音声聴取改善を目的とした新しい両耳補聴方式の開発 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300189A
報告書区分
総括
研究課題名
音声聴取改善を目的とした新しい両耳補聴方式の開発 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
川瀬 哲明(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木陽一(東北大学電気通信研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
10,816,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難聴耳ではさまざまな聴覚特性が劣化するが、その中でも周波数選択性の劣化は、いわゆる上向性マスキングを容易に引き起こす要因となっており、言葉の聞き取り悪化の主因の1つであると考えられている。本特性は、補聴の際にも大きな問題となり、従来の補聴の考え方では解決するのに限界があった。
そこで、今回我々は、本現象に対する解決策として、新しい概念の両耳補聴様式の開発と実用化へ向けた検討を行う。すなわち、マスキングしやすい低周波数側の情報とマスキングされやすい高周波数側の情報を左右別々の耳から提示することで(dichotic condition) 一側耳からのみの提示ではマスキングにより伝わらない音情報の伝達を図るという、まったく新しい補聴様式(dichotic hearing aid)を提案する。本補聴器の開発、並びに実用化は、中等度以上の難聴者において言葉の聞き取り改善効果が期待され、高齢化社会の中で増加することが予想される聴覚障害者の積極的な社会参加の促進、QOL改善、などに寄与するものと思われる。
研究方法
本年度は、1)両耳分離補聴方式の効果がもっとも顕著であると思われる条件下での本補聴様式の有効性(健聴者を対象)、2) 音声明瞭度の改善に有効な周波数分割帯域の検討、3) 分離補聴の音像定位への影響について、健聴者並びに、難聴患者を対象に検討した。
1)健聴者を対象とした分離補聴の有効性の検討:音声の高域成分と低域成分を分離し左右の耳に別々に提示した両耳分離聴 (Dichotic condition)が通常のDiotic conditionに比べて有利な場合を、A)低域雑音存在下の言葉の聴取、並びにB)相対的低域優位増幅条件下の言葉の聴取、について検討した。すなわち前者においては、1 kHz狭帯域雑音提示下の語音了解度をdichotic condition(両耳分離補聴)とdiotic conditionで比較した。尚、分離周波数は雑音周波数の1オクターブ高周波数である2 kHzとした。一方、後者では音声を低周波数側と高周波数側に分離し、増幅量を調整することで相対的に低周波数優位の増幅条件を作成、語音了解度に与える効果をdichotic conditionとdiotic conditionで比較した。
2)音声明瞭度の改善に有効な周波数分割帯域の検討
様々な聴取環境における音声明瞭度を測定し,音声明瞭度改善に有効な分割周波数を検討した。/u/から始まるVCV音を使用し、CVで提示される67音節(拗音を除く)の正答率から明瞭度を算出した。提示音圧は、聴取者ごとのMCL(Most Comfortable Level)とし、ノイズとして,擬似音声雑音,走行時の車室内ロードノイズをS/Nで0,4 dBで提示した。/u/のフォルマント周波数に着目し、左右耳の分割周波数を800 Hz、1.6 kHzと設定した。
3)両耳分離補聴方式の音像定位に与える影響
2)で採用した分割周波数の両耳分離補聴方式を用い、音像定位実験を行った。日常生活文3種類の音声にダミーヘッドの頭部伝達関数を畳み込み、上記実験で採用した分割周波数による両耳分離補聴処理を行った。処理された音声を各聴取者に提示し、知覚した音声の方向を回答させた。提示音圧は,聴取者ごとのMCLとし、提示角度は、聴取者の左右90°、左右45°、正面の5種類である。
(倫理面への配慮)
今回実施の研究における諸検査は非侵襲的なものであったが、被検者には検査の目的や内容を文書を用いて十分説明し、同意を得た上で検査の実施を行った。また、結果の公表については、個人のプライバシーが侵されることがないようにした。
結果と考察
1)健聴者を対象とした分離補聴の有効性の検討
