度評価法の妥当性について、MEDLINE dat
abaseで過去の文献を検索して評価した。痴呆診断の検索にはキーワードをdementiaとし、痴呆の診断基準とICD-10とDSM-III-R、DSM-IVを選択した。痴呆の診断にはDSM-III-RとICD-10が、アルツハイマー型痴呆の診断には、NINCDS-ADRDAが最も信頼性妥当性があり推奨される。痴呆の重症度の評価にはCDR、FAST、GDS 、GBSのいずれも推奨されると結論づけた。②画像診断ガイドラインでは、以下の結論が得られた。近年の医療技術の進歩は著しく、多くの医療機器が現在使用されている。画像診断の領域でも例外ではなく、CT, MRI, SPECT, さらに最近ではPETなどが用いられるようになっている。本稿では、これら種々の画像検査方法について、アルツハイマー型痴呆(AD)の診断をすすめる上でどの様に活用してゆくべきなのかの指針を述べた。実地診療において、画像所見は重要な情報源となる。しかし、画像検査の結果のみで診断を下すことはない。詳細な問診と心理検査の結果や他の臨床検査結果を総合的に判断し、診断を確定すべきであることは言うまでもない。③神経心理検査ガイドラインでは以下のようであった。ADのスクリーニングにおいては、MMSEをはじめとする全般的なスクリーニング検査、神経心理検査バッテリーが診断精度向上に貢献すると考えられる(グレードA)。一方、個々の言語性、視覚性スクリーニング検査はその他のスクリーニング検査とあわせて検討することで診断精度向上に貢献すると考えられるが、単独の検査では測定される認知機能が限られるため、その使用と解釈においては注意が必要である(グレードB)。現段階ではMCIのスクリーニング検査の研究の数自体が少ないため、特定の検査法についてのrecommendationはない(グレードC)。ただし、単一の検査だけでスクリーニングするのではなく、いくつかの神経心理検査を組み合わせることが診断精度を向上させる可能性は高い。また、個々の検査ではKendrick's Object Learning Test(KOLT)、IADLの評価尺度ではPfeffer Functional Activities Questionnaire(FAQ)がスクリーニングに有用である可能性がある。④アルツハイマー型痴呆と鑑別を必要とする疾患の鑑別診断に役立つ生物学的診断マーカーの文献的検討では、アルツハイマー型痴呆(AD)と鑑別を要する疾患にどのようなものがあり、それらを鑑別するために有用な生物学的診断マーカーが存在するか否かをPub Medを用いて文献的に検討した。治療可能な痴呆というキーワードで検索したところ330件が該当し、その頻度は、多いもので10%以上、少ないものでは1%以下と記載されていた。内科疾患に伴う痴呆で検索したところ95件が、非アルツハイマー型変性痴呆では77件が、脳外科疾患に伴う痴呆では554件が該当した。ADと診断マーカーというキーワードを用いて検索したところ702件が該当した。ADを積極的に診断するための生物学的診断マーカーとしては、病理学的変化をよく反映するという観点から髄液中タウ蛋白が高く評価されている。特にリン酸化タウ蛋白は、感度、特異度共に80%を越える結果を示しており、単独のマーカーとしては最も良いデータを示していた。より簡易なスクリーニング検査として、血液の診断マーカーに関する文献は182件とかなり減少し、さらに尿の診断マーカーに関する文献は14件と著減した。数も少なく内容的にも満足のいく成果は得られておらず、今後の課題と考えられた。⑤アルツハイマー型痴呆の認知障害に対して薬物療法が有効か否か、有効であればどういった内容の薬物療法が有効であるかについて、情報を収集すべくPubMed Medlineを用いて文献検索を行った。エビデンスレベルの高い論文が抜けていないことを確認するために、Cochrane Central Register of Controlled Trialsについても随時検索を行い、Medlineの検索結果と比較・検討した。また、EBM Reviews - Cochrane Database of Systematic Reviews <4th Quarter 2002>ついても上記と同様のキーワードで検索を行った。アルツハイマー型痴呆(アルツハイマー病を含む)の薬物療法でランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)を抽出すべく検索したところ、427件
が得られた。これらの論文から、試験対象がアルツハイマー型痴呆でない論文や、治療の標的症状が記憶・認知障害でない論文などを除外した。その結果266編の論文が得られた。Cochrane Database of Systematic Reviewsの検索結果からアルツハイマー型痴呆の認知障害に対する薬物療法に関する論文として12編のレビューが得られた。得られた論文それぞれについて検討したところ次の結果が得られた。アルツハイマー型痴呆の認知障害に対する薬物療法として、十分にエビデンスがあり実地臨床において推奨される薬剤はコリンエステラーゼ阻害薬であった。その他の薬剤について、実地臨床に推奨できるだけのエビデンスが得られなかった。