まず最初に、健聴耳を対象に右耳に1 kHz low pass スピーチを単独で提示した場合(monotic)、左耳に2 kHz high pass スピーチを単独で提示した場合(monotic)、両者を同時に提示した場合(dichotic)、両者を合成したものを両耳に提示した場合(diotic)の語音明瞭度を比較した。その結果1 kHz low pass スピーチ、2 kHz high pass スピーチをそれぞれ単独で提示した場合に比べ、両者を同時に提示した場合(dichotic)には両耳合成効果を認めたが、その正答率は、両者を合成し両耳に提示した場合(diotic)とほぼ同等であった。
そこで、両耳分離補聴の優位性が期待される、低周波数域にエネルギーの大きな入力が存在する条件としてA)低域雑音存在下の言葉の聴取、並びにB)相対的低域優位増幅条件下の言葉の聴取、について検討した。前者では、80または90 dB SPL 1 kHz狭帯域雑音下に80 dB の音声を聞く際の分離聴の効果を観察したが、雑音レベルが90 dBの条件下では、両耳分離聴において25%以上の正答率の改善が認められ、その優位性が観察された。一方後者では、80dB の語音を1 kHz以下の成分と 2 kHz 以上の成分の2帯域に分離し、高域の提示レベルを次第に低下させていった際の正答率を検討したが、相対的に低域成分が増大するにともない、両耳分離聴の効果は増大した。
以上より、健聴人の場合、背景雑音がない条件下ではその優位性は示されないものの、低域にエネルギーが大きい信号がある条件下では(今回は低域雑音下の音声聴取、並びに相対的低域優位音声聴取)、両耳分離聴によるdichotic conditionでの音声提示が、diotic conditionに比べて、言葉の了解度が改善しえる場合があることが示されるものと思われた。
2)音声明瞭度の改善に有効な周波数分割帯域
聴取者4名の明瞭度試験の結果では、S/Nが高い条件で,分割周波数800 Hz(Dichotic0.8)での明瞭度が、他の条件の明瞭度に比べ上昇していることが分かった。特に静寂時では、他の全ての条件での明瞭度に比べ、10%以上上昇していた。一方、分割周波数1.6 kHz(Dichotic1.6)では、両耳に同じ信号を入力した条件(Diotic)や、両耳に同じ信号を入力し、かつ、片耳入力の信号とラウドネスもあわせた条件(Diotic-6dB)に比べてもそれほど明瞭度が上昇していなかった。
今回明瞭度試験に用いた試験音声は全て/u/から始まる音声である。したがって、800 Hzを分割周波数に設定した場合は、/u/の第1フォルマントによってマスクされる高周波数成分音を聴き取ることが可能となったため、明瞭度が上昇したと考えられる。このことは、先行する音声の情報を考慮して分割周波数帯域を決定すれば、両耳分離補聴方式が音声明瞭度の向上に有効となることを示唆している。
3)両耳分離補聴方式の音像定位に与える影響
分割周波数800 Hzとし,左耳に0~800 Hzの音成分、右耳に800 Hz以上の音成分を提示した条件において、ある聴取者の音像定位実験を行なった。その結果、低周波数成分を提示した耳側に音像を提示した場合は、聴取者の回答が提示した音像方向に比較的近いのに比べ、高周波数成分を提示した耳側に音像を提示した場合は、聴取者の回答は低周波数成分を提示した側に引きずられていることが判明した。更に、正面方向に音像を提示した場合も音像が左に偏って知覚されていた。
以上のように音像定位実験からは、低周波数成分を入力した耳側では、提示した音声の方向がある程度正しく知覚されるという結果が得られた。このことから、マイクロホンアレイ技術などの手段で音源の方向を事前に取得することが出来れば、その音源の方向側の耳に低周波数成分音を提示するように両耳分離補聴の周波数帯域を動的に決定することで、音声明瞭度だけでなく、音像定位もある程度正しく行える両耳分離補聴方式が構築可能であることが示唆された。
結論
①正常人並びに、難聴者を対象に、1)両耳分離補聴方式の効果がもっとも顕著であると思われる条件下での本補聴様式の有効性(健聴者を対象)、2) 音声明瞭度の改善に有効な周波数分割帯域の検討、3)分離補聴の音像定位への影響が認められるか否かを検討した。
②正常人を対象とした検討では、通常の音声聴取条件下(背景雑音なし)では、その優位性は認められなかったが、低域にエネルギーが大きい信号がある条件下では(今回は低域雑音下の音声聴取、並びに相対的低域優位音声聴取)、明らかに両耳分離聴の優位性が示されえる条件があることが示された。
③明瞭度試験結果から、左右耳への音信号の分割周波数帯域を適切に設定することで、両耳に同じ信号を入力する場合に比べ、特にS/Nの高い条件において,音声明瞭度の改善に両耳分離補聴方式が有効であることが示された。
④音像定位実験から、音像方向に応じて左右耳での提示周波数帯域を変更することで、音像定位もある程度正しく行うことが出来る可能性が示された。

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