⑥国際老年精神医学会では代表的なbehavioral and psychological symptoms of dementia (BPSD)の精神症状として妄想、幻覚、抑うつ気分、睡眠障害、不安、誤認などをあげ、行動症状として攻撃、興奮、徘徊、彷徨、不穏、不適切な行動などをあげている。BPSDに対しては薬物療法が奏効することが多いため、文献検索によりエビデンスに基づく薬物療法を検討した。BPSDではおもにagitationと幻覚妄想等の精神病症状、抑うつ症状が薬物療法の対象となり、せん妄、睡眠障害も薬物療法の対象となり得る。なお、agitationは日本語では焦燥となるが、欧米ではさらに広範囲の症状(攻撃性、暴言暴力、落ち着きのなさ、無視、不平を言うなど)が含まれるため、本報告書ではagitationを原語のまま記載することとした。痴呆に伴うagitationや精神病症状には非定型抗精神病薬のリスペリドンやオランザピン、従来の抗精神病薬であるハロペリドールが有効であるが、副作用の少なさから非定型抗精神病薬が推奨される。痴呆に伴う抑うつ症状ではセロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)や従来の三環系抗うつ薬が有効であるが、安全性からはSSRIの使用が推奨される。さらに痴呆患者に高頻度にみられるせん妄と睡眠障害について薬物療法を検索した。せん妄については臨床試験は乏しく、環境調整などの非薬物的治療が推奨され、薬物についてはエビデンスレベルは低いが非定型抗精神病薬の少量使用が望まれる。睡眠障害については二重盲検などの臨床試験は限られており、エビデンスは乏しいが、あえて推奨される薬物としては少量のゾルピデムがあげられる。⑦非薬物療法に関するガイドラインは以下のようであった。高齢者施設で実施されているアクティビティ・ケアは多種多様な活動が実施されている。このような中で、エビデンスに基づいてアルツハイマー型痴呆の非薬物療法に関するガイドラインを提示するという目的に沿って、ここでは以下のような条件を考慮して先行研究の検討を行った。第1の点は、アルツハイマー型痴呆の診断が明確となっている対象が含まれている研究だけを選択したことである。第2の点は、治療効果に関するものである。本来、アルツハイマー型痴呆の治療効果の有無は、記憶を中心とする認知機能である中核症状に対して検討される必要があろう。実際のケア場面等での有用性を考慮すれば、周辺症状や随伴症状に対する効果を無視することはできないと考え、本ガイドラインの中に採用することとした。ただし、周辺症状や随伴症状を中心とした効果の場合にはその旨付記した。第3の点は、非薬物療法は、いつ、どこで、だれが、だれに、何を、どのような方法で実施するかという条件が極めて重大な意味を持つことである。非薬物療法は、現在のところ標準的方法が確立されていないものも少なくないので、実際に適用する場合には、治療担当者が治療法に関する十分な訓練を受け習熟していることが不可欠であり、種々の条件が適切に整えられていることが前提であることはいうまでもない。文献検索の結果、アルツハイマー型痴呆の非薬物療法として本ガイドラインで取り上げることとしたアプローチと勧告の強さは以下の通りであった2)。勧告の強さがAは、「記憶の訓練・リハビリテーション」と「reality orientation therapy(見当識訓練)」であった。勧告の強さがBは、「音楽療法・音楽の使用」であった。勧告の強さがCは、「認知的リハビリテ
ーション・介入・マネジメント・訓練」、「memory aids」、「reminiscence(回想法)」、「動物介在療法」、「光療法」および「その他の非薬物療法」であった。その他の薬物療法は多様なアプローチが含まれていたが、心理・行動面に対するアプローチ、身体的側面に対するアプローチ、社会・対人的側面に対するアプローチ、環境的側面に対するアプローチに大別された。⑧アルツハイマー型痴呆高齢者への看護ガイドラインを作成することを目的に、文献検索、検討を行い、その成果を看護ケア毎に分類し、エビデンスレベルⅠ~Ⅵにより評価した。また看護ケアへの活用の推奨の度合いをA~Dに区分し看護ガイドラインの作成を試みた。アルツハイマー型痴呆への看護に関する文献検索から看護ガイドラインの作成を試みたところ、実態を明らかにするための記述的研究や比較対照を持たない研究が多かった。エビデンスレベルが高いとはいえないが、実践に役立つ知見を認めることができた。⑨ケアマネジメントの有効性についてのエビデンスのレベルは、比較的に高いが、その内容は、一律にケアマネジメントを行ってみても成果に結びつかず、患者の個別事情やニーズに対応したケアマネジメントでなければ有効ではない、というものである。介護サービスを導入することが、一律に介護負担の軽減に結びつくことはなく、ショートステイやデイサービスなどの効果的紹介が必要である。痴呆の程度ではなく、行動障害の深刻さが介護者のストレスに結びつくので、行動障害のマネジメントを行うことにより、施設入所を遅らせる可能性が生まれる。家族介護者への支援は、ケアマネジャーが情報を提供すれば一律に効果があるわけではなく、ストレスやうつ病の可能性について留意し、介護者の傷つきやすさや社会的ネットワークの脆弱さ、経済的困難が介護負担を増強しないような支援を行うことが求められる。
結論

公開日・更新日